世界を滅ぼす冷酷無慈悲なラスボス令嬢(最推し)の義兄に転生したので、『影の守護者』として見守ることにしました〜ただし、その正体がバレていることは、俺だけが知らない。

高野 ケイ

第1話 転生した俺は破滅フラグしかない推しを守ることにした

とある山道を仕立ての良い服を着た男女に、メイドと、護衛らしき騎士の集団が歩いていた。



「ふん、貴族令嬢たるものが、山遊びとはな……リリスよ、もっと可愛らしい趣味を持った方がいいのではないか?」



 身なりの良い少年が隣を歩く少女にしかめっ面で話しかける。彼の名前はブラッディ=ナイトメア。隣を歩く少女の義理の兄であり、このブラッディ領を治めている領主である。十七歳の金色の髪に目つきの悪い少年だ。



「お義兄さま申し訳ありません、どうしても欲しい花があるのです……」



 皮肉を言われたというのに、なぜか嬉しそうに答えるのは銀色の美しい髪に金色の瞳を持つ端正な顔立ちの少女だった。その体こそまだ発展途上であるが、将来美女になり、幾多の男性を魅惑することは間違いないだろう。

 彼女の名前はリリス。ブラッディの義理の妹である。



「花か……そんなものは花屋で買えばいいんじゃないか?」



 怪訝な顔をするブラッディにリリスが頬を染めながらも答える。



「それではダメなんです。とある方にプレゼントしたいので自分で採りたいのです」

「は……? とある方だと!! いったい誰にだ?」



 予想もしない言葉にブラッディは動揺して声が震えてしまう、そんな彼をリリスがいたずらが成功した子供のような目でこちらを見つめ、満面の笑みをうかべてているのに気づくと、それを誤魔化すように首をぶるんぶるんと振って元のしかめっつらに戻す。

 そして、傍に控えていた無表情な黒髪のメイドに合図をおくる。



「まあいい。そんなことよりも街に行った時に買ったパンがまずくてな……。高貴な俺の口には合わないからお前にくれてやる。ナツメ!!」

「は、マスター!!」



 リリスがナツメと呼ばれたメイドから箱を受け取ると、ブラッディは目であけろと訴える。その中には大きなお肉たっぷりのサンドイッチがが入っていた。

 それは、リリスの大好物であり、偏屈な職人がつくっているため、貴族でも朝一にちゃんと並ばないと買うことができない逸品である。



「お義兄様、ありがとうございます!!」



 リリスが嬉しそうな顔を浮かべたのをみると、その愛くるしさについ笑みを浮かべてしまいそうになったブラッディだったが、慌てて自分のすねをつねって、しかめっつらをキープする。



「別に礼をいわれるほどのことでもない。量もあるし、お前のわがままに付き合わされた部下たちにもあげるといい」

「「ありがとうございます、ブラッディ様!!」」



 ブラッディにリリスの護衛の騎士たちが敬礼すると、恥ずかしそうに顔をそらし……空を見上げるといきなり真顔になると大声でさけぶ。



「すまない、ちょっと用事を思い出した。いくぞ、ナツメ!!」

「はい、わかりました。ご主人様」



 リリスと騎士たちに不思議そうな顔で見つめられながら、ブラッディとナツメは素早く去っていく。そして、その数分後に魔物の鳴き声があたりに響くのだった。



 ★★


 大きな鳴き声と共にこちらにやってくるのは翼をもつ爬虫類の思わせる体躯の魔物だった。



「そんな……なんでこんなところにドラゴンが!! ここは普段は魔物なんてあらわれないはずじゃ……」

「くっそ、リリス様だけでも逃すんだ!!」


 

 リリスの周りの騎士たちが騒ぐ。それも無理はないだろう。

 ドラゴン、それはこの世界でもっとも強力な魔物の一つとし言われている。その巨大な体躯から繰り出される爪は鉄でできた鎧を容易に切り裂き、その巨大な口から振り出されるブレスは人の骨ごと焼尽くすと言われている。



「……!!」



 そんな存在にたまたま出かけただけの貴族令嬢が遭遇し、悲鳴を上げなかっただけでも褒められたものであろう。

 だが……そんな若い少女はドラゴンにとっても大好物だった。



「なるほど……そういうことだったのですね」



 護衛の騎士たちが時間を稼ごうとしてくれているが、戦力差は圧倒的だった。絶体絶命の危機にだというのにリリスの表情に恐怖の色はなかった。


 まるで、誰かがが助けに来るのを信じているような……そんな表情である。


 そんなリリスの息の根をとめて喰らおうとドラゴンが無慈悲に口を開けブレスを吐こうとした時だった。



「リリカルスターアロー!!」

『ぐがぁぁぁぁぁぁ!?」



 彼方から飛んできた巨大な光の矢が、今まさにブレスを吐こうとしたドラゴンの口を射抜き爆発する。すさまじい精度と威力である。そして、リリスの前に姿を現したのは白い礼服に、その顔をパピヨンマスクで隠した青年であった。

 真っ白いマントをたなびかせ剣を構える姿にリリスの目にはまるで英雄の様に映る。いや、どこからともなく現れ『何度』もピンチを救ってもらっている彼女からしたら英雄そのものだった。



「大丈夫かな? お嬢さん」

「はい、もちろんです。ジャスティス仮面様」



 芝居ががった口調の仮面の男にほほを赤くしながら、リリスは頷く。ジャスティス仮面……どこからどう見ても不審者そのものなのだが、恋する乙女である彼女にはかっこよくみえるようだ。実に節穴である。



「『影縫い』……マスター、まだドラゴンが生きているようです。油断なされないように」



 木々の間から銀色に輝くナイフが放たれ、今まさに飛び立とうとしたドラゴンの影をつらぬくと、まるで地面に縫い付けられたように地に落ちてじたばたともがき始める。

 ナイフが飛んできた方向からあらわれたのはジャスティス仮面とやらと同じようにパピヨンマスクをつけたメイド服の少女だった。



「ああ、すまなかったな。ジャスティスレディ。後、俺のことはジャスティス仮面と呼んで……」

「謹んで辞退させていただきます。私の年齢でその名前を呼ぶのはちょっと羞恥心が勝ります」



 ジャスティレディと呼ばれた女性が感情の感じられない声色で返すと、ジャスティス仮面は狼狽したように声をあげた。



「え? ジャスティス仮面ってそんなに変か?」



 ちょっと泣きそうになっている声にリリスが満面の笑みが返す。



「いえ、とってもかっこいいと思います!!」

「ほら、見ろ!! お前は男のロマンがわかっていないんだよ。タ〇シード仮面もかっこよかったろ?」



 調子に乗った声をあげるジャスティス仮面にジャスティスレディは大きなため息をつく。



「そんなことよりも、ドラゴンの拘束がとけてしまいますよ、早く始末してしまわないと晩御飯を食べるのが遅くなってしまいます」

「ああ、わかっている。光剣エクスカリバーよ、全てを斬り裂け」



 ジャスティス仮面の手に持つ剣から光があふれだし、ドラゴンに向かってふるうと背後にお生い茂っている木々ごとドラゴンを真っ二つに切り裂く。



『グギャァァァァ……』


 

 生半可な魔法をはじく固い鱗に覆われているはずの胴体と、首が離れていき、血しぶきをあげながら断末魔をあげてドラゴンが息絶える。



「すごい……あれは光魔法の最上位『聖剣顕現』だ!! 教会のプリーストでも使える人はかぎられるんだろ?」

「しかも、あのドラゴンはSランクモンスターなのにたった一撃で……」



 リリスの護衛の騎士たちが騒ぎだすのも無理はない。ジャスティス仮面はそれだけ圧倒的な強さを持っていたのだ。



「ジャスティス仮面様、ありがとうございます!!」

「気にするな、美しい少女を守るのは男の役目さ。いくぞ、ジャスティスレディよ」

「マスター……今からでも名前を変えませんか?」



 まるで漫画のようなセリフを吐くと、ジャスティス仮面とジャスティレディの体が輝き、リリスや護衛の騎士たちは目をつぶる。

 そして、再びを目を開けたときにはそこには二人の姿はなかった。



「ジャスティス仮面様……」

「相変わらずすごい光魔法だったな……でも、なんであのお方はあんな格好を……」

「し!! そこは触れないのがお約束だろ!!」



 騎士たちが騒いでいる中リリスは彼が去った場所を熱い視線で見つめているのだった。




 皆がブラッディからの差し入れのサンドイッチをたべ、ドラゴンの素材を騎士たちが採取し、リリスがお目当ての花を採取すると、まるで見計らったようにブラッディとナツメが帰ってきた。



「なにやら騒がしかったが俺がいない間になにかあったのか?」

「はい、少々とトカゲがあばれておりました」



 不機嫌そうに眉をひそめているが、ブラッディはあわてて着替えていたのだろう、ズボンが少しめくれているのが見え、その下にはジャスティス仮面が身に着けていた白いズボンが目に入る。



「お義兄様は本当にお優しいですね……」

「ん? 何かいったか?」



 そんなちょっと抜けたところも可愛いと思う。思わずクスリと笑いそうになるとブラッディの背後に控えている彼の専属メイドであるナツメが、口に人差し指をおいて、「そこをつっこんではいけませんよ」と訴えてきた。



「実はお義兄様の誕生日が近いのでお花を摘んできたのです。ご心配してかけてしまい申し訳ございません」

「な、俺に花だと……」



 ブラッディの顔に一瞬笑みが浮かび、慌てたかのようにしかめっつらに戻る。そして、花を大事そうにハンカチで挟んでナツメに手渡すと再度顔をしかめて言った。



「まあ、用が済んだのならばさっさと去るぞ」

「はい、わかりました」

 


 ぶっきらぼうに言いながら、まるであたりを警戒するかのようにして周囲を見回している義兄の背中をリリスは熱のこもった目で見つめている。そして、彼が少し離れるとと護衛の騎士がぽつりとつぶやく。




「いやぁ……ブラッディ様の光魔法はすごかったですね。まさか、魔力に耐性のあるドラゴンの鱗すらあんなにあっさりと切り裂くなんて」

「もう、お義兄様ではなく、ジャスティス仮面様ですよ」


ヨン

 あっさりとジャスティス仮面の正体を明かす騎士にリリスは苦笑しながら答える。そう、ジャスティス仮面=領主のブラッディであるということは、この領地に住む人間たからしたら、公然の秘密であった。

 そもそも、親しい相手に少し顔が隠れる程度のパピヨンマスク程度で正体を隠すことは不可能に近いし、背丈や声などは一切変化が変わっていないのだ。ばれて当然である。

 何よりもリリスが愛しの義兄の姿を見間違えるはずがなかった。



「でも、あの格好は何なんですかね、リリス様」

「ナツメいわく……中二病というらしいです。とってもかっこよいですよね」



 汚れがきになるであろう白マントにパピヨンマスクという格好に思わず騎士が突っ込むが、ちょうど十四歳というお年頃のリリスにはかっこよく見えるらしく、気にした様子はない。むしろあこがれの目で見る目ているようだ。



「それよりも……ジャスティス仮面様の正体には触れないように領民には徹底してありますね?」

「もちろんです。ブラッディ様がなぜあのようなバレバレの格好で変装をしているかはわかりませんが、何らかの策略があると思われますからね。みなに徹底させております」

「うふふ、それはよかったです」



 騎士の言葉にリリスは満足そうにうなづくと再びブラッディの部屋の方をみつめる。



 お義兄様は花言葉の意味に気づいてくださったでしょうか?



 本来は魔物の少ない山でドラゴンに遭遇するというイレギュラーな出来事にあってしまったが、そもそも貴族が自分で山に登るというのはふつうあり得ない。それだけ、自分の手で伝えたい言葉があったのだ。

 その花言葉は「お慕い申しております」である。




★★



「うおおおおおおお、最推しのリリスたんから花をもらったぁぁぁぁぁ!! これは押し花にして永久保存だ!! 推しからもらった花で押し花!! まさに推し花だな!!」



自室に戻ったブラッディはハンカチにくるまれた花を大切そうに抱きしめながら、奇声をあげながら床を転げまわる。

 そんな彼をナツメは冷めた目で見つめため息をつく。



「そんなにリリスさまがお好きならば、あんなつれない態度をしないで、素直に溺愛されればいいじゃないですか? いまどきツンデレは流行りませんよ」

「何言ってるんだよ、義理の兄が激重感情を抱いているってわかったらリリスたんがこわがっちゃうだろ!! それにブラッディは本来、彼女を破滅フラグに導く存在だからか勝手に、毒舌になるんだよ。さっきだって普通にお礼を言おうとしたのにあんな言葉がでたんだぞ……」

「めんどくさいこじらせ感情と呪いですね……」



 何を言っているんだという顔で反論するブラッディにナツメはおおきくためいきをつく。



「それにしても魔法ってすごいよな。こんな仮面をかぶっただけで正体を隠せるなんてな」

「うふふ、そうですね。認識誤認魔法がかかっていると商人が言ったらしいですね……本当かはわかりませんが」



 最後は小声でナツメが意地の悪い笑みを浮かべて言ったが、背を向けて花を大切にしまっているブラッディはきづかず作業をつづける。



「それにしても今回はあぶなかったですね、まさかあんなところにドラゴンが現れるなんて……」

「ああ、リリスたんはその身に邪神の力を宿すラスボス令嬢だからな。俺が本来の破滅フラグから救ったが、ストーリーの修正力ってやつなのか、力を目覚めさせようと新しい破滅フラグが何度も襲ってくるんだよ」



 リリスが危機に襲われたことはこれが初めてではない。そして、そのたびにブラッディはジャスティス仮面を名乗り危機から救っているのだ。



「せっかく守っているのですから、正体を隠さなくてもいいとおもうのですが……ひょっとしたら毒舌もツンデレだと勘違いして恋仲になれるかもしれませんよ」

「わかってないなぁ。俺は別にリリスに感謝されたり、付き合ったりしたいわけじゃないんだよ。ただ、ゲームのどのルートでも悲惨な目にあってしまう彼女に幸せになってほしいんだ。そのために俺が『影の守護者』として、見守ることにしたんだよ」

「まったく……そんなことをしては報われませんよ」



 ナツメに対して誇らしげにブラッディは語る。そんな独自の信念を持って行動している彼を見守るナツメの視線はどこかやさしい。



「あなたは本当にお優しいですね……死ぬほど大変な思いだってしているっていうのに……まあ、そんな心やさしいあなただからこそ、私のことも救ってくださったのでしょうね」

「うん? 何か言ったか?」

「いえ何も……一歩間違えたらストーカーだなぁなんて思っていませんよ」

「うすうす気にしていること言わないでくれる!!」



 ブラッディとナツメがいつものように仲良く談笑? しているときだった。ノックの音が響いた。

 


「やっべ、人が来た。ナツメ!!」

「はいはい、仕方ないですね……」



 二人はアイコンタクトすると、彼は即座に花とジャスティス仮面の衣装をしまう。そして、ナツメは机の上を今まさに仕事していますよーとでもいうように散らかす。まるでエロ本を読んでいる最中に母親がノックしてきた高校生のような機敏さだった。

 そして、再度ノックが響くとしびれを切らしたのか勝手に扉をあけたのはソラというリリスのおつきのメイドだった。



「ブラッディ様、以前のおっしゃられたようにプロミネンス伯爵からリリス様にパーティーのお誘いが来ました」

「また破滅フラグが来やがったか……」



 ソラの言葉にブラッディは改めて気合をいれる。それも無理はないだろう、そのパーティーで起きる出来事がきっかけでリリスは冷酷無比なラスボス令嬢になるのである。そして、そのフラグをつぶすために彼は必死に努力をしていたのだから……



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