第8話 新たな破滅フラグ

そして、ブラッディの頑張りもあり、家族としての愛情を受けたリリスはゲーム本編とは違い、破滅フラグを回避し、孤独とは程遠く幸せにすごすことができたのである。だが、

 予想もしなかった一つ問題が発生してしまった。



 その問題をブラッディが実感したのはリリスが養子になって数年が立った時だった。。

 


 十五歳になったブラッディが、中庭の椅子で紅茶を飲みながら魔導書を読んでいる時だった。彼を見つけたリリスは満面の笑みを浮かべ早足でやってくる。



「お義兄様……このドレスは似合いますか?」



 見目美しいレースのあしらわれたドレス姿のリリスがブラッディの前で可愛らしくお辞儀し、精錬された動作でスカートを広げてみせながらほほ笑んだ。

 成長した彼女は体の起伏も豊かになっており、少女から女性への変化の片りんをみせており何とも様になっていた。



「ああ、最高だよ、リリスたん。そのドレスの色好きだなぁ。むっちゃ似合ってるよ。これでパーティーに出たらみんなの視線は釘付けだろうな」

「もう……お義兄様ったらほめすぎです」

 


 ブラッディのその言葉は推しびいき……というわけではない。やってきたばかりにやせ細っていた体はちゃんとした食事により改善されており、傷や汚れがあった肌やくすんだ髪もブラッディと母が商人から高いシャンプーや化粧品を買って使わせているため、白く美しいすべすべの柔肌に、絹のように柔らかい銀色の髪は彼女の美しい顔と相まってどこか神秘的な雰囲気を醸し出している。

 現に彼女には何人もの貴族から婚約の打診が来ているのである。もちろん、すべてリリスの希望もあって断っているが……



「でも、そんな恰好で早足になったらだめだぞ。転んでけがしたら大変だからな」

「申し訳ありません。実はですね……このドレスはお義兄様のお好きな色とデザインのものをお義母さまやソラと一緒に選んだので、着た姿をお義兄様に一番に見てほしかったんです!!」

「まったく……リリスたんは可愛いなぁ……」

「えへへ……お義兄様にそういっていただけて本当にうれしいです」



 恥ずかしそうに頬を染めながらも、当たり前のようにブラッディの膝にのるリリス。そして、その頭をなでて思わずにやにやとしてしまうブラッディと幸せそうにされるがままにしている彼女。


 完全なるブラコンとシスコンになっていた。


 昔に比べて本当によく笑うようになったなとブラッディが感動していると、彼女へ手紙が来ていたことを思い出す。



「そういえば……リリスが元いた孤児院から帰ってこないか? って手紙あったけど断っちゃってよかったんだよな」



 おそらくリリスの美貌とその評判を聞いたのか、彼女が元いた孤児院から、『やっぱりうちで育てたいので返してくれないか?』と話もあったのだが、『リリスはものじゃない!!』とブラッディと母が突っぱねてい

たりする。

 一瞬つらいことを思い出したのかリリスの視線がくもる。



「はい。もちろんです。あそこに未練はありませんから」

「よし……母上と一緒に滅ぼしにいくか!!」



 リリスの笑顔を曇らす存在は死罪である。きっと母上もうなづいてくれるだろう。



「お義兄様!? 大丈夫ですよ。過去の話ですし……それに……あそこにいたからこそ私はお義兄様たちに会えたのですから……それと、指導もしてくださったんでしょう?」

「ああ、父上から子供たちをちゃんと育てないと、援助を打ち切ると書面を送って、監視も送り込んでいるから大丈夫なはずだ」

「それならばよかったです。私のようなつらい思いをする子はこれ以上増えてほしくありませんから」



 リリスが安堵の吐息をもらす。つらい思いをしただろうにリリスは孤児院の連中を許したのだ。復讐することだってできたはずなのに……

 そんな心優しい少女に育ってくれたのがブラッディは嬉しく思う。



「ふふ、リリスたんは優しいなぁ……」

「もう、お義兄様ったら……くすぐったいですよ」



 ブラッディが髪の毛を撫でると幸せそうにリリスは微笑む。口とは裏腹にもっとさわってくれとばかりに体を寄せていく。 

 完全に二人っきりの世界に入っているのを見たたまたま通りかかったメイドがつぶやくのがブラッディの耳に入る。



「ブラッディ様とリリス様……さすがに仲が良すぎではないかしら?」

「そうね……ブラッディ様も十五歳、リリスさまも十三歳で大人ですもの。このままでは間違いがあったらまずいわ。ご主人様に相談した方がいいかもしれないわね……」



 やべぇぇぇぇぇぇ!! なんかむっちゃ誤解されてるぅぅぅぅ!! てか可愛がりすぎたぁぁぁぁ!! 当たり前のことだが、ファンタジーだったり、貴族だからと言って義理の兄と妹と結婚することは異常である。

 とはいえリリスがこれだけなつくのも無理はない。ブラッディはリリスを溺愛しており、無茶苦茶可愛がって甘やかす以外にも、彼女の魔力を狙って魔物が襲ってきたときなどいくどもピンチを彼が救ってきたのだ。

 リリスからしたらブラッディは家で初めて優しくしてくれた人であり、ヒーローなのである。



「お義兄様……? どうされました?」

「ああ……ちょっと考え事をね……」



 可愛らしく首をかしげる彼女を見つめて自分の目的を改めて思い出す。

 ブラッディにとってリリスは推しである。そりゃあ恋人になれればそれはそれで嬉しいのは間違いないが、彼は所詮男爵の息子であり身分も高くないし、能力だって努力はしているがメインキャラには将来的に劣ると思う。今はよくとも、いずれか限界がくる。彼は別にリリスと結ばれたいのではなく幸せになってほしいだけなのだ。

 


「このまま兄離れしないのはちょっとまずいか……」



 それにだ。二人の関係を誤解されてリリスと引き離されたらブラッディの精神が耐えられない。


 理想を言えばリリスには強力な能力や権力を持つゲームの主人公や、メインキャラクターと結ばれてほしい。原作の冷徹な彼女ならばともかく、今の心優しく美しい少女に育ったリリスならば彼らを魅了することも可能だろう。というかこんなにかわいいのだ、口説かなければむしろ許さん!!

 そして、何よりもだ。今は純粋に慕ってくれているが、義理の兄がこんなにも激重感情を抱いていると知ったらちょっとこわくなるだろう。 



「リリス……」

「はい、なんでしょうか? お義兄様?」


 

 優しい声で膝から降りてくれと言おうとしたのだ。少なくともブラッディはそういったつもりだった。



「いつまで、俺の膝に乗っているつもりだ? ガキじゃないんだから降りろ」

「え……?」



 冷たい……怒気すらはらんだ口調にリリスはもちろん、ブラッディ自身も驚きの表情を隠せない。



「お義兄様……?」

「常識で考えろ。貴族として恥ずかしく……んん!!」



 今のは違うんだ……そう言おうとしたのに勝手にリリスを傷つける言葉を発する口を必死に抑える。だけど、もう遅かった。

 リリスの瞳にみるみると涙が溜まっていき……



「そうですね、お義兄様がお優しいからと勘違いしてしまいました。これからは淑女としてはしたないことはしないようにいたしますね……失礼します」



 ぬぐったリリスの顔にあるのは最初に出会った時に張り付いたような笑みだった。そして、ブラッディが何かを言う前に彼女は視界の外へと駆け出してしまった。



「違うんだ、リリス……」



 彼女を傷つけてしまったという申し訳なさと自責の念に満ちた言葉はリリスには届かない。そして、彼女が視界に消えると普段通りにしゃべれることを確認し、一つの結論に至った。



「まさか……今度は俺自身がリリスの破滅フラグになったということなのか?」



 元々ブラッディ=ナイトメアは元々リリスに罵倒を放ち闇堕ちさせるきっかけを作ったキャラである。そして、ゲームの設定では十五歳のころからブラッディのリリスへの罵倒は悪化するのだ。そして、彼はゲームのシナリオの強制力によって本来の役割を取り戻すことになったということだろう。

 ブラッディ本人の意思とは関係なく……




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それではまた明日の更新で

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