第32話 ヘラ教の司教
「どういうことだ!! 僕はブラッディの屋敷を襲って少女をさらえなんて命令してないぞ!!」
屋敷への襲撃が自分の所属するヘラ教徒であることに気づいたヘクトルは即座に戻って留守を任せていた司祭を怒鳴りつける。
「……」
「おい、黙ってないで何かいえよ!! 天才である僕の時間と、僕と同じくらい天才であるブラッディとの友情に傷をつけたんだぞ!! 許されると……」
「そいつは悪くない。俺様が許したんだ」
「なっ!?」
激高しているヘクトルの顔が驚愕に染まっていく。本来はいないはずのそこにいた荒々しい声の主はそれだけここにいるのが信じられないような相手だったのだ。
「カリストォォォォ!! なんでお前がここにいる? ここは僕の管轄だぞ!! 他の司教が許可なく入っていいと思っているのか!!」
ヘクトルがにらみつけるのは炎のような赤い腰まである髪に、吊り上がった眉毛の十三歳くらいの少女である。
殺気を向けられているというのに、あざけるように笑っている少女。それも無理はない。彼女もまたヘクトルと同様司教なのだ。
「はっ、お前があまりに無能だからわざわざ俺様が出向いてやったんだろうが!! そいつが泣きついてきやがったんだよ」
「なんだと……天才である僕を侮辱したのか、凡才が!!」
「ひぃ……」
殺気に満ちたヘクトルに睨まれた司祭は、情けない悲鳴をあげるが、それを見て愉しそうにカリストが笑い声をあげる。
「ははは、お前本当に愚鈍だなぁ……そんなんだから部下共に馬鹿にされんだよ。こいつはお前を見限って俺様を呼んだのさ」
「そうだそうだ。何が天才だ!! 異教徒相手に日和りおって!! あんなやつら皆殺しに……え……?」
調子に乗ってカリストの言葉にのってヘクトルを罵倒する司祭だったが、そのしんのぞうを色白い腕が背後から貫いた。
「上司を裏切るようなうやつはさ、こうしなきゃ。人を支配するのは恐怖と暴力だぞ、天才様はそんなこともわからないのか?」
「だから、凡人は困る。『殺戮のカリスト』が殺すのが敵だけだと思うとはね……」
「あ……ああ……」
口と胸から血を流しながら地面に倒れる司祭に二人はすでに興味はなかった。お互いが殺気に満ちた視線で見つめ合っていた。
温厚派のヘクトル過激派のカリストの相性は元々悪い。一触即発な状況で先に口を開いたのはヘクトルだった。
「司教同士の私闘は禁じれらているだろう。お土産にクッキーでもやるからさっさと帰れ。部下共の指導は天才である僕がやっておく」
「は、聖女様の兄だからっていつまでも甘い言動が許してもらえると思うなよ。ほかの司教もよぉ、お前のことが目障りだってさぁ!! 闇の槍よ、降り注げ」
「ふん、これだから暴力ばかりの野蛮人は」
すさまじい勢いで襲ってくる漆黒の槍にヘクトルは舌打ちしながらも、光の盾を作り出して、防ぎ……わかっていたとばかりに背後に氷の槍を放つ。だが、すさまじい身体能力で背後に回り込んだカリストが全てを剣で切り払う。
「ジャンヌは……僕の妹はこのことを知っているのか?」
「あったりまえだろぉぉぉ!! 『ヘラ様の降臨に必要なことです』って涼しい顔でおっしゃってたぜ!!」
「そうか……あいつはそんなことを……変わってしまったね……」
一瞬ヘクトルの表情が曇り……魔法の制御がわずかに緩むとその隙を逃すカリストではなく、そのまま……
★★
「……というのが先ほどあったことです」
「あのカリストがきているだって……てかジャンヌって誰だよ……」
ヘクトルの背後をつけて、状況を見ていたナツメからの報告にブラッディは頭を抱える。カリストはゲームの後半に出てくる最強の司教である。
そして、ジャンヌなんてのは存在していなかったはずだ。そもそもが、ヘラ教の聖女となるのはリリスのはずである。
これもシナリオの強制力だか修正力ってやつだろうか?
「それで……どうしますか? ブラッディ様。ヘラ教のアジトは特定しましたが、プロミネンスの領地ですし敵の数はかなりのものです」
「他人の領地っていうのが痛いな……兵士を派遣するわけにはいかないか……最悪俺たちだけでツッコむことになると思う。ただ、今回ばかりはゲームでいうラストダンジョンにたった二人で攻め込むようなものだ。断ってくれてかまわない」
「まさかおひとりで突っ込むつもりですか!!」
驚愕の声をあげるナツメにブラッディが躊躇なくうなづくと彼女は信じられないとばかりに肩をすくめる。
「本当にリリスさまがお大事なのですね……」
「ああ、もちろんリリスたんは大事だよ。だけどさ、ソラが辛そうに俺に謝ってくるんだよ。『リリスさまを守れなくてごめんなさい」ってさ……あいつはただのメイドだぜ。ヘラ教徒なんかに襲われたらどうしょうもないはずなんだ……なのにあんな怪我をするくらい一生懸命守ってくれて……それでごめんなさいなっていうくらい罪悪感を感じているなんてだめだろ。だから俺はリリスたんだけのためだけじゃない。ソラや他の使用人のためにも必ずリリスたんをとりもどさなきゃいけないんだよ」
ブラッディにとってはリリスが大切なことは間違いない。だが、それと同様に彼が転生して生きてく上で大切な存在も増えてきた。
その一人がソラなのだ。いつもあかるい笑顔で彼やリリスを楽しませてくれた。ソラがポーションを買ってきてくれたり、協力してくれたからこそブラッディは常軌を逸した魔力を手に入れたのだ。彼にとっては大切な存在である。そしてそんな彼女がつらい思いをしているのだ。
絶対にこのままにすることはできないとブラッディは強く心に決めていた。
「ソラもそこまで言ってもらえて幸せですね……例えば私が同じようなことになったらどうします?」
ブラッディのあまりの熱意にちょっと嫉妬したナツメが軽口をたたく。だが、不謹慎だったとすぐに取り消そうとした時だった。
「なーんちゃって……」
「ナツメが同じ目にあっても助けるに決まってるだろ。お前も俺にとって大切な人だからな」
「んんっ……!!」
ブラッディにまっすぐと見つめられて、大きく目を見開くナツメ。わずかだがその頬が赤くなっているのは気のせいだろうか?
「まあ、私はそんなことにならないのでご安心を……そして、朗報です。すでにプロミネンスからは彼の領地へ我らの兵士を受け入れる準備と、援軍の手配はすんでおります」
「え、あのプロミネンスが……やはり超絶美少女のリリスたんはあのクズの心すらも動かしてしまうのか?」
「そこは私の交渉術ですよ。彼は喜んで援軍を出してくれるとおっしゃりました」
意地の悪い笑みをうかべるナツメ。そして、準備は整ったとばかりにブラッディはジャスティス仮面の衣装の準備するのだった。
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