第10話 ジャスティス仮面誕生
とある建物にある倉庫にて二人の人物が向かい合っていた。一人は三十歳くらいの女性で、もう一人は縄で縛られて地面に転がされているリリスである。
「全くとんだ手間をかけさせてくれたわね」
何者かにさらわれたリリスだったが、その首謀者と対峙して胸がざわめいていた。できればもう会いたくはなかった人物だ。
「院長……なぜこのようなことをしたのですか? 私をナイトメア家に引き取らせたのはあなたでしょう!!」
つらい思い出しかない場所に理不尽につれてこられたにも関わらず、リリスはかけらも委縮した様子もなく聞き返す。
そこにはもう、かつての気弱で人の顔色を窺っていた少女の姿はなかった。ブラッディはもちろん、ソラや母の愛情が彼女に自信を持たせていたのである。
「生意気な顔ね!! 仕方ないでしょう。ナイトメア家よりももっと高値であなたを欲しがるところができたのよ。引き取ってもらった時の倍の金を払うから返せって言ったのに……あいつらったら『もううちの子なのよ』だなんて……政治の道具として拾ったくせになまいきよね」
ぶつぶつと不機嫌そうに言っている院長だったがその反面リリスに笑顔が浮かぶ。だって、あの人たちは本当に自分を家族だと思ってくれているのが改めてわかったからだ。
「ふふふ、お義兄さまだけでなくみんな本当にわたしのことを家族だと思ってくださっているのですね……」
「そんなわけないでしょうが!! あいつらはあんたに利用価値があるから大切にしているだけよ!! ちょっとでも反抗してみなさい。すぐに罵倒が飛んでくるわよ!!」
余裕のある態度が気に食わなかったのか、院長がリリスに怒鳴り散らし……一瞬先ほどブラッディに言われたことを思いだしてしまったが……すぐに、自分の手についているブレスレットに触れるとそんな不安はなくなる。
これはブラッディが自分のためにプレゼントしてくれたネックレスである。『いつでも助けにいくぞ』と微笑みながらくれた二人の絆なのだ。だから、あの時の言葉もきっと事情があるのだろう。
そう確信してるリリスは真正面から院長を見つめ反論する。
「そうですね、確かに私が失礼なことをすれば皆さんは叱るかもしれません。ですが、それは道具だからじゃない。家族だからです!!あの人たちは理不尽に叱ったりなんてしない。私のために怒ってくれているのです」
それはかつて実の母から感じた愛情でこの孤児院では感じられなかった感情だ。
「何を生意気な……」
「よく言った!! お嬢さん!!」
「何者!? 見張りはどうしたの?」
突然の乱入者の声に院長が驚きの声をあげる。それはリリスも同様だった。だけど、それは誰だかわからなくて驚いたのではない。
その声で自分が助けにきてくれたらなって思っていた人が来てくれたのがわかったからだ。
「ふ、見張りとは外にいた連中かな? 悪いが私の敵ではなかったぞ」
「そんな……Bランク冒険者を圧倒したというの……って本当に何者なのよ!! 何なのその恰好は!!」
院長が不気味なものを見る目をするのも無理はないだろう。なぜならば、その乱入者は白い礼服に、その顔をパピヨンマスクで隠した少年であった。
日本でも不審者だがもちろん異世界でも不審者である。だけど、リリスには見覚えがあった。
「あなたは、ジャスティス仮面様……」
「そう、私の名前はジャスティス仮面!! そこのお嬢さんのヒーローさ!!」
息を飲んでつぶやくリリスにジャスティス仮面がきざっぽくウインクをして答える。その姿にリリスは胸が熱くなると同時に嬉しさに泣き出しそうになる。その姿はまさに彼女の大好きな絵本に登場するヒーローそのものだったのだ。
「お前のような変態に私の計画の邪魔をさせてなるものか!! お前らさっさとおきなさい!!」
院長がさわぐと他の見張りがぞろぞろとやってくるが……
「黙るがいい!! リリカルスターアロー!!」
「ぐぎゃぁぁ」
光の矢が圧倒的な力で院長や見張りの男たちを襲うと爆発と共に吹き飛ばした。
「なんて魔法なの!! この変態は化け物なのかしら?」
「ふはははは、これは魔法ではない。正義を愛する力が悪と戦う力になっているさ。もういっちょリリカルスターアロー!!」
光の矢が生まれると同時にどんどんどん敵をたおしていく。その光景にリリスは義兄はこんなに強かったのかと思わず驚きの声をあげてしまう。
そして彼女が驚いたのはそれだけではなかった。だって、魔法は基本的には決められた詠唱を使わないといけないのだ。
「すごい……でも。今のは……」
「本当は魔法って詠唱しないといけないらしいですけど、無詠唱魔法っていうのつかって、ジャスティス仮面の技名を叫んで無理やり魔法を使っているらしいですよ。リリス様の誕生日にあの格好をして、披露するために練習してたらしいです」
独り言に返事があり、驚いて振り向くといつの間にか横にメイド服の少女がいた。
「ソラ!? あなたも助けに来てくれたのですか?」
「当たり前でしょう? 私は優秀で……リリス様が大好きなメイドなので」
いつものように軽口を叩いてソラがリリスの縄をほどき始める。誘拐犯がいるところにただのメイドが来るのがどれだけ危険なことか彼女とてわかっていないはずだ。
そして……無詠唱魔法というのはソラは簡単そうにいっていたが超高等技術である。魔法に詳しい母をもっていたからこそリリスは知っていた。それこそ、幼少のころから何度も何度も魔力を練って魔法の流れを完全に理解できないと使いこなせないのである。
「それなのに私が喜ぶからって覚えたというのですか……」
「はい、リリスさんの絵本を見てから、ずっと練習してたらしいですよ」
魔力が尽きるのはとてもつらいことだとリリスは知っていた。あの歳で無詠唱魔法を使えるくらいになるにはどれくらいの努力をしたのだろう。どれだけの苦痛を感じたのだろう。
それなのに、彼はリリスのためだけにわざわざジャスティス仮面と同じ技をつかうために覚えたというのだ。
「もう、お義兄様はどれだけ私を喜ばせればすむんですか……」
「ああ、やっぱりブラッディ様ってわかります? あの仮面の認識阻害の魔法は奥様が怒ってて解呪しちゃったんですよね……あはは」
いつものようにブラッディをいじっているソラだったが彼を見つめる目には信頼の色がみえる。そして、リリスの方を振り向くと真面目な顔して言葉を続ける。
「でも、これでわかりましたか? ブラッディ様はリリスさまのことが本当に大切なんです。きつくあたったのもきっと何か事情があるんでしょう」
「はい、もちろんわかっています。お義兄様が私を大切に思ってくれていることは……そして、私もお義兄様のことを大切に想っていますから」
ブラッディがなんでいきなりあんなことを言ったかはわからない。だけど、いつも自分を助けてくれた彼を疑ってなどいなかった。きっと何か理由があるのだろうとは確信する。
そして、自分のために戦ってくれて……助けてほしいと願ったときにいつも助けてくれる彼を見つめていると胸がドキドキとしてくるのを感じる。それは母やソラに向けていた感情とは明らかに違うものだった。
いや、違う……これまでは単に気づかなかったフリをしていただけだ。だって、リリスとブラッディは義理とはいえ兄と妹なのだから……
「お義兄様……私は……あなたを……」
「リリスさま……私はあなたを応援していますよ」
自分の気持ちに気づいたリリスをずっと見守ってきたソラは優しくみつめるのだった。そして、敵を全員倒したジャスティス仮面の方へとソラはリリスを優しく押し出す。
「怪我などはないかな。お嬢さん」
「はい……ありがとうございます」
「そうか……よかった……本当によかった……」
リリスに傷一つないのにほっと一息ついたジャスティス仮面は優しく彼女の頭をなでる。その撫で方はいつもの兄と同じで、優しさと愛情がこもっていて……
だけど、リリスは……自分の気持ちに気づいてしまった彼女は胸がドキドキするのをおさえることができずに顔が真っ赤になってしまう。
「ああ、すまない……いつもの癖……じゃなかった。女性に頭を撫でるなんて失礼だったね」
「いいんです!! もっと撫でてください。お願いします」
頭からぬくもりを逃すまいとリリスは声をはりあげるとジャスティス仮面はそのまま頭を撫で続け、それをソラは優しく見守るのだった。
そして、この件によって孤児院の犯罪が明るみになり院長は投獄されることになるのだった。
こうしてジャスティス仮面がうまれたのでした。
次回から一話の時系列に戻ります。
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それではまた明日の更新で
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