第36話 vsカリスト2

ブラッディによって自慢の拳をつぶされたカリストの絶叫があたりに響きわたる。



「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!?」



 悲鳴を上げているカリストを先ほどのお礼ばかりに蹴とばすと、壁まで吹き飛ばされていきカエルのつぶれたようなうめき声をあげる。



「おいおい、さっきの威勢はどうしたんだ? お前は最強の司教なんだろ? その程度なのか?」

「ぐげぇ」



 敵とはいえ少女がつらそうな顔をしているというのに煽る姿は普段のブラッディからは考えられなかった。それだけ怒っているのだ。



「ふっざけんなよ。なんだよ。その魔力はよぉぉぉ!! 俺様はガキの頃からずっと魔力を増やすために拷問を受けてきたんだぞ。毎日毎日魔力切れになっても搾り取るように魔法をつかわされてよぉぉぉ。そんなつらい思いをしてきた俺様が甘えて育った貴族様になんか負けられるかよぉぉぉ!! 常闇の獣よ、この身に力を『地獄犬の魂(ケルベロスソウル)』!!」



 獣の様に四つん這いになったカリストの体から漆黒のオーラのようなものがあふれ出して彼女の全身を包む。

そして、漆黒のオーラがまるで獰猛な獣を形どるように模倣する。



「あれはカリストの加護『ダークソウル』だ。地獄の魔物の力を借りて己の身体能力を一気に上げるんだ。ブラッディ、さっきまでのカリストとは別物だと思った方がいいよ!!」

「ひゃははは、これが俺様の本当の力だ!! 地獄の番犬の力をみせてやるよぉぉぉ」



 狂ったように笑いながらカリストが腕を振るうと土壁がまるで紙の様に引き裂かれる。



「なるほど……これでリリスたんの部屋のベランダを壊したのか……しつけの悪い犬だな」



 ブラッディはリリスの部屋の惨状と、ソラの傷を思い出して察する。



「なにを余裕ぶってやがる。お前も引き裂いてやるよぉぉ」

「確かにこれは予想外だな……」



 一瞬で間を詰めていくカリストが勝利を確信した笑みを浮かべながら迫る。



「ブラッディ!! きをつけるんだ!! あれは天才である僕でも対処できない!!」

「あのくらいなら大丈夫でしょう。それより縄を斬りますので動かないでください。余計なものまで切ってしまいますよ」

「ああ、本編の前だからと言ってここまで弱いとはおもわなかったわ。我が敵を束縛せよ、『ダークチェーン』」



 それは闇の鎖によって束縛するというごくありふれた中級魔法だった。上級の闇魔法で身体能力をあげ、加護によってケルベロスの力を降ろし二重に強化したカリストをとめることはできないと誰もが思うだろう。

 ブラッディとナツメ以外は……



「は……? なんで」

「お前と俺じゃあ魔力量が違うんだよ。それにしてもケルベロスか……たかが地獄の番犬ごときしかその身におろせないとはな……」



 ゲーム本編ではもっと強力な魔物も降ろしていたのだが、カリストもまだ発展途上ということだろう。ゆっくりと近づきてくるブラッディにカリストの顔が恐怖に歪む。



「なんでだよ。なんで、お前はそんな魔力を……俺様は最強で!! しかも、努力だってしたんだ。なのに……」

「お前はさっき魔力が尽きるまで魔法を使っていたと言っていたな。あいにくだが、俺はその後ポーションの飲んで繰り返していたんだ。そりゃあ魔力量だって違うだろ」



 ブラッディの言葉にカリストが信じられないという表情で呻く。



「な……あの苦しみを何度も……どうやって耐えたんだよ……」

「それは……愛だよ」



 そう、あの苦しみを乗り越えられたのはリリスたんへの愛だ。彼女を救うためには強力な力と魔力が必要だったのだ。だからこそ耐えられたのだ。

 最後にカリストの顔も闇の鎖で覆い放置する。そして、ブラッディは魔力を封じる鎖で拘束されていたヘクトルを助けているナツメに声をかける。



「てか、ナツメはなんでそんなにぴんぴんしてんの? さっきカリストに全力でぶん殴られてたよな?」

「優しいヘラ教徒の方が私をかばってくれたんですよ。自分の美しさがにくいですね」

「ああ、君からは見えてなかったのか? 彼女は殴られる瞬間に自分の影からヘラ教徒をだして盾にしたんだよ」

「うわぁ……」



 カリストが「この女……まじか……」って言っていたのはその身を犠牲にするナツメにおどろいたのではなく、自分の敵を肉盾にした彼女に引いていたからのようだ。

 


「そんなことより、お体は大丈夫ですか? リリス様を助けるにいけますか?」

「ああ……意地でもやってやるさ」



 カリストを倒した後に急激に重くなっていく体をごまかそうとしていたブラッディだったが付き合いの長いナツメにはバレバレだったようだ。



「ブラッディは一体どうしたんだい?」

「この方は神の呪いでリリス様を助けようとすると、毒舌を吐く上に自分の意思とは違う行動をしてしまうんです。男のツンデレってめんどくさいですよね」

「とりあえず罵倒を加えるのやめてくれる?」



 あんまりの言い方にブラッディがつっこみをいれていると、ヘクトルは「なるほど」とつぶやくと何か詠唱をはじめる。



「これで効果があるといいんだが……『バニッシュ』!!」

「うおおお?」


 

 不思議な光に包まれると一瞬意識が飛びそうになってから、体が一気に軽くなるのを感じる。この光は治癒ではないだろう、だとすると……



「この魔法は呪いを解く魔法か? まさか、アレイスターの魔導書にあったやつか!?」

「流石だな、我が親友。これは神の干渉を消し去る魔法『バニッシュ』。天才である僕がとある理由でよみがえらせようとしている禁呪だよ。まだ未完成なんだけどね……」

「禁呪というとなにかマスターにも影響が……」

「まあね、神の干渉は本来は悪いことばかりじゃない。この魔法はメリットすらもかき消してしまうのさ」

「「なっ」」



 ナツメとブラッディが同時に驚きの声をあげる。とさっきの意識が飛びかけたのは憑依した自分の意識が消えそうになっていたのかもしれない。



「ありがたいが、その魔法は俺には使わないでくれ。」



 ちょっと怖くなりながらも言うとヘクトルが不思議そうな顔をしているが、説明している時間はない。急いでリリスの連れていかれた扉をひらく。



「リリスた……ん……?」

「これは……ブラッディ、これ以上近づくな。魔力が吸われるよ!!」

「もう、手遅れだったというのですか……」



 扉の先に広がるのはところどころに大切な何かを吸われたかのように干からびているヘラ教徒たちと、魔方陣の中心にいる少女だった。



「まさか……ヘラなのか……?」



 闇より昏い黒髪に、爛々と輝く赤い眼こそ普段とは違うもののその顔はどう見てもリリスだった。



『ふふ、初めましてかな。お義兄様……いや、これだとかぶっちゃうね。兄君、兄上、お兄ちゃん。なんでもいいよ。君の好きなように呼んであげようじゃないか。もっとも……君が私を妹と認めてくれればだけどね』

「あ……あ……」



 天からおちる声に、うめき声をあげたのはブラッディだっただろうか、それともナツメかヘクトルか、もしくは周りにいるヘラ教徒だったかもしれない。

 ソレはただそこにいるだけだった。それなのに、圧倒的なまでのプレッシャーがおそいかかり、本能が彼女に近づくなと訴えている。


 そんな存在にブラッディは……



「会いたかったよ、ヘラたん!!」



 躊躇なくちかづいてだきしめるのだった。








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