第9話 裏技
「うおおおおーーー!! 俺は!! 俺は!!」
リリスを罵倒をしてしまったブラッディは自室で荒れに荒れていた。それも無理はないだろう。彼はリリスを救うために努力をしてきたのである。今の彼は生きる意味と意義を失っていた。
「いっそ、のどを焼き切るか……? だが、そうしたら魔法がつかえなくなってしまう……何かあったときにリリスたんを守れなくなってしまう……」
「ブラッディ様ぁぁぁぁ!! 何があったんですかーーー!!」
騒がしい声と共に、やってきたのはソラである。主人の部屋に入るというのに、ノックもしないのはさすがの彼女でも普段ならばありえないことだった。
それだけ、緊急事態だということだ。
「いったい何があったんだ?」
「ブラッディ様こそ何があったんですか!! リリス様が『お義兄様に嫌われてしまったようです』って私に泣きついてきましたよ!! 何者かに呪いでもかけられたんですか?」
「うおおおおお、俺がリリスたんを泣かせてしまったのか……もう死ぬしか……」
「待ってください!! 正気に戻ってください!!」
自分の頭をバンバンと固い木製の机にぶつけだすブラッディをソラが慌てて止める。
「何があったか話してください!! 二人で話し合えば何か解決策ができるかもしれません。最近のブラッディ様は良くも悪くも目立っていますし、リリス様も求婚がたえません。何者かに恨みを買って変な魔法でもかけられたのかもしれません」
「……ソラは俺が自分の意思でリリスを傷つけたと思わないのか?」
ブラッディの言葉をソラは何を馬鹿なことをとばかりに笑う。
だけど、その瞳に馬鹿にした様子はなく強い信頼をかんじた。
「なーに言っているんですか、私はあなたがリリス様のために頑張っていたのをずっと見ているんですよ。むしろ、リリス様のために世界を滅ぼすことしたとかいいだすんじゃないかとひやひやしているくらいですからね」
「ソラ……」
彼女の信頼に思わず涙ぐみそうになるブラッディ。
「そして、それはリリス様も同じようにあなたを嫌いになったりはしません。あの子は先ほど『お義兄様に甘えすぎていました。お詫びに大好物のケーキを作ってお話をさせていただきます』って言って城下町に飛び出していきましたよ」
そして、いきなりあんなにひどいことを言ったのにリリスはまだ俺に懐いてくれているのだ。ブラッディが思う以上にリリスとの絆は強かったことに感動する。
「だったら俺も何とかしないとな……」
シナリオの強制力だか何だか知らんがそんなものに負けてたまるかと決心を新たにした時だった。開けっぱなしだった扉から一人の使用人が焦った様子で顔をだした。
「ブラッディ様、大変です……護衛の者がやられ、リリス様が何者かにさらわれてしまいました」
「「は?」」
いきなりのことにブラッディとソラは驚きの声をあげるのだった。
使用人の話を整理すると、買い物に言ったリリスを覆面を被った手練れの人間が襲ってきてさらったらしい。
「ブラッディ様落ち着いてください。いきなり街を滅ぼすとか言わないでくださいね」
「お前は俺をなんだと思っているんだ。ちょっと待ってろ」
大きく深呼吸をして精神を落ち着かせるとブラッディは箱から腕輪を取り出した。そして、それを身に着ける。
「ブラッディ様、なんですか。それ」
「ああ……俺がリリスたんの十二歳の誕生に渡した腕輪と対になっている魔道具でな。お互いの位置がわかるんだよ」
得意げに説明するブラッディだったが、ソラの表情はドンびいていた。
「……うわぁ……やば……さすがに過保護すぎませんか?」
確かにストーカーが使いそうな代物である。
「いやいや、リリスたんにも効果は説明してあるから!! 渡したときも『いつでもお義兄様と一緒にいる感じがして素敵です♡』って満面の笑みで受け取ってくれたから!!」
あわてて説明するブラッディだったが、相変わらずソラの目は冷たかった。そしてそんな場合ではないと切り替える。
「あんなことを言ったあとだけどつけてくれてるといいんだが……」
「それならだいじょうぶです。リリス様はブラッディ様を絶対嫌いになんてなりませんよ」
「ありがとう、ソラ」
ソラの言葉を信じて魔力を込めると、リリスの魔力を感じてほっと一息つく。だが、彼女のいる場所に驚きの声をあげてしまう。
「ここってリリスがいた孤児院じゃ……」
「そういえば、ここの方々がリリス様を返してくれっておっしゃってましたよね……」
「あいつらふざけやがって!! ぬぐっ!?」
怒りのあまり今すぐリリスを助けに行こうとするブラッディだったが、なぜか体が動かなくなってしまう。まるで、リリスの破滅フラグを邪魔するなとでもいうかのように……
「ふざけるな……俺はリリスたんを助けるために……」
必死に抗おうと立ち上がるも不思議な力によって全身の体から力が抜けてしまい、重なっていた本の山に倒れてしまった。
「ブラッディ様、大丈夫ですか!?」
「これは……」
ソラが心配そうに駆け寄る中彼の視界に入ったのは『銀の少女と正義の仮面』という絵本だった。今でもリリスと一緒に寝るときは読んでくれとせがまれるので彼の部屋におきっぱなしになっていたのである。
そして、彼の中で一つの考えが浮かんだ。
「ああ、そうか……」
「ブラッディ様?」
「違う……今の俺はブラッディじゃない。ジャスティス仮面だ」
「は?」
キョトンとした顔をしたソラにブラッディは迷いなく命令する。
「ソラ。リリスたんの誕生日ように準備していた衣装を持ってきてくれ」
「え、はい、わかりました。必要なことなんですね? ほかには何かありますか?」
いまだ状況のわかっていないソラだったがブラッディのまじめな顔を見てすぐに行動に移す。まさに以心伝心である。
ソラはリリスが関わっている時には愚かなことをしないと信頼しているのである。
リリスとの絆同様彼女との絆も強く育っていたのだった。
「あとはそうだな……父上が風俗街に行くときに着けていて母上にばれて没収された認識阻害用のマスクがあったろ、あれを頼む」
「わかりました!! でもあれって確か……」
ぶつぶつと言いながら出ていくソラを見送りながらブラッディは自分に自己暗示をかける。今の俺はブラッディ=ナイトメアではない。ジャスティス仮面であると!!
そう、ブラッディでリリスを救えないのならば自分を他の人間だと思い込めばいいのだと。
元々彼は転生者であり、今の彼は前世の記憶の方が遥かに強い。だからこそできるはずだと、ブラッディは必死に自分に自己暗示をかけるのだった。
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