第3話 お屋敷大改造計画

 王都グリーレンド。

 高台の東地区は高級住宅街で、上流階級の方々のお屋敷が並ぶ一角です。


 その一角、郊外の森に面した広い割にはひっそりとした邸宅が私のお屋敷でした。

 全く実感が湧かないですが、少なくとも書類上では私の所有物です。

 

 元々公爵家の私邸の一つで、先々代の公爵も聖女様と結婚された際に生活されてそうです。気に入らないとは言ってられません。住む家がない今、屋根があるだけありがたいことです。


 何十年も使われていなかったのに荒れていないのは、私の婚約発表を期に職人さんが改修と掃除をしたからと聞いています。


 くろがねの門を抜けるとラウンド型の馬車道が続き、その周りを取り囲むように薔薇が咲き乱れています。

 壁面は真っ白の化粧石で整えられ、真新しい青く塗られ屋根が輝いて見えます。


 美しい扉をくぐると、吹き抜けの玄関ホールに到着しました。

 黒大理石の床はツヤツヤで、中二階へ続く巨大な階段が続いています。

 天井は半円型の神殿のようで、中窓から春の優しい光でとりいれられます。


 私はミトと玄関ホールの真ん中で立ちすくみ、口をあんぐり開けて天井を見上げていました。

 本当に豪華なものでした。


「すごいな……」


「はい……」


 ミトも口をあんぐり開けている事でしょう。


 玄関ホールの丸天井には王宮でもめったに見ないほどの巨大なクリスタルシャンデリアがぶら下がっています。どうやって火を灯すのかは永遠のなぞです。


 玄関ホールから左が応接間で、右は小型の神殿でした。


 小型といっても個人邸にあるものにしては立派なもので、50人はゆうに入れる広さの木彫柱が美しい古典的な神殿です。

 中央奥の祭壇に向かって長椅子が並べられています。

 前庭に面した大きな窓から光がなみなみと注がれていました。


 神殿は聖女が禁域の森の泉を模した祭壇に向かって心を清めお祈りをする場所です。結婚した後も、月に1度のお祈りをすることは聖女の義務なっています。


 古びていてもなお神聖さが漂うこの空間は、前任の聖女様に大切にされていたのが分かります。


「で、ここをストリップ酒場にすると?」


「はいっ!」

 私は自信満々にいいました。


「酒場にするには十分な広さです。祭壇を舞台にして、舞台を取り囲むようにテーブルと椅子をいれます。壁際にバーカウンターにして……祭壇には神官様が訪れた際に使う控室もあるので、踊り子さんたちはそこで準備すればバッチリです」

 私は勢いよくいいました。


「神殿ってストリップ酒場にぴったりではないですか?」


 ミトはなんとも言えない顔をしています。


「祭壇をストリップの舞台にするってなんか……その……」


「正確には祭壇は禁域の聖水を使用した儀式をしないと神威はやどりません。この神殿は先代の聖女様が閉じられた後は閉鎖されていましたので、神鎮めをされているはずです。だから定義上はここはまだ神殿とは呼べません。それに古代神話でも神々が素肌に金の糸をまとい、酒を飲み、精霊と踊って季節の訪れをお祝いをした記述がありますので神殿とストリップは相性がいいのです。出典は『フォリア記』第3章18節より」


「早口だなおい」


「神学については長年勉強していましたから」えへんと胸を張ります。


「というか、あんたが踊るの?」


「いえ、わたしは踊りません。素敵な舞台に美しいな踊り子さん、楽しむお客さん。そんな場所を作り上げる……いわばオーナーですね」


 ガランとした昼の神殿が一瞬にして闇に包まれ、キラキラとした内装とたくさんのお客さんの風景が浮かび上がりました。ざわめきまで聞こえてきそうです。


「おーい、戻ってこーい」


 しまった。ちょっと妄想癖のケがあるようです。


「おうおう! こりゃすげぇお屋敷だな」親方さんの声が響き渡りました。


 親方さんはミトの工房のマイスターです。

 歳は40代でしょうか、下町の工房で大型建築の設計建築を専門にしている方で、街の市役所も親方さんの工房が建てたものらしいです。


 今日はミトに頼み込んで、親方さんを連れてお屋敷の採寸にきたのです。

 まずはどこをどう変えるかを考えなくては、かかるお金も規模も確認できません。

 それに、私一人ではこのお屋敷にはいるには、まだちょっと気後れしていたのでありがたいです。

 ミトは快く引き受けてくれて、親方さんを連れて一緒に来てくれたのでした。


「聖女様、こんな屋敷住むなんてさすがでさぁ」


 正確にはもう聖女ではないのですが、親方さんの優しい言葉に励まされます。

 熊のような巨体の方ですが、心根は優しい方です。

 今日の新聞の一面で婚約破棄が発表されたのは承知のはずなのに、その事にふれません。ありがたいことです。


「しかし、ここに住むってなると、内装も整えないといけねぇな」


「内装?」ぐるりと玄関を見渡します。上から下までピカピカで、整える場所がないくらい整って見えます。


「家具はいつくか残っているようだが壁紙が貼られていねぇし、カーテンもないな。貴族様の屋敷は専門外だけど、改装途中って感じだなぁ」


 そうなのですか。どうやら改修工事は途中で放棄されたようです。私はやることリストにメモしました。


「それと、聖女様のエンブレムはどうすんだ?」


「エンブレム?」


「なんだ、知らないのかよ。ちょっとこっち来な」


 親方さんに連れられ外に出て扉の上を見上げます。

 玄関の漆喰の壁に飾り模様が彫られ、大理石のエンブレムが1つ飾られています。


「屋敷の主を表す紋章でさぁ」


 私の紋章である、暁の聖女のエンブレムでした。

 聖女を表す野百合と泉のレリーフに、暁を表す星と太陽を記号化したものが彫られています。

 その隣は真っ平らでポカンと空いています。


 そうか……


「ここは……公爵家の紋章をいれる予定だった場所です……」


「聖女様のだけ残して、もう1つは土台ごと外すか?」


「いえ、いったんこのままにしてください」


 まぁ、その。少々ハイテンションになっている自覚はあるので、しばらくは自分の愚かな過去を戒めとして残しておくのはいいことでしょう。


「聖女様気にするこたねぇよ。生きてりゃいい頃、悪い頃順繰りにくるもんだ。悪い時期でも過ぎ去ってみればどうってことないし、後々感謝することになるかもしれねぇ」


 優しい言葉が身にしみます。私は感謝の印に頷きました。

 親方さんは照れた様子で頭をかくと屋敷に入り直しました。


「おう! ミト採寸すっぞ!」

「はいっ」

 ミトに続き、工房の職人さん達がドタバタと神殿になだれ込み、天井の高さから柱の本数まで測っています。


 なんだか新しいことを始めるのは久しぶりです。

 公爵にプロポーズされた時は現実味がなくてポカンとしていましたが、今は力がみなぎりワクワクします。


「聖女様~いらっしゃいますか? お届け物で~す」

 開けっ放しの玄関扉から、呑気な声が聞こえてきました。

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