第28話 ヘクトルの思惑

ふふ、このクッキーは美味しいねぇ、天才の僕が天才的にほめてあげよう」



 目の前で美味しそうにリリスお手製のクッキーを食べているヘクトルを見て、ブラッディはどう対応すべきか悩んでいた。

 こいつはさっき戦ったように強敵なんだよな……真っ向勝負をすれば被害は相当なものになるだろう。それに、ジャスティス仮面の正体が自分だということに気づいていない。ならば逆にそれを逆手にとるか……



「それでジャスティス仮面をどうして俺が倒さないといけないんだ? 彼は正義の味方だろう?」

「ふふ、それは天才である僕を試しているということでいいのかな?」


 

 ブラッディが淹れた紅茶を一口飲むとヘクトルは得意げにしゃべり始める。



「まずは、ジャスティス仮面が現れるのはナイトメア領が最も多い。それゆえ、この近隣を拠点にしているのは間違いがないだろうね。そこで強力な魔物を倒したり、犯罪者を勝手に取り締まっている。そこまでは君も把握しているだろう」

「ああ……報告は上がっている」



 報告も何もブラッディがやっているのだから知ってて当たり前なのだが、とりあえず話をあわせることにする。



「そしてだ。僕が調査したところ君がジャスティス仮面じゃないかって話が耳に入ったんだよ」

「それは……」

「だけど、僕はそれがフェイクだと確信している。だって、そうだろう? 自分の領地に正義の味方様が現れて、それが領主だなんて噂が流れているなんてあまりにあからさますぎるからね。それじゃあ、正体を隠す意味がない。おとぎ話にしてもチープすぎるよ」



 楽しそうに笑うヘクトルだったが、ブラッディは内心無茶苦茶焦っていた。自分の正体が怪しまれているだって……? 


 常に仮面はつけていたし、秘密を知るのはナツメとソラだけである。彼女たちがばらすことはほとんど考えられない以上どこから情報が溢れていたかわからない。

 ということは考えられるのは一つだ。



「ヘラ教徒は強力な力を持っているやつがいるんだな」

「? ああ、まあね。うちの神様は信者には強力な力をくれるからさ」



 一瞬きょとんとしたヘクトルだったが、すぐに得意げな笑みを浮かべる。

 予想通りだ。鑑定スキル持ちでもいるのだろう。そして、自分とジャスティス仮面を紐づけたのだ。とはいえこの様子だとまだ完全に特定はできていないようだ。



「まあ、そんなことはどうでもいいんだよ。僕は考え推理した。ジャスティス仮面の正体をね。そしてある程度特定できたんだ」

「ほう……、一体何者だ?」



 緊張するブラッディに対してヘクトルはにやりと笑う。



「君に恨みを持つものだよ。あえて自分の正体を君だと思わせることによって、ジャスティス仮面が倒した連中の恨みを押し付けているのさ。現に僕らヘラ教徒の中でも君を倒そうって話がでたんだ。僕が必死に止めたけどね」

「……」



 どこか得意げなヘクトルにブラッディは思う。あれ、こいつけっこういい奴じゃない? こいつのおかげでヘラ教徒との全面戦争は避けれたじゃん……と。



「例えばそうだなぁ……君の両親に隠し子がいたりとかしない? あとは君を恨んでいる養子とか……?」

「いや、両親はラブラブで俺に領主を任せて隠遁しているし、親父は風俗に行くことはあっても愛人をつくるほどの度胸はないな……義理の妹がいるがあいつとは仲が良いぞ」



 ヘクトルの質問にブラッディは自信をもって答える。貴族にしては珍しく恋愛結婚だったこともあり、夫婦仲はかなり良いし、尻に敷かれまくっている父に愛人をつくるような甲斐性があるとは思えなかった。

 そして、リリスがブラッディに懐いてくれていることもカフェでのやりとりから確信を持っていた。



「そうか……まあ、こっちはこっちで調査するから何か身に覚えがあったら教えてよ」

「その前に一ついいか? なんでお前は俺と同盟を組みたいって言ったんだ? ただジャスティス仮面を倒したいだけならば、俺に協力を得なくても好き勝手やってもよかったろう? 例えば……うちの領地で暴れるとかさ」



 そう、ずっと気になっていたのはそこだった。ヘラ教徒が本気でジャスティス仮面を探しているのならば、わざわざ正体をあかしてこちらに協力を申し出なくても楽な方法があったのだ。



「君は勘違いしているねぇ……ヘラ教は確かに新興宗教だけど過激派集団ってわけじゃないんだ。ただ……はじかれた者たちが生き延びるために手を取りあっているだけさ。それと……協力を申し出たのは僕の独断だよ」

「独断……?」

「うん、君のことはいろいろと調べさせてもらったよ。孤児院への寄付に、正当な税収、君は領主として私利私欲で動いていない。ちゃんとやっている人間が損したり、理不尽に恨まれたりするのが天才である僕は許せないのさ」



 そういえばこいつはヘラ教団を裏切るのだ。もしかして、ヘラ教徒が過激なことをしているのを知らないのでは? ならば説得できるのでは……? と思った時だった。



「だからこそ、今の腐敗した貴族が許せないんだけどね」



 一瞬だが放たれた殺気にブラッディは思わず生唾を飲む。そんな彼にヘクトルはごまかすように笑いかけて本棚にある魔導書に視線をおくる。

 


「君はかなり魔法に造詣が深いんだってね。無詠唱魔法も使えると聞く。最近の魔導書は読んでいるのかい?」

「ああ、定期的に王都から取り寄せているぞ。最近で言うと『戦闘魔法』と『生活魔法』の分類などが面白かったな。領主としてもいろいろ役に立てそうだし」

「ははは、君はなかなか良い趣味をしているじゃないか!! ならばこっちのは読んだかい? 『平民にも使える初歩魔法の学ばせ方』とかさ」

「お前も結構読んでるな。あれを読んでどう思った?」

「やはり幼少期からの魔法の勉強は大事だね。これまでの学説が間違っていたってことだろう。凡才たちは自分の間違えを認めないからね」



 これまでの常識では母がいっていたように小学生高学年くらいになってから魔法を学ぶのが常識だった。だが、ここ数年でその常識が変わりつつあるのだが、その動きはかなり遅い。

 それをヘクトルは嘆いているのだろう。


「無詠唱をつかえるってことは君も子供のころから学んでいたんだろ? 理解のある両親に育てられたんだね」

「まあな……」



 まさか転生者だからすでに知っていましたとはいえずに適当にごまかす。



「それにしてもお前も常に魔法の勉強をしているんだな」

「当たり前だろう? 天才は努力を怠らないのさ。でも、君もなかなかじゃないか。この本なんて宮廷魔術師でもない限り読み解けないよ」



 ブラッディの本棚を見ながらヘクトルが楽しそうにいうと、それから魔法談議がはじまる。

 最初はリリスのためだけに必死に魔法を学んでいたが元々が異世界転生者であるがゆえに魔法について興味を持っていたたまえ勉強は継続していたのだ。

 


「いきなりの来訪という失礼の詫びに天才である僕がお詫びに今度おすすめの魔導書をもってこよう。その時までにジャスティス仮面の情報が入っていることを願うよ」



 しばらく、楽しそうに話してから満足したのか彼はそのまま窓から飛び降りて去っていった。



「いきなりやってきたのは驚いたな……」

「彼がアホで助かりましたね。自ら真実から目を背けるとは……」

「いや、ここは巧妙に正体を隠せている俺を褒めるところだろ」



 背後からすっと現れたナツメに返答すると冷笑で返された。彼女はいつの間にか闇魔法を使って身を潜めていたのである。



「それでどうしますか? 随分仲良くおしゃべりしていましたが……」

「ヘクトルには悪いが、リリスが狙われるんだ。ヘラ教徒との戦いは避けられないだろうな。出会いが違えば友達なれただろうが……」



 あれだけ魔法について熱く語り合ったのだ。多少は情がうつるがブラッディの一番はやはりリリスである。ヘクトルがヘラ教である限り戦いは避けられないだろう。



「わかりました。それでは、やつらがひそんでいるところを探しておきましょう」

「ああ、頼む。俺はリリスたんを守るためにこの世界にやってきたんだ。迷いはしないさ」



 そういって冒険者ギルドに向かうナツメをブラッディはちょっと複雑そうな表情で見送るのだった。



 ★


「ブラッディ=ナイトメア……なかなか面白い人間だったな。それにあれだけの魔導書をよんでいるというのならば僕の研究にも力をかしてくれるかもしれないな」



 ブラッディと会話したおかげか少し上機嫌で帰ったヘクトルを待っていたのは一人の司祭だった。



「ヘクトル司教報告があります」

「うん、どうしたんだい? さっそくジャスティ仮面の正体がわかったかな?」

「いえ、そちらは調査中です」



 それも無理はない。皆が皆ブラッディだというのだが、それではヘクトルが納得しないのである。だから彼は別ベクトルで攻めることにしたのだ。



「ですが、彼と一緒にいた少女の正体がわかりました。そいつを人質にすれば……」

「あのさぁ、僕らはならずものじゃないんだよ。そんな卑怯な真似していいわけないだろ!!



 ヘクトルが怒鳴りつけると司祭はそのまますごすごと下がっていく。



「はぁ……ヘラ教団も変わっちゃったなぁ……」



 その後ろ姿を見て嘆くヘクトル。彼はヘラ教徒の創立メンバーだった。徐々に人数が増えて勢力をましていくにつれ乱暴な手を好む人間が増えているのが最近の悩みである。

 そして……


「この男は甘すぎる……我らの敵は皆殺しにしなければいけないのに……このままではだめだ。カリスト司教に相談しなければ……」



 彼に叱られた司祭は眉をひそめてペンを手にとるのだった。





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それではまた明日の更新で





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