第37話 ブラッディとヘラ
「なっ……何をやっているんだブラッディ!! 今の彼女はリリスちゃんじゃない、ヘラ様だぞ!! 抱き着くなんて畏れ多い……それに、このお方に触れれば魔力が吸われていくんだ」
『我ら神は降臨するだけで魔力を喰うからね。大切なリリスの魔力が尽きないように抱き着いたのかな』
ヘクトルの言葉に興味深そうにブラッディを見つめながらヘラが続ける。そんな状況で彼は……さらに力強く抱きしめた。
「なるほど……ゲームで戦った時のマジックドレインはそういうことだったのか……念のため魔力を無茶苦茶上げといて本当によかったぜ」
『ふぅん、知っててなお私を抱きしめるとは……媚びてリリスを解放してもらおうと考えてるのかな? それともまさか私に惚れたのかい?』
リリスと同じ顔だというのに、妖艶な雰囲気をたもったヘラがからかうようにブラッディにささやく。それに対してブラッディは満面の笑みで答える。
「ああ、そうだ。俺にとっては君も推しだからな」
『……君の推しはリリスだろう? 私は『結婚』と『貞淑』をつかさどる女神だ。浮気には厳しいし、嘘は通じないんだよ』
ヘラの瞳が妖しく輝いてブラッディを見つめるが……その表情が驚きに染まっていく。
『なっ……本気で私のことも想っているだって……?』
「当たり前だろ。だって、俺の推した『世界を滅ぼす冷酷無慈悲なラスボス』となるリリスたんは、リリスたんの人格とヘラたんの人格がまじりあったものだ。だから、俺は最初っから二人を推しているし、救うつもりで生きてきたんだ。そして、君もそのつもりで俺をこの世界に転生させたんじゃないのか?」
そう、元々ブラッディが推していたリリス=ナイトメアは傷ついたリリスにヘラの力が覚醒した状態であり二つの人格がまじりあっていた状態だったといえる。現に今のリリスからはかつてゲームで見た苛烈さや冷酷さは一切なかった。おそらくヘラが覚醒した影響をうけていたのだろう。
それゆえブラッディがリリスとヘラの二人を推すのは当たり前のことと言えよう。
『……じゃあ、幼少期に無茶をして魔力をむりやり上げていたのも私のため?』
「ああ、リリスたんを守るのももちろんだが、ヘラたんはゲーム内でやたら魔力をうばったりしてたからそういう体質なのかなって……」
『……じゃあ、今私を抱きしめているのは……』
「ゲームでさ、リリスたんが孤独でつらそうに見えたんだよ。でもさ、それはリリスたんだけじゃなくて、ヘラたんもそうなんじゃないかなって思って……安心してくれるかなって思ったんだけど、嫌だったかな?」
『……』
ブラッディの言葉にヘラは何も答えない。その代わりとでもいうように彼女の腕が彼を抱きしめ返し、甘えるかのように胸に顔を押し付ける。
『そうか……私の……私たちの願いはかなっていたんだね……』
天から降る声が少し涙声になっていたのは気のせいだろうか……ブラッディがリリスにするようにヘラの頭をなでると、大切なものを離さないとでもいうようにヘラはその体をおしつけていく。
「さっきから僕は何をみせられているんだ? 転生とか何の話をしているんだい?」
「ここは空気を読んで黙っていてくださいよ……」
自分の信仰していた神がいきなり親友とイチャイチャし始めたのだ。ヘクトルが声をあげるのも無理はないだろう。
ナツメが冷静につっこむなか、ブラッディの胸元から顔を離したヘラが答える。
『なに、簡単なことさ。この世界は私のような神々の力で一度ループしているんだよ。私とリリスは悲惨な目にあって死んだ……その時願ったんだ。「私たちを救ってくれる存在よ、現れてくれ」ってね。それが異世界からきた彼の魂というわけさ。まあ、他の神もいろいろと願ったため色々な不純物も巻き込まれることになってしまったけどね」
「不純物……まさか……」
ナツメの瞳が大きく開かれ一瞬殺気がヘラに向けられるが、彼女は少しも動じることなくうなづいた。その反応に激高しかけたナツメだが心配そうにしているブラッディを見て呼吸を整える。
「つまり、私がこの世界に引きづりこまれたのも……」
『ああ、私たち神々が世界を改変しようとした影響だろう。それに関しては本当に申し訳ないと思う』
「ナツメ……」
複雑そうな顔をするナツメを心配そうに見つめるブラッディ。
「もしも、元の世界に戻る方法が見つかったら手助けを願います。それで今回の件は不問としましょう」
『ああ、もちろんだとも。私のできることはなんでもするよ』
「ナツメ……」
心配そうに見つめるブラッディにいつものようにすました顔でナツメは答える。その内心はわからないが彼女なりに折り合いをつけようとしているのだろう。
「少なくとも原因がわかっただけでも一歩前進です。何かあったらよろしくお願いしますね」
「もちろん、俺も手伝う。だから、その時は遠慮なくいってくれ!!」
ブラッディとヘラの言葉に頷くナツメ。そんななかそれまで何かを考えていたヘクトルが口を開く。
「ようは元のブラッディに今のブラッディの魂が乗り移ったってことかい? だったら……もしも親しい人の性格が変わったら同じようなこともおきているってことなのかなぁ?」
『ああ、そう考えておかしくはないだろう。そして、君の妹であるジャンヌは何者かの魂が上書きされたろうよ。だって、私の知っている歴史では君の妹はすでに死んでいたからね……」
「なっ!? それは一体どういう……」
『そろそろお話をしている時間もないようだ。わたしの加護を失った彼らではもはや正規軍の敵ではないだろうからね』
衝撃の事実に驚いていると、外から足音が聞こえてきた。どうやらプロミネンスの兵士たちがヘラ教徒を追い詰めているのだろう。
「リリス様のこの姿をプロミネンスやヘラ教徒に見せるのはまずいですね、魔女扱いされて処刑とかいいだすものの現れるでしょう。私が時間をかせいできます。その間に逃げるなり何とかしてください」
「僕も付き合おう。なに、天才的な作戦で時間をかせいでみせるさ」
そういってナツメとヘクトルの足止めに向かう。言葉通りの意図もあるが二人とも衝撃的な事実とその原因の一端となっているヘラと距離をとって考えをまとめたいのだろう。
それが分かっているからこそブラッディもとめはしなかった。
『私はまたしばらく、彼女の体に身を隠すとしよう。なに、リリスに主導権を戻すのは簡単なことさ。ブラッディ兄上。眠り姫が目を覚ますような、毒リンゴを食べた姫君が目を覚ますような、フェアリーテイルのお約束を頼むよ』
「は?」
そういって、彼女はからかうような目をして自分の唇を指でなぞる。こんな状況だというのに、どこかなまめかしいのはヘラのその表情だろう。
「だめだよ、ヘラたん。そういうことは大切な人とするべきだし、その体はリリスのものでもある。だから……」
『全く煮え切らないなぁ。安心してくれたまえ、私とリリスは君に同じ感情を抱いでいる。だからむしろキスをしたいって思っているのさ』
「いや、ちょっと……」
不意をついたとはいえ、信じられないほどの力で頭を引き寄せられると、ブラッディの唇を柔らかい感触が襲った。
「んんっ」
『ふふ、女神のファーストキスだ。自慢になるね。ああ、きみへの愛しさがあふれだしていくよ』
ブラッディとヘラの唇がはなれると、最後にほほ笑んだ彼女をまとっていたプレッシャーがかききえて、瞳をつぶると、髪と瞳の色が元のリリスのものへと変化していく。
そして、再び目をひらいた彼女からはさきほどまでの妖艶さはきえており、困惑の表情を浮かべていた。
「お義兄様……?」
「リリスたんなのか?」
「はい、リリスたんです。お義兄様のことが大好きなリリスたんです!! また、助けてくださったのですね……ありがとうございます」
表情に正気の色が戻ると、瞳から涙をあふれさせながら今度はリリスがブラッディに抱き着いてくる。それはちょうどヘラに対してブラッディがやったことと同じで、彼女もおなじくらい自分を大事に思っていてくれるというのが伝わって嬉しくなる。
ヘラのことはもうちょっと落ち着いてから話すか……
自分の胸で泣きじゃくっているリリスの頭を撫でながらブラッディは決める。そして、次にやることを決めた。
「とりあえずここから脱出したら教会へ行って浄化してもらうぞ」
「浄化……ですか?」
きょとんとするリリスにブラッディは迷いなく頷いた。
「ああ、ちょっとしたアクシデントでリリスたんの唇が穢れてしまったからな。家族はノーカンって解釈もあるけど、やっぱり綺麗にした方が……」
「大丈夫です!! 元気何で、浄化とかは不要です。お義兄様は過保護すぎます!! それに……あの子がやったこととはいえ、なかったことになんか絶対したくないですから」
ほほを赤らめて自分の唇を指でなぞるリリスのつぶやきは何やら考え事をしているブラッディの耳には入らなかった。
こうしてヘラ教徒との戦いは終わりをつげるのだった。
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