第13話 金策

 お店のオープンには莫大なお金がかかります。

 改築に必要なお金の三分の一は私の貯金を使います。そして、数ヶ月の営業に必要なお金も賄う必要があります。

 なにはともあれ、先立つものがないと何も始められません。


 ランカスターさんの協力があるのも、私の手元にある程度のお金があったからです。そんな訳で私は朝から手持ちのモノリストをにらめっこしていました。


「どうしたんだ~?」


 ランカスターさんがいつも通り、もっさりとした表情でモーニングルームに現れました。どうやら朝は弱いタイプのようです。

 そのままフラフラと花茶を淹れています。


「なにか私物で売れるものがあるかと思いまして」


「金策かぁ。で、なんかあった?」


「公爵にいただいたドレス3着」


「おう、縁起悪いな、売っちまえ。売っちまえ。いい店紹介するぜ」


 ランカスターさんは花茶をグイッと飲みながら言いました。

 いただいたモノを売るのは少し罪悪感があるのですが、なんでもない事のように言われると慰められます。


「あれはどうした? 婚約指輪。でっかいエメラルドの指輪をもらっただろ」


「どうして知っているんですか?」


「新聞で読んだ」


 ランカスターさんはマフィンをパクツキながら当然といった調子で言います。なにもかも筒抜けだったようです。


「聖典なみに色々書いてあるぜ」

 バサバサと今日の朝刊を振ってしたり顔です。まったく、聖典とゴシップ紙を同列にするとは、ひどい世の中です。


「でもこれは知らないのでは? 婚約解消した際に、婚約指輪はお返ししたんです」


「なんだそれ。婚約指輪だろ?普通は返さないぜ」


 ……それは知りませんでした。


「返せって言われました」


「しみったれた男だな。あ、ごめん」ランカスターさんのおざなりな謝罪を頷いて受け入れます。最近は、アル公爵の悪口については遠慮いただかなくても構わない心境です。


「でも公爵家の代々伝わる指輪だそうです」

 確かプロポーズされて指輪をいただいた時に、そんな話をした記憶があります。


「公爵家にはそんな指輪たくさんあるだろうよ」


 ――なるほど。その通りです。

 私の元婚約者はろくでなしのしみったれだったようです。はぁ。

 まあ、彼の善い評判を聞くより慰められる気がします。


 それにしても、元々モノを持たない生活をしていたので、売れるものはドレス以外ありません。

 それに、公爵が仕立てたドレスだろうと、屋敷の改築費用の大半に回せるほどのお金にはならないのは、いくら世間知らずの私でも想像が付きます。


 ――となると……。


「まずは、銀行に行って融資を頼んでみることにします」


 ランカスターさんが新聞から顔を上げました。

 花茶をグイッと飲んで続けます。


「事業計画もいただけましたし、計画自体は非現実的ではありません。後はお金を用意できるか否かです。わたしが融資を受けられる可能性はゼロではないはずです。もしかしたらすんなり行くかもしれません。わたしの立場に共感されるかも」


「立場って?」


「公爵に捨てられた可哀想な元聖女」


「たしかになぁ、世間は君に同情的なはずだな。君には悪い噂はないし」


「同情でも憐れみでも、融資いただけたらお金はお金です」

 ビシッと指を立てます。まさか自分がこんな言葉を吐くことになるなんて、半年前には想像もしなかったでしょう。


「よーし、いい覚悟だ。俺もついていくか?」


 私は首を振りました。


「最初はわたし一人で行ってきます。旗色が良かったか……、もう一押しで行けそうでしたら、ランカスターさんも支配人として同席いただけますか」


「もちろんだ。よし、聖女の魅力を全面に出していけ」


「行ってきます」


「あとオシャレして行け! 金のないやつに誰も金は貸さない」


「はいっっ」

 まずは銀行です。行ってきます。



*



 話すことを考えながら家を出て、昼前には王都の中央銀行に着きました。

 白い大理石造り古典的な建物で、街の中心にある歴史ある建造物です。私の全財産を預けている場所でもあります。

 窓口で要件を話すとあっさりと個室に案内されました。

 そこまでの大金は預けていないのですが、かなりのVIP待遇で恐縮してしまいます。


「ようこそ、カレンセイ様。融資のご相談だとか」


 お部屋に銀行員の栗色の髪の生真面目な女性でした。

 この方は見覚えがあります。ランカスターさんのお給料を支払うために、まとまったお金を引き出した時に担当いただいた方です。

 恥ずかしながら銀行というものに慣れていない私に、丁重に相手をしてくれた優しい方でした。


 机の前の椅子に座ります。

 ドキドキしてきました。借金はしたことがありません。

 やはり世慣れしたランカスターさんについてきてもらうべきだったでしょうか。でも、いつまでも赤子のように何もかも人に頼ってはいけません。少なくとも、ストリップクラブを作りたいのは私なのです。お金を用意するのはオーナーの仕事です。


 ふぅっと息を吐いて続けます。

「その、わたしが公爵家のお屋敷を頂いたことはご存知ですね?」


 銀行員さんは無言で頷きます。

「そこで、酒場を開こうと思いまして。融資をお願いしたいです!」


 カバンから事業計画書を差し出しました。


「拝見いたします」


 銀行員さんの目の動きをドキドキとしながら見守ります。

 お金が用意できなかったら、私はオーナーとして何ができるのでしょうか。

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