第2話 ハダカデオドル……? ※

 突然店全体の明かりが消えました。


「ヒュー!!」

「待ってました!!」


 周りのお客さん達が一斉に歓声をあげます。


「???」


 私は訳もわからずキョロキョロしてしまいます。


「おっ! 始まるぞ~」ミトが手を叩きます。


 パチリと舞台にランプが灯りました。大きなテーブル3つ分くらいの小型のステージです。

 照明があたり、真紅の幕が輝いています。

 ピアノの軽快な曲が始まりました。


 ああ、歌い手さんが歌うのですね。と私はぼんやり考えていました。


 舞台に登場した女性は真っ白の髪の美しい女性でした。エルフ族でしょうか。滝のように下ろされたサラサラの髪で長耳は見えません。


 薄紅の唇はポッテリとツヤがあり、濃い海色の瞳が神秘的に輝いています。

 古典的な白絹の長ローブがランプの光を反射してとっても舞台に映えていました。


 彼女は金色に輝くビーズのベルトをフリフリと揺らしながら、お客さんに向けて微笑んでいます。


「アラベルちゃーーーん!!」

「今日も美人さん!!」

「アラベルさまぁぁぁ!!」


 周りの客も大盛りあがりです。


 音楽が最高潮に盛り上がった頃、彼女がベルトを滑り落としました。

 ローブの前がパックリと開き、長い足が見えます。


「ふへぇ?!」


 衝撃で変な声が出てしまいました。


「どうした、どうした?」ミトが舞台から目を離さずにささやきます。


「あの御方の!!! 服が……」


「ああ、ストリッパーだからね。そうか、あんた見るの始めてか」


 踊り子さんはローブをヒラヒラと悩ましげに揺らしながら曲に合わせて魅せつけるように脚をあげます。


 ――――ストリッパーって……?!


「ストリップだよ。裸で踊るの」


 ミトが動揺している私を見透かすように言います。


 ――――は、裸でおどる……?! ハダカデオドル?


 真っ赤な幕を切り裂くように白い脚が高く高く持ち上げられます。


「ぴゃ!!」思わず目を手で覆ってしまいます。正直に白状すると、指の隙間からしっかり見ていました。

 

 そのままくるりと回転しました。形のいいお尻が丸見えです。


 お客さんの歓声とため息が聞こえます。


 踊り子さんはヒラヒラとローブを靡かせて周り、思わせぶりに肩まで落としています。

 ハリのある白い乳房が音楽に合わせて震える様に揺れ、しとやかに身体をくねらせています。


「あわわわわ……」一人で必死になってしまいます。


 こんなドキドキしたものを見たことがありませんでした。


 そうです、修道院で育ち王都の聖女会に入った後も、私は俗世の事はまったく触れ合いませんでした。

 触れ合おうともしませんでした。ただ、聖女の努めとして古代語の神話を読み、神殿でのお祈りと天啓を待つだけの生活でした。


 そもそも男性と口を聞くのも、神官様と王族の方に限られてましたし、同性である女性の裸を見る機会すらありませんでした。

 王宮内は厳格に規律が決まっており、体温の感じるものが入り込む隙間はありません。


 そんな中、同じ王都でも、下町の誰でも入れる酒場では女性が裸で踊っています。


 色々な人種の男女のお客が――男性の方が多いのですが、女性の方も喜んで踊り子さんを囃し立てています。

 私はまったく世間のことを知らずに過ごしてきたのだと実感しました。


 踊り子さんがくるくると回るごとに白いローブが羽のように広がり、一糸まとわぬ姿が赤い幕に浮かび上がります。

 ランプで照らされた肌は汗で艶めかしく輝いています。


 古代神話の女神様の踊りもこんな風だったのでしょうか。酒場にいる全員がうっとりとため息をついて、彼女の動きから目が離せません。


 ピアノの音が盛り上がり、踊り子さんは見せつけるように大きく手を広げるとローブを完全に落とし、優雅に後ろに回転しました。


 踊り子さんの髪がハラリと舞台に広がったと同時にワッと歓声が上がり、皆が一様にお金を舞台に投げ入れました。

 お札が紙吹雪のように舞っています。

 銀貨がランプに反射して、この世のものとは思えない輝きを見せています。お客さんを煽るように踊り子さん投げキッスをしていました。


「ほら、投げなよ」

 ミトが私に銀貨を持たせてくれました。

 踊り子さんに当たらないように、舞台に向かって精一杯投げました。


 お金を投げたのは初めてでした。


「おねぇさん、ウチの踊りどうだった~? ちょっとは気が晴れた? 温かいスープも飲んでってよ~」


 ラン君がいつの間にか空になった盃を片付けながら配膳してくれます。

 眼の前に置かれたのは、トマトの透き通ったスープでした。具はじゃがいもとベーコンで、ビリっと辛い香辛料がきいた異国の味です。

 食べたことはないのに懐かしいホッとする味でした。


「美味しい……」


「オレが作ってる特製スープだよ。これはサービス」ラン君はウインクして去っていきました。

 メソメソと寒々しかった心が今では落ち着き、ドキドキしたのも相まって身体がポカポカしています。


 曲が終わり、拍手の中踊り子さんが優雅にお辞儀をしています。

 舞台下では店員さんが箒で散らばったお金を回収していました。


 ――――お金かぁ……


 聖女会を退会した際に、慰労金として今までお勤めしてきた年月分のまとまったお金を頂きました。

 公爵と婚約した後は王家から頂いた支度金で生活していたので、あのお金は銀行に預けたままです。


 何年かは生活に困らないお金があるはずです。


 あるひらめきが私の中で弾けました。こんな感覚は自分が聖女として生きていこうと決心した11歳の時以来です。

 ムクムクと想像がひろがります。


 次の曲が始まり、別の踊り子さんが出てきました。また歓声が大きくなります。


「決めました」

 私はポツリと言いました。


「どうしたあ?」騒々しい声援と音楽の中でも、ミトはしっかり私の声を聞いてくれています。


 彼女の事がもっと好きになりました。


「わたし、ストリップ酒場作ります!」


 王都下町の酒場の一角で、私は堂々と宣言したのでした。

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