第10話 ランカスターのアドバイス

 その日、ぐっすりと眠り昼頃に目覚めました。


 モーニングルームで昼ごはんを食べることにします。

 貴族のお屋敷では、朝ごはんと昼ごはん、夕ご飯を別の部屋でとるらしく、この屋敷には食堂が3つもあります。


 モーニングルームは裏庭に隣接したガラス張りの小部屋で、温室のように天井までガラス張りになっています。豪華な夕食用のダイニングルームと違い、テラコッタのタイルの床に4人掛けの小さなテーブルがある家庭的な雰囲気の可愛らしいお部屋です。

 この食堂が一番お気に入りです。私なら、朝昼夕全部ここで食事を取ります。


 裏庭はずいぶん放置されていたらしく鬱蒼としていますが、春薔薇がほどよく咲き始め目を楽しませてくれます。

 太陽が高く上り、春の気持ち良い風が部屋を駆け抜けます。


 食べ物はスコーンとコーンブレッドくらいしかないので、お茶と一緒にいただきます。

 スコーンはミトオススメの下町のお店で買ってきたものです。

 私は料理ができないので、早急に覚えるか料理人を雇う必要がありそうです。


 ランカスターさんが泊まっている事を思い出したので、彼の分もちゃんとバスケットに出しました。


「おう、聖女さん。おはよう。ここにいたのか」

 スコーンを2つも食べてお腹いっぱいになった頃、ランカスターさんが眠そうにルームに入ってきました。服は昨日のまま。髪は癖っ毛らしくフワフワしています。


「新聞溜まってっぞ~持ってきた。お、美味そう」

 テーブルにバサリと新聞を投げてよこすと、コーンブレッドに手を伸ばしました。


「おはようございます。食費は別で払ってください。お茶はサービスします」


「んむむむ」コーンブレッドを口いっぱいに頬張ったランカスターさんが頷きます。


 彼の分のお茶を差し出しました。

「新聞って売店で買うものではないのですか?」


「貴族の家には送りつけてくるんだよ。後で請求書送られてくるぞ」


「それじゃ押し売りです」


「そういうもんなんだよ。聖女さん」


 すごい世の中です。


「それと、ランカスターさん、わたしはもう聖女ではありません。ルゥ・カレンセイという名前があります。好きなように呼んでください」


「わかった。カレンセイ。従業員の前ではオーナーと呼ぶ」

 ランカスターさんは、新聞をめくりながら目も合わさずに言いました。

 名字で呼ばれることは今までなかったのでちょっと照れます。


 モゾモゾしていると新聞の一面が目に入りました。

「んんん???『暁の聖女、劇場VIP席でご満悦。公爵殿は新恋人と渋い顔』ですって!! ランカスターさん! わたし記事になってます!!」


「公爵家のゴシップはずっと一面だよ」

 ランカスターさんは1面だけ剥がしてくれました。


「『公爵殿はご機嫌の暁の聖女の姿に気づいてから、不機嫌そうな様子を隠さず、新恋人を残して劇の途中で退室した』へぇ~気づきませんでした」


「そういや、一人でさっさと帰ってたな」さすが、よく見ています。


「あんな素晴らしい劇を抜け出すなんて……いい気味、じゃなくて勿体ないです」チケットを無効にされた恨みが少し晴れました。


「えええ……『飢えた聖女様、劇場ご自慢の料理に舌鼓』って わたしが軽食全部食べていたのバレバレじゃないですか!」


「そういう場所なんだよ。君見てみんなザワザワしてたろ? 上流階級相手の商売は大変だぜ。奴らゴシップ大好きだしな。目も肥えてるしプライドも高いし見栄もはりたがるから、相当なものを用意しないと見向きもしない」


 ランカスターさんを仲間にしたのは正解でした。

 彼は率直だし、世間を見ているし、物怖じしません。


 コホンと咳払いをします。


「早速ですが、見ていただきたいものがあります」

 私は親方さんが作成した簡易見取り図と、ひたすら作成したやることリストの束をテーブルに出しました。

 ランカスターさんがお茶を飲みながら、しげしげと見取り図を見ています。


「ん? なんだこのお茶……」


「花茶です」


「薄いな、おい」

 ランカスターさんがポットの中の覗き込んでいます。

「茶っぱケチるなよ~。今度から俺が淹れよう」

 正直に白状するとお茶を淹れるのは不得意です。


 眠たげに閉じていたまぶたが少しずつ開き、真剣な眼差しになっています。

「この見取り図は良くできてる。すぐ設計図を起こせるな」

 胸を張りました。

「このリストみたいなやつは全然だめ。捨てろ」

 バッサリやられました。


「神殿の祭壇をステージにするなんてよく考えたな。罰当たり……なのかな? まぁいいや。30席、想定客数は120人か……バーカウンター内には4人。ホールには最低8人」

 慌てて銀筆を取り出してメモをとります。


「馬車の案内係が3人。受付が2人。クロークが2人」


「クロークってなんですか?」


「上着を預ける場所だよ。劇場にもあるだろ」

 そういえば、コートや長いマントを羽織っていた方はじゃまにならないように預けていました。


「掃除係最低3人」


「踊り子は何人だ?」

「まだ決めていません。3人はほしいです」

「んじゃ3人スタートで、常駐の髪結いと手伝いが1人。衣装係が1人。演奏家が最低1人。舞台とテーブルの照明係は3人。演出家も必要だな」


「あっという間に30人を超えました」

「そりゃこの規模だとな。劇場じゃ劇団員を抜いて裏方150人はいたぞ」


 さすが王立劇場。すごい規模です。


 ランカスターさんは私のメモを覗き込んでブツブツとつぶやいています。

 スコーンをムシャムシャ食べながら、ふと言いました。


「もう少し金のかからない方法ならある」

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