第11話 強欲にいけ ※

「もう少し金のかからない方法ならある」

 ランカスターさんがポツリと言いました。

 興味深いです。


「と、いうと?」


「紳士向けにするのさ」


「紳士向けとは……?」


「男性客しかはいれないストリップクラブだ。よくあるヤツ。大抵は娼館を兼ねてる。男は女の子に夢中になって、少々踊りが下手で酒出るのが遅くても金払いがいい」


「しょうかんってなんですか?」


 ランカスターさんはなんとも言えない顔をしています。


「ああ、春を売る女性たちの場所ですね」


「君、意味知って言ってる?」


「知っています。神話にも娼婦はよく出てきます。泉の女神の娘達は森の神々に身体を売り銀砂を集めたのです。古アルディシア物語にありますよね」


「そんな話だったっけ?」


「180年ほど前に市民向けに改変されて今の形になったんです。中央図書館で古代語の翻訳版の写しが読めるはずですよ。おすすめは第24代神官様の現代語訳です」


「早口だな」


「神学は専門なので」つい胸を張ってしまいます。


「で、紳士向けのストリップクラブはよくあるのですか?」


「んー……うん。その……まぁ、ある」

 ランカスターさんはバツの悪そうな顔で歯切れ悪くいいました。


「でしたら、私は老若男女楽しめるお店にしたいです。これもよくあるお店なのですか?」


「上流階級向けの男女で入れるストリップクラブはないな……。下町の文化かなぁ。賭け事をやってる街だとあるらしいけど、王都にはないんじゃないかな」


「でしたら、ウチが一号店です」


「うん。そこは目の付け所はいい」

 褒められると嬉しいです。


「出すのは酒だけか?」


「お食事も出したいです。このお屋敷の台所は広いですし」


 ランカスターさんは考え込みました。


「たしかに広いけど、全員にガッツリとした料理を出すのは難しい。ホールへの動線の問題もあるしな。そもそも上流階級の人間は着飾ってたくさん食べないし、軽くつまめる物だけの方がいい。軽食だすならシェフ1人、料理人6人と手伝い3人」


 私は新やることリストに追加しました。


「劇場だって酒を飲ませて儲けてるんだ」


「ランカスターさんを雇って大正解でした。あと、メニューにはぜったいカニのタルトを入れます」

 ランカスターさんは微笑みました。


「喜ぶのはまだ早いぞ。そもそも奥様方を喜ばすのは難しい。旦那より目も舌も肥えてるからな。王立劇場の床が大理石なのは知ってるか?」


「はい。フカフカの絨毯がひいてありますが」


「絨毯は靴を傷めないようにだ。んじゃ、絨毯で隠れているのに、なんで大理石なのかは知っているか?」


 私は素直にクビを振りました。


「絨毯の下なんて、誰も捲って見ないけど、絨毯の下に大理石が隠れている。これだけで建物自体の価値があがるんだ。」


「その場所にいることがステータスになるってことですか?」


「そういうこと。この屋敷は元々公爵邸で作りもいいし、玄関ホールも立派なもんだ。でも、舞台や料理だけが立派でも意味がない。この場所でなきゃいけないってくらい価値を持たせないと見向きもされなくなるぞ」


「舞台だけじゃなくて、玄関ホール自体の改修も必要ですね」


 ランカスターさんは頷きます。

 と、なると……。

「お金がかかります」


「君、お金あるの? 聖女会抜けた時に大金もらったって新聞にあったけど」


「そんなことまで新聞に載っているんですか?」

 大衆の好奇心はとどまることを知らないようです。

 私はランカスターさんに正直に貯金額を言いました。


「話にならん。桁が違う」


「ですよね」


「金を用意するのはオーナーの仕事だ。ま、銀行か友人から借りるんだな」


「私が銀行で借りられるのでしょうか?」


「カッチリ事業計画を提出すれば可能性はゼロじゃない」


 なるほど。第一は銀行です。

 次は――友人に借りる。ですが、知り合いにお金持ちはいません。


 いえ、一人います。お金持ちの貴族が。


 お隣さんのエレニア夫人です。

 彼女に頼むのは……無理なことだと思います。

 成功するかどうかわからないものに賢い彼女が乗るとは思えません。エレニア夫人は私を応援してくれると言っていました。それに、楽しみにしていると。とはいえ、たんにお楽しみのために融資するには大きすぎる金額です。しかも成功する確率もまだ不明です。



*



 その夜、私はランカスターさんと夜光亭で食事をしました。

「いい店だな。ここら辺は来ないからなぁ。美味いなコレ」


 ランカスターさんはパクパクと鶏の揚げ煮を食べてます。


 ストリップは変わらず素晴らしいものでした。

 今日は竜人さんが踊り子さんです。黒いツヤのあるローブから、同じく艶のある漆黒の脚が伸びていきます。

 角に引っ掛けたヴェールが顔をかすみのように覆い隠し、チラチラと見える唇が妖艶です。


 濃い色の肌に、文様のように流れる鱗が艶めかしく輝いています。


「見てください!あの脚! 小さな突起も暗い色なんですね!」


「わかったよ! ちょっと気まずいだろ!」


「素晴らしいと思いませんか」


「あぁ、いいもんだな」


 当初は自分のお金で賄う予定でしたが、私の考えているものを全て実行しようとすると、私の貯金では全然足りません。


 お屋敷を売って、そのお金でできる限りのお店をオープンさせる方法もあります。

 とたんに嫌な気分になりました。


 絶対に嫌です。あの家を手放したくありません。ずっと修道院と神殿暮らしで、自分の家を持ったことがないのも理由の一つです。経緯はどうであれ初めて手に入れた自分の家です。


 お屋敷は手放さない、貯金は足りない、銀行が貸してくれる可能性は分かりません。でも、お店をオープンしたい気持ちに変わりはありません。


 なにかを諦めるべきでしょうか。


「貴族向けのストリップクラブは無謀だと思いますか?」

 ポツリといいます。


「何言ってるんだ。高い金払って俺を雇った理由を思いだせ」


 ランカスターさんは麦酒を飲み干して言いました。


「ま、よく考えろよ。やるなら手を貸すぜ。その代わり辞めとくんなら今のうちだ。早く諦めた方が傷が浅くてすむ」


 早く諦めた方が傷が浅くてすむ。正しい意見です。

 辞めとくんなら今のうち。そうかもしれません。


 踊り子さんのヴェールが滑り落ち、目が合ったように感じました。

 ドキドキします。


 絶対にあきらめません。

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