第2話 推しの義兄に転生しちゃった件について

 ブラッディ=ナイトメアは転生者である。彼が八歳のころに孤児院から父が連れてきた義理の妹となるリリスと屋敷で出会ったのをきっかけに前世の記憶を思い出した。

 そう、彼女の顔を見ただけで思い出したのだ。彼にとってリアルに推しと出会うということは、頭をぶつけたり、大きなけがをするよりもショッキングなことだったのだ。



「え? マジでリリスたんじゃん!! うわ、ロリっ子リリスたんもくっそ可愛いよぉぉぉぉ!!」



 そして、これがにブラッディが前世の記憶を取り戻しての一声であり、屋敷内はもちろん大騒ぎになった。

 それも無理はないだろう。男爵家の跡取りとして甘やかされて育ったブラッディは元々わがままで自分が一番ではないと癇癪をおこす子供だったというのに、後継者として自分の地位を脅かすかもしれない女の子を見て、罵倒ではなく、興奮した様子で意味不明なほめ言葉を饒舌に語りだし、いきなり感動したとばかりに泣き始めたのから……



「ブラッディちゃん……いきなり義妹ができてびっくりしちゃったのよね……? 少しおやすみしましょうね」



 彼を溺愛している母親に無茶苦茶心配されて、問答無用にリリスと隔離され、彼女の部屋に連れていかれてしまう。そして、やたらと優しく甘やしてくれるようになった母と休養することになったブラッディは現状と記憶を整理する。

 


一つ目 この世界は豊富な選択肢と、個性豊かな仲間がウリの自分がはまっていたRRGゲーム『ラグナロクの黄昏』と同じ世界だということ。 


二つ目 先ほど出会ったリリス=ナイトメアはこのゲームのラスボスである。冷酷無慈悲にて、圧倒的な魔力を持つ彼女はその身に宿す邪神の力を使い、この国を支配するも光の神に選ばれた勇者によって孤独のまま非業の死を向ける。

 人をものとしか思わない彼女のそばには人間なんておらず、孤独のまま死んでいくのだ。



三つ目 自分の名前はブラッディ=ナイトメア。リリスの義兄であり、ゲームでは母親と共に彼女を迫害しただけのクソモブキャラである。

 しかも、リリスがヘラの力を得るときに、何らかの理由で死んでいるのでほとんど情報がない。


 

四つ目 そして、今はゲームの開始から十年前だということだ。



 そして、現状を理解したブラッディは一つの結論にたどり着く。



「義理の兄であり、十年前の今ならば、悲劇のラスボスであるリリスたんを救うことができるんじゃないか?」



 そう、今はリリスが闇落ちする前であり、ゲームでも『家族仲が悪く、様々な迫害された結果、ヘラの誘惑に負けて闇落ちした』とだけあった彼女を救うことができるのである。

 もっと遅い時期に記憶が戻っていたら間に合わなかっただろう。リリスの関係者に転生しなければ居場所がわからず、手の打ちようがなかっただろう。

 だが、今のブラッディは両方の条件を満たしていたのだ。



「うおおおおおお!! これこそが神の導きだ!! 何とかリリスたんを救うDLコンテンツを作ってくれと企業におくったことか!! 隠しフラグがないかどれだけ試したことか!! 俺はこのために転生してきたのだ!!」



 今のブラッディに自分の破滅フラグとなるリリスから逃げようという気持ちなんて一切なかった。モブキャラに過ぎない彼はゲームに影響しない。彼の役割はせいぜい家庭内でリリスを迫害していた一人というだけである。極論だが、リリスを見捨てて一人で旅にでも出てしまえば彼は助かるのだ。だが、そんな考えは一瞬たりともなかった。


 前世の彼はゲームで孤独に耐えながらも冷酷に、だけどどこか寂しそうに戦っているリリスを推していたのである。それは一目ぼれとも違う不思議な感情だった。

 彼女には幸せになってほしいと思ったのである。



「リリスたんは俺が守る……うおお?」



 そして、いきなり意味不明なことを言い出したブラッディを心配した母によって抱きしめられる。当たり前の結果である。



「ブラッディちゃん……またわけのわからないことを……新しい家族ができて動揺しているのね。大丈夫よ、私たちが一番大事なのはあなただからね……まったくあの人ったらちょっと魔力が高いからってよその子供を養子にするなんて何を考えているのかしら?」



 書斎にでもいる父に対して文句を言う母の胸の中で、ブラッディは今リリスを破滅フラグから救うことをひたすら考える……知識チートを持っているとはいえ彼はまだ六歳という子供である。できることは限られている。

 今できる事は二つだ。

 


 まずはリリスを守るための力が必要だ。暴力、やはり暴力はすべてを解決してくれる!! それを何とか手に入れなければ……



「お母さま……お願いがあります。俺に魔法を教えていただけないでしょうか?」

「どうしたの? あなたは勉強は嫌いじゃなかったかしら。それに普通の人は十二歳くらいから始めるのよ」



 それはこの世界で常識であった。魔法の勉強というのは難しく、小学生高学年の知識がないと理解できないものなのだ。

 だが、ブラッディは知っている。魔法の源である魔力は幼少期のころの方が増えやすく、使えば使うほど強力になると……そして、転生者である彼には魔法を理解するだけの知能があった。



「それでは遅いのです。お願いします」

「そう……そこまでいうのならばわかったわ。ちょっとパパとも相談しておくわね」



 子供としての利点を利用するように上目遣いでおねだりすると元々彼に甘い母は根負けしたようにうなづく。それを見て、にやりと笑うブラッディ。

 実に嫌なガキである。

 


「これで特訓の準備はできた。次はリリスたんのケアだな」



 そして、もう一つはまずは家族仲だ。ブラッディを溺愛している母のことだ。ゲームではおそらくだが自分よりも優れた魔力を持つリリスを嫌ったブラッディのために、意地悪をしていたのかもしれない。

 ならば、ブラッディが早々にリリスを認めている姿を見せればいいのではないだろうか? そう思った彼はさっそくリリスの部屋に行こうとして……お付きのメイドに声をかける。



「なあ、ソラよ。初対面の女の子に喜ばれるプレゼントって何だと思う?」

「え……プレゼントですか……? まさかあの子にですか? ブラッディ様が!? 毛虫とかあげるならともかく、ガチなプレゼントですか?」

「お前が俺をどう思っているのかよーくわかったぜ」



 素ッとんきょんな声を上げるメイドのソラにこれまでのブラッディがいかにクソガキだったかわかるものだ。そもそもソラがお付きをやっているのも、他のメイドがみんな逃げだしたので鋼のメンタルをしているから選ばれただけにすぎない。



「これから家族になるんだ。不安そうなあいつに何かあげたいんだよ」

「何か変なものでも食べました……? と言いたいところですが、私は優秀なメイド。深くはつっこまずにお答えしましょう。そうですね、甘いものなどはどうでしょうか? 女の子は好きですからね。ちょうど、奥様が持ってきたクッキーがありますよ」

「ああ、ありがとう。二人分のお茶を頼む」



 なぜかにやにやしているソラからクッキーを受け取ると、さっそくリリスの部屋へと向かう。そこはまるで使用人が使うような粗末な部屋だった。一瞬眉をひそめてからノックすると緊張した声がかえってくる。

 


「ど、どうぞ……」

「ああ、邪魔するぞ……うおおおお、生リリスたんだぁ!!」

「きゃぁ!!」



 推しがリアルにいるといううれしさのあまりに奇声をあげるとリリスを驚かしてしまったようだ。あわてて咳ばらいをしてクッキーを差し出すと彼女はキョトンと首をかしげる。



「これは……?」

「家族になった記念だ。一緒にたべよう」

「そんな……私なんかがこんなものを……もったいないです。残飯で結構ですよ」

「……」



 その言葉と、まだ幼いというのに張り付いたような笑顔を浮かべるリリスを見て孤児院での扱いがどうだったかわかってしまう。この世界には人権なんて言葉はない。孤児院では体の良い労働力として扱われていたのだろう。現に彼女の小さい手は無茶な力仕事でもさせられていたのか、ぼろぼろである。



「リリスた……いや、リリス、君は俺の家族であり義妹なんだ。そして、俺は義妹とは一緒に美味しいものを食べたり、色々なことを話して仲良くしたいと思っているんだ。俺のわがままにつきあってくれ」

「兄……ですか? 本当に……?」



 警戒しながらだけど少しだけ期待にこもった視線を向けてくるリリスにクッキーを差し出す。彼女はしばらく迷った後に、クッキーを口にする。



「美味しい……美味しいです。ブラッディ様……」



 美味しそうに目を輝かしてパクパクとクッキーを食べているリリスにブラッディは微笑みながら言う。



「違うだろ、リリス。俺のことはお義兄ちゃんって呼べ、あと、敬語もなしだ。俺たちは家族だからな」

「ありがとうございます。ですが、それは畏れ多いですよ、ブラッディ様」


 

 これで仲良くなれるかなと思ったが、彼女に浮かぶのは再び張り付いたような笑顔だった。まるで、優しい言葉をかけられた後に殴れたことでもあるかのように……

 その顔を見るたびにブラッディは胸が締め付けられるような気持ちになるのを感じる。


 彼女はこんなに幼い時から苦労していたんだ……



「リリス、俺は……」

「はいはーい、優秀なメイドであるソラがやってきましたよーー!! お茶をどうぞー♪」



 明るい声と共にノックもなしに二つのカップをトレイに乗せたソラが入ってきた。そして、そのままソラが世間話を始めてしまう。



「では、リリス様お邪魔しましたー」

「ああ、またな。リリス」

「はい、ありがとうございました」



 カップのお茶がなくなり、ブラッディはソラと張り付いた笑みを浮かべたままのリリスに見送られて素部屋を出る。


「ブラッディ様、あなたが本当にリリス様を可愛がろうとしていることはわかりました。ですが、その気持ちはまだ伝わらないでしょう」

「なんでだ。俺は本当にリリスを……」

「彼女はよほどつらい目にあったんでしょうね。だから、他人を信じられないんです。ちょっとずつやっていきましょう」



 憤るブラッディにソラが優しい目をしながら言い聞かせる。やりきれない気持ちを感じながらもブラッディはまずはできることからやろうと改めて誓う。



 俺はリリスたんを救って決めたんだ。これくらいであきらめてたまるかよ!!


 

「ありがとう、ソラ。おかげで冷静になれたよ」

「そりゃあ、私は優秀なメイドですからね。給金をあげてくださってもいいんですよ」



 軽口を言うソラに感謝しながら、ブラッディはとりあえずできる事をと考えて、父と母にリリスの部屋をちゃんとしたものにするように抗議しにいく。

 最初は嫌そうな顔をしてた母だったが、ブラッディが「いやだいやだ、母上も父上ももきらいだぁ」と床に寝っ転がって駄々をこねると焦った顔で分かってくれた。子供の武器を躊躇なくつかうブラッディだった。

 ちょっと恥ずかしかったのはここだけの話である。





 そして、翌日魔法の特訓をしてもらえるということで中庭にきたブラッディは母の姿を見て声をかける。



「母上ただいま参りました。魔法の師匠はどちらに……」

「遅い!! 10秒遅刻しているわ!! それと訓練の最中は師匠と呼ぶように!! 魔法は遊びじゃないのよ!!」

「え? え?」



 ブラッディが混乱している中ローブを身にまとった母が杖で地面をたたくと、あたりに火が舞い踊る。



「返事はハイかハイよ!! わかったら返事!!」

「はいぃぃぃ!!」



 なんかキャラかわっていないか?



 そして、その時のブラッディはそれが地獄の特訓の日々であることを知らないのであった。








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