第31話
ここはナイトメア領にあるとあるダンジョンの最奥である。
「「我らが魔力を贄に、世界をあだなす物を封じよ!! コキュートス!!!」」
ブラッディとヘクトルの言葉と共にレイスという人の魂が凶暴化した強力な魔物が氷の結界に封じられていく。
すさまじい疲労感におそわれながらも封印されているレイスは微動だにしない。それも当たり前だろう結界の中は時すら止まっているのだ。
「ははははははは、やった!! 天才である僕らがアレイスターの秘術を一つ再現したぞぉぉぉぉぉ!!! この調子でやっていけば呪いを解く魔法だっていつか見つかるはずさ!!」
「あ、ああそうだな……」
歓喜の声を上げるヘクトルと対照的にブラッディは顔を真っ青にしていた。その心境は……
やっべぇぇぇぇぇぇ、ラスボス前に主人公たちが仲間と一致団結して完成させるはずの封印魔法がつかえちゃったよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!
そう、この魔法はヘラの力を完全に我が物にしたリリスによってどん底状態になった主人公たちが必死で完成させる友情と団結の魔法なのである。これを機に各国は協力し、主人公も団結するのだが……
「いや、こんなに簡単にできるとはおもわないじゃん。絶対失敗すると思ったもん」
ヘクトルの魔法使いとしての力と知識、ブラッディの前世の記憶と、常軌を逸した魔力、これらが力をあわせた結果見事に完成してしまったのである。とりあえず魔導書に書いてあるなかでも見覚えのある魔法を試してみるか……とやったら大成功である。
シナリオ改編というレベルではない。
「どうしたのですか、マスター?」
「いや、実はな……」
周囲の敵を蹴散らしていたナツメが帰ってきたので思わず愚痴ると……
「うわぁ……あほですか……? なんでわざと失敗するようにとかしなかったんですか?」
「いや、だって……こういうのって研究みたいでむっちゃ楽しかったんだもん……友達となんかやるって部活みたいだし久々すぎて楽しかったんだもん……」
あきれたとばかりに冷たい目をしているナツメにブラッディが思わず言いにくそうに少し恥ずかし気にぼやく。
それも無理はないだろう。転生してからひたすらリリスのために生きてきた彼は、ソラやナツメと出会いこそしたものの同性の友達はおらず、趣味も魔法の勉強とリリスのスイーツの食べ比べくらいだったのである。
だから久々の同性の友人との共同作業についはっちゃけてしまったのだ。
「友人なら私がいるじゃないですか?」
「え、なんだって?」
何やらぼそりと呟くナツメ。本当に聞こえなかったので聞き返すが無視された。
「なんでもないです。ならば彼を暗殺しますか? ヘラ教徒ですし問題はないでしょう」
「いや、問題しかないだろ。こいつはメインキャラなんだよ。もっとシナリオがやばくなるわ」
猟奇的な提案をするナツメにつっこみをいれていると、魔法が成功して上機嫌なヘクトルが会話に混じってきた。
「いったい何を楽しそうに話しているんだい?」
「害虫駆除をしようと思ったのですが、マスターに反対されてしまったんです」
「ふぅん、虫か……あいつらは本を食べるから嫌いなんだよねぇ……それよりもさすがは我が親友ブラッディのメイドだね。あんなにいた魔物を君一人で倒すなんて……天才である僕がほめたたえよう」
「天才天才うるさいですが人を見る目は確かなようですね。マスター聞きましたか? 私はとっても優秀らしいですよ」
「おまえちょろすぎだろ……」
先ほどまで殺す気満々だった相手に褒められて、ドヤ顔をするナツメに複雑な表情でつっこむブラッディ。
「まあ、目的はすましたしそろそろ戻るか……」
「そうだね。うふふ、リリスさんは今日はどんな甘いものを用意してくれているかな? 天才である僕が推理しようじゃないか」
「おやおや、マスター。意外なライバルが現れたようですがどうするんです?」
「ライバルってな……いや、でもありか?」
意地の悪い笑みを浮かべているナツメの話もなくはないのか……? とブラッディは考える。ヘクトルはメインキャラなだけあって能力は高い。それにリリスもヘクトルといるときは笑顔で楽しそうである。
なんとかヘラ教から脱退させればよいのでは……?
と考えるブラッディ。彼は勘違いしているがリリスが笑顔なのはヘクトルがいるときはブラッディもいるからであり、基本的にヘクトルはブラッディをほめるからこそ上機嫌なのだ。
「いや、無しですよ。絶対それをリリス様に言わないでくださいね。多分泣かれます……」
「なんでだよ!?」
ブラッディの質問には答えずナツメは大きなため息をつくだけだった。
そして、ダンジョンから出て馬車で屋敷に向かう。
「そういえばジャスティス仮面の正体はわかりそうかい?」
「いやー、それは……」
「冒険者ギルドの総力をあげているのですが難しいようです」
ブラッディがどうごまかそうと悩んでいるとナツメが助け舟をだしてくれる。その返事を聞いてヘクトルがためいきをつく。
「そっちもか……そろそろ僕の部下たちも焦ってるんだよね。中には魔力の高い少女をさらえっていってるやつもいるくらいさ。天才である僕に任せておけばいいのに……」
そんな話をしていて遠目に屋敷を見て違和感に気づく。屋敷の方がやたらと静かなのだ。
「ナツメ!! 俺の背中に乗れ!! ヘクトルはなるべく早くにこい」
「了解しました」
俺は身体能力アップ魔法をつかうとどうじにナツメが背中に乗ったのでそのまま屋敷の方へと駆け出していく。
そこは壁が破壊され何者かが侵入したあとだった。嫌な予感がしたブラッディはすぐにリリスの私室へと向かう。
「マスター、まだ、人の気配があります!!」
「リリス大丈夫か?」
武器を構えて扉を蹴破ると、可愛らしいレースのカーテンに包まれたベランダは破壊されおり、床には頭から血を流しているソラが倒れているのが目に入る。
「Sランクの冒険者たちを配置しておいたはずなのに侵入を許したというのですか……それにこの巨大な獣が暴れたような後は……」
「ソラ、大丈夫か!?」
ブラッディは呆然としているナツメをよそにソラにかけより、息があるのを確認し、携帯用のポーションを飲ませる。
しばらくすると、とぎれとぎれだった息が落ち着きを取り戻し徐々に目を開く。
「ソラ、無事でよかった……」
「ブラッディ様……もうしわけありません。私を守るためにリリス様が……」
ようやく意識を戻したソラが最初に放ったのはそんな言葉だった。自分の身よりもリリスのことを心配している彼女にブラッディは胸が痛くなる。
「大丈夫だ。俺が絶対救ってみる。俺のあいつへの溺愛っぷりをしっているだろ?」
震える手のソラを握って安心させる。ブラッディにとってはリリスが一番大事だが、ソラもまた大事な人なのだ。いわば彼女はこっちの世界の姉のような存在なのだから……
そして、ようやくついたヘクトルが惨状をみて「まさか……」と呟いているのを見て確信した。
襲撃者はヘラ教だと……
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