第二章
第12話 お屋敷大改築計画
「できたぁぁぁぁ。事業計画」
ランカスターさんが伸びをして言いました。
お屋敷では、ダイニングルームが私達の仕事場になりました。
お屋敷の書斎には机がなく、応接間のテーブルは小さすぎたので、ダイニングルームの長机はぴったりです。
何日かけてランカスターさんはダイニングルームにこもり、そろばんを弾きまくっていました。そろばんとは西方の計算道具で、石を使って計算する道具です。私も初めて見ました。
長テーブルは飲みかけのティーカップと書類の山です。
「君も見てみろ」
ランカスターさんは新しいカップにお茶を注ぎながら言いました。
計画書には立ち上げに必要な人材やる事、営業してからの計画が書かれていました。
「お酒の用意は大丈夫ですか?」
「酒?」
「王都ではお酒の流通は商会が一手に引き受けているから話付ける必要があるって聞きました」
「よく知ってるな。もうやった。オープン2ヶ月前に連絡すれば用意してもらうよう話はつけといた。そこまで珍しい酒は予定してないし大丈夫」
「さすがです」
ドレスデザイナーから庭師の手配まで、ありとあらゆる項目が列挙されています。私のやることリストとは比べ物にならない粒度です。
「うぉーい、ルゥ、見積もり持ってきたぞぉ」
ミトの明るい声が玄関ホールから響きました。
ランカスターさんと同じく、工房の方にお屋敷改築の見積もりを頼んだのでした。
ダイニングルームに3人は顔を合わせました。
ミトがランカスターさんと会うのは初めてです。
「ランカスターさん、こちらはミト。私の友人であり、工房の職人さんです」
「よろしく」ランカスターさんは礼儀正しい笑みを浮かべて言いました。お仕事用の顔でしょう。
「ミト、こちらはランカスターさん。元王立劇場の支配人で、今は私のストリップクラブの支配人です」
「おう、よろしく」2人はそっけない挨拶をしました。
「ランカスターさんはこのお屋敷に住み込みで手伝ってくれています」
「はあ?!」
「ちょっ……余計な事言うな!!」
「ルゥ! ちょっとこっち来な」
ミトに部屋の隅に引っ張られます。
「住み込みってどういうことだよ。大丈夫なのかよ?」
「ランカスターさんは有能な方ですよ」ミトにつられて声を落として話してしまいます。
「じゃなくて、なんでルゥの家に住んでるんだよ。家あるだろ」
「お家を借りてないのです」
「なんで王立劇場の元支配人が家なしなんだよ。良い給料もらってたんだろ」
言われてみれば確かに。
「ランカスターさん、なぜ家を借りてなかったのですか?」
「金がなかったから」
「お給料はしっかりもらっていたんでしょ?」
「…………田舎の兄弟に仕送りしてんだよ」ランカスターさんはそっぽを向いて言いました。
「ね、とてもいい人です」
「ルゥは人が良すぎるんだよ」
「ランカスターさんにも言われました」
「なるほど」ミトは考え込む様子でしたが「まぁ、それについては意見が一致したわけね」とポツリと言いました。
ふぅーと息を付いています。
「よし、ま、問題は一つずつ片付けよう。大筋の改築案だしたから聞いてくれや」
3人は玄関ホールに移動しました。
「まず、玄関ホール。壁紙の変更、絨毯の新調。床の大理石とシャンデリアとマントルピースはいい感じだからそのまま、ただし天井の壁画は描き直した方がいい」
私は頷きました。
「ホール中央の階段の前にチケットカウンターを設置。これはオーダーメイド。階段右手下のスペースにクロークのカウンターを設置。壁をぶち抜いて裏の客室とつなげて、クローク室にする。いいな?」
「いいです」
「階段左手下はトイレにする。これも奥の3つの客室とつなげて大きいトイレとパウダールームにする。裏庭掘って下水をつなげるから正直これが1番金がかかる」
「トイレ無しはありえないので問題ないです」
「よし、後は調度品だ。とりあえず玄関ホール用にざっくり出したけど、ここはピンキリだからどんな物を選ぶかでだいぶ値段が変わる」
「花も飾りたいかも」
「花瓶などなどなど、凝れば凝るだけどうにでもなる。ここはオーナーの気分次第だな」
「わかりました」
「お次は神殿だ」
みんなで神殿に移動します。
「神殿の祭壇部分は一段床を上げて舞台にする。神官様の待合室は踊り子の控室になるのでそのまま。舞台の横は演奏スペース」
「応接間にあるピアノとは別のピアノが必要ですね」
ミトは頷いた。
「あ、そうだ調律師の手配を追加する。応接間は練習場にするか」ランカスターさんが手元のメモに書き込んでいます。
「壁紙を全面張り替え、床も全面絨毯をはり直す。天井は塗り替え。右手壁は窓だからカーテンを追加。左手の壁はバースペースになる」
「はい」
「左手壁にバーカウンターと酒だなを設置。これもオーダーメイド。バーの床はテラコッタタイルを貼る。バーカウンター横の壁をぶち抜いて廊下とつなげる」
「ここの壁もぶち抜いちゃうんですか?!」
「神殿の入口は1つしかないからな、料理もってこれないだろ」
「あ、そうか」
「廊下で台所とつなげて動線を確保する。バーカウンターの右手も壁をぶち抜く。ここの裏は元々庭の物置になっていたから物置として利用する。物置から裏庭で出れば井戸もあるから、洗い場はここだな」
「いい案」ランカスターさんが称賛の声を上げました。
「あとは舞台の装飾と調度品をどれだか凝るかだな。改築はかなり正確な金額は出せるけど、内装は天井知らずの世界だから。とりあえず30台のソファとテーブルは最高級でランクで見積もってみた。踊り子の控室と従業員用の休憩室の改修案もいれといたから、細かくは読んでみて」
ポンっと紙の束をくれました。
「ありがとう!!」感極まって泣きそうです。
ちらりと書類に目を落とすと、金額は―――見たこともない桁の数字が並んでいました。
「おぉぅぅぅ」一瞬で現実に引き戻されます。
「よし、改装と内装工事は総金額を1.3倍しよう」ランカスターさんが横から覗き込んで言いました。
「な、なぜです?! これ以上の数値に?」
「いいと思うよ。計算外の事は出てくるからな。多めに見積もって余裕もたせた方がいい」
ミトは冷静です。
「んじゃ、あたしは仕事があるから帰るけど」
ミトは振り返ってランカスターさんに指をビシッと突きつけます。
「ランカスターさん、ルゥを泣かせたら承知しないぞ」
「ミト、わたしは大丈夫です。ランカスターさんはいい方ですし、今度わたしが泣く時はストリップクラブが完成した時って決めています」
「ルゥ……」
ミトが頭をくしゃくしゃと撫でてくれました。11歳の時以来で恥ずかしいです。
「もう! 子どもじゃないんですから! お仕事戻ってください!」
ミトを正面玄関から追い出して、思わずランカスターさんに言ってしまいます。
「ね、ミトっていい子でしょう?」
ランカスターさんは天井を熱心に眺めていました。
「そうだな」
「顔赤いですよ」
「ほっといてくれ」
ランカスターさんが私の手から書類を取り上げます。
「となると……」しげしげと見積書を眺めると、そろばんを片手で器用に弾きます。
「三分の一は君の貯金で賄うとして――銀行から融資を受けるとしても……借金を返し終わるのは8年後。んんんん、なんかイケそうだな。でも、5ヶ月で売上目標に届かないようなら屋敷売っぱらって露頭に迷った方がいい」
「はいぃぃぃ……理解しています」
「ま、こっちはもうちょっと練るか。君はお次はどうする? 銀行行くか?」
お金を用意するのはオーナーの仕事です。
もちろん、ここは私のお店です。
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