第7話 リリス

 リリスは母が病で死んでからずっと孤独だった。どうやら元々彼女はすでに病にその身を侵されており、先は長くなかったらしい。


 彼女の母はとある貴族のお抱えの魔術師だったが、それがきっかけでとある高貴な人間と恋仲になった。だがそれは許されない恋だったらしい。

 リリスを産んだ結果、貴族の屋敷を追い出されたらしく、リリスが物心のついたときには二人で一緒の放浪を旅をしていた。


 だけど、母がリリスを疎まがることは一度もなかった。彼女はリリスに一生懸命愛情を注いで育ててくれて、リリスもまたそんな母が大好きだった。

 彼女はリリスがいけないことをしたらちゃんと叱ってくれて、言いつけを守ったらちゃんと褒めてくれた。そして、リリスがねだると、母は色々なおとぎ話を話してくれるのだ。



「とあるところに銀色の髪を持つ少女がいました。その少女には特別な力があり色々な悪い人が狙っています。ある時、悪い大人が少女をさらおうと襲ってきました。そんなとき彼女を助けるべく魔法が飛んできます!! その魔法を放ったのは……」

「ジャスティス仮面様!! ジャスティス仮面様は光の魔法でわるい人倒してくれたの!!」



 母の言葉にリリスは興奮しながら答える。そんな彼女を見て母は微笑んで言葉を続ける。



「そう、正義の味方ジャスティス仮面です。彼が光魔法を使うとあっという間に悪い大人たちを倒したのです。そして、少女を大切な家族のもとに返してくれました」

「わー、ジャスティス仮面様かっこいい!!」



 母の言葉にリリスは興奮しながら手を叩く。リリスは母が話してくれるいくつものお話の中でもジャスティス仮面の話が大好きだった。



「ねえねえ、お母さま。私の元にもいつかジャスティス仮面様がやってくるかな? 私も銀色の髪だしくるよね」



 無邪気なリリスの言葉に母は一瞬険しい顔をして……それに彼女が気づく前にすぐに笑顔をうかべる。



「ええ、絶対来るわ。だからちゃんといい子にしててね。きっといつの日かあなたを守ろうとしてくれる人が現れるから……」

「お母さま……?」



 なぜかは知らないけど、母がリリスをぎゅーっと抱きしめてくれたのでリリスはそのまま抱きしめかえす。その数か月後に母は病で命を落とすことになる。どうやら元々彼はすでに病にその身を侵されており、先は長くなかったらしい。

 もちろん、彼女は自分の死後のことも考えていたらしく、驚くほどスムーズに孤児院に入ることができた。だけど、それからが地獄だった。

 その孤児院は表向きこそしっかりしていたが、実は悪徳だったようだ。



「何をやっているんだこのガキは!!」

「だいたい銀色の髪なんて気持ちがわるいのよ!!」



 何をやっても叱られて、言いつけを守っても言いがかりをつけられて殴られることもしょっちゅうだった。

 慣れない家事も一生懸命やった。ろくに食事を与えられずに、農作業をさせられた。だけど、リリスがほめられることは一度もなかった。それどころか母の形見であり、「おそろいよ」ともらった指輪も奪われ売られてしまった。

 母が作ってくれたジャスティス仮面の絵本を握りしめて涙をこらえながら眠る。



 お母さま……助けて……ジャスティス仮面様……私を助けに来てよ……



 そんなことを願うが彼女の現状は一向に改善されず、どんどん感情が死んでいった時だった。



「喜びなさいリリス。あなたを引き取りたいっていう奇特な人間が現れたわ。ここの領主様よ。あなたに眠る魔力に目を付けたみたい」

「本当ですか……?」



 ここを抜け出せる。そして、家族ができる。そう思って一瞬目を輝かせるリリスだったがそれをあざ笑うかのように孤児院の人間は続けた。



「ええ、魔力を持つ人間は貴重ですもの。勘違いしないでね。あなたは政略結婚の道具として引き取られるの。相手に失礼のないようにしなさい」

「道具……? 家族じゃないんですか?」



 呆然としたリリスに院長は鼻で笑った。



「当たり前でしょう。他人の……しかも孤児をわざわざ家族として招くはずがないでしょう。せいぜい嫌われないようにすることね」



 その言葉でリリスは目の前が真っ暗になった気がした。そして、はじめての顔合わせになった。リリスは孤児院で覚えた張りつめた笑顔をうかべて、ナイトメア家の人々に挨拶をする。

 そこで予想外なことがおきたのだ。



「え? マジでリリスたんじゃん!! うわ、ロリっ子リリスたんもくっそ可愛いよぉぉぉぉ!!」



 それまで仏頂面でこちらを睨んでいた少年がいきなりそんなことを言い出したのである。突然のことに変な魔法にでもかかったのかなとリリスは失礼ながらも思ってしまった。

 そして、彼は不思議なことにそれ以降もどんどん話しかけてくるのだった。



 彼はリリスに家族だからと言ってくれた。だけど、そんなことはもう、彼女は信じることはできなかった。だって、孤児院の人々も彼女に同じことをいって散々利用したからだ。

 だから、この人も信じてはいけない。リリスは自分に必死に言い聞かせるのだった。我ながら冷たい対応をとってしまったと思う。だから、彼も自分に興味をうしなっただろうと思った。



「やあ、リリス、今日も元気かな?」

「リリス様ー、またお茶をしに来ましたよ!! 今日はあなたの大好きなアップルティーです!!」



 つれないリリスにブラッディとソラというメイドはしょっちゅう部屋を訪れては、お茶と美味しいお菓子をくれるのだ。

 だからちょっとずつ……ちょっとずつ彼らを信じてもいいかなと思い始めた時だった。

 


 プロミネンスという少年に絡まれてしまったのだ。



「僕は今、魔力が高いだけの平民女を押し付けられそうになっていて、気分が悪いんだ。だけど、器が大きいからね。これを綺麗に舐めれば許してやるよ。今のうちにどっちが上か教えてやらないといけないからなぁ」



 この人は地位の高いらしく使用人の人々も目を逸らす。悔しそうにしているソラ以外は皆冷たい反応だった。そうしてリリスは孤児院で言われたことを思いだす。



『ええ、魔力を持つ人間は貴重ですもの。勘違いしないでね。あなたは政略結婚の道具として引き取られるの』



 ああ、そうだ。自分は道具なのだ。道具を守る人間なんていない。だから誰も助けてくれないのだ。ブラッディたちが構ってくれていたのもペットを可愛がる程度のものだったのだろう。

 そう考えるとわずかに胸の中にあった何かがさーっと冷たくなっていくのを感じ……思わず涙が……



「うるせえ、人の大事な妹に何をさせようとした!! ぶっ殺すぞ!!」

「ブラッディ様……?」



 まるでおとぎ話のヒーローのようにブラッディがプロミネンスを蹴り飛ばす。なんで? だってブラッディが殴ったのはとっても偉い人で怒らしたらいけなくて……私はただの道具で……



「なんで、お前はそんなにそいつを守るんだ? 妹って言っても血もつながっていない平民だろうが」

「なんでだと? こんなに可愛い義妹を守るのに理由がいるかよ!! 闇の球よ!!」



 彼は道具のはずの私のために戦ってくれる。彼は道具のはずの私を家族だと……義妹だと言ってくれる。そうしてプロミネンスを倒した彼を見てリリスの胸が熱いものに沸き上がってきて……気づいたら抱きしめてこういっていた。



「ありがとうございます……ブラッディ……お義兄さま……」



 リリスがそういうとブラッディは本当に嬉しそうに笑って頭をなでてくれた。こんな風に優しく頭を撫でられるのは母と別れて以来だった。そして、リリスは理解する。この人は私を守ってくれるジャスティス仮面さまであり、この人とソラが私の家族になってくれる人なのだと……



 そうしてリリスは真の意味でヒーローと家族を手に入れたのだった。


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