第3話 魔法の特訓をしよう

 ブラッディは中庭にてスパルタモードになった母と魔法の特訓をはじめていた。



「ブラッディちゃん、魔法を使うには体内に存在する魔力を練るの。目をつぶって胸の中にある魔力を練ってみるといいわ。最初は難しいかもしれないけどわかるかしら?」



 母の言葉に従い魔力を探すと胸のさらに奥に熱い何かを感じる。そして、それを渦状にしてかき混ぜてみる。すると体内で暖かい何かが広がっていき不思議な力がみなぎってくるのがわかった。

 


「こうでしょうか?」

「そうよ、そのままずっと集中なさい!! 一瞬でもぶれたら最初からやり直しだからね!!」



 母の言葉に従い一生懸命魔力を練る。彼の母は元は宮廷魔術師であるらしく、教え方も丁寧でわかりやすかった。まあ、その代わり無茶苦茶厳しいが……

 魔力が彼の中であふれ出しそうになるのを必死に制御する。



「そうよ、その調子!!」



 少しでも気を抜けば暴れそうな魔力をおさえるために必死に集中する。冷や汗が流れてきて、頭ばぼーっとしてくる。

 だけど、魔法が使えればリリスを守ることができると思えばブラッディにとっては苦痛では……



「あ、いたぁ!!」

「今、余計なことをかんがえたわね!! もう一度魔力を練る所からやり直し!!」



 杖で膝を叩かれ悲鳴をあげるブラッディだが、母は普段とは違い一切の甘さがなく指導する。そして、彼が頭痛に襲われながらも、あるていど魔力を制御できるようになってると「今日は終わり」という言葉で訓練は終了を告げられた。



「今日かんじたのが魔力の流れよ。『放出』で魔力を高めて、『制御』でコントロールを学ぶの。とりあえずは今回のように魔力を感じて高めることを心がけましょう。この調子なら、一年もしたら魔法を使えるんじゃないかしら? こんな幼いのに、魔力を理解するなんて、ブラッディちゃんはすごいわね、あなたは天才よ」



 先ほどまでの厳しさが嘘のように母はブラッディを抱きしめ頭を撫でてかわいがる。オンオフの激しすぎる母にどんな反応をしてよいかわからなくなるが、彼女の言う通り、体全体を倦怠感が襲う。

 お昼から始めた特訓だったが、いつの間にか夕暮れである。



「ですが、母上……私は一刻も早く魔法を使えるようになりたいのです」



 リリスを守る力が早くほしいブラッディは母に上目遣いでおねがいする。そして、いざとなればプライドを捨てて、駄々っ子モードになる覚悟すらあった。

 だが、母は決して首を縦にはふらなかった。



「だめよ。魔法は制御が難しいの。今みたいな訓練だけならばいいけれど、暴発して命を失うことだってあるのよ。だから、約束して……私がいないところでは絶対魔法を使おうとしないこと!! いいわね!!」

「……わかりました」



 いつになく真剣な母の顔にブラッディは頷くことしかできなかった。何かつらい思い出でもあるのかもしれない。だからこそ、訓練の時はあんなに厳しかったのだろう。



「ですが、今日のような訓練ならば問題はないのですよね?」



 魔力を使えば使うほど強くなると知っていたブラッディはまだやりたりないと訴えとが母は苦笑する。



「ええ、今みたいに魔力を感じるだけならば大丈夫よ。けど、魔力が切れると本当につらいから無理だと思うわ。試してみなさい」



 母の言葉通りもう一度やってみようとすると、すさまじい頭痛が襲ってきた。これがゲームで言うMP切れなのだろう。ゲームをしている時はちょっとくらい頑張ってMP足りなくても魔法を使ってくれよと思ったものだが、すさまじい疲労感にそれどころではない。



「うふふ、本当に頑張ったわね……えらいわよ。ブラッディちゃん」



 険しい顔をするブラッディを引き寄せ額にキスをすると、母は自室へと戻っていく。そして、足跡が遠ざかるのを確認するとブラッディは鈴をならす。



「ソラ、例の物をもってきてくれ!! 」

「はい、ぼっちゃん。えへへ、臨時収入だぁ。美味しいものをたべよっと」



 ソラがやってきて母にはばれないように魔力回復ポーションを持ってきた。さいわい甘やかされていたから、おこづかいはたくさんあるので、手間賃を与え事前に買わせていたのだ。



「母上には悪いがこれでまだ特訓できる。一応言質はとったけど、止められるかもしれないからな」



 さっそく魔力回復ポーションを飲むと泥のようなどろりとしたのど越しと、苦みが襲ってきて思わず吐き出したくなるが必死にこらえる。



「まずすぎる……ゲームのキャラはこんなのを飲んでいたのかよ……好感度下がりまくってもおかしくないだろ……」



 ぶつぶつと文句を言いながら、再度魔力を練る。すると先ほどよりもより力づよくよりスムーズに、魔力が全身を覆うのがわかった。

 そして、調子に乗って、さらに魔力を高めようとすると……すさまじい頭痛と、吐き気に疲労感が襲ってくる。また、魔力がつきたのだろう。



「ゲームの賢者様は初めてで初級魔法をつかえたって言っていたが、俺にはそこまでの才能はないみたいだな……まあ、仕方ない。ならば限界をこえるだけだ」



 ブラッディはモブキャラである。ゆえに実は優れた魔法の才能が……なんてことはなかったようだ。せいぜい中の上であり、魔法の得意なネームドキャラに比べればはるかにその能力は低かった。

 だが、彼らになくて、ブラッディにはしかないものがあった。



「ふふふ、この疲労が!! 苦労が!! リリスたんを救う糧になるのだ!!」



 そう、推しを思う心である。再び、ポーションを口にして、魔力を練る。それを体が動かなくなるまでブラッディは繰り返す。まずいポーションに、つらい魔力切れの症状が何度も彼をおそっているというのに浮かべている表情は苦痛ではなく笑顔であった。

 筋トレを繰り返せば繰り返すほど強くなるように、魔力も使えば使うほど、強くなる。ましてや、こんな無茶苦茶な特訓を繰り返していた彼は一か月ほどたつころには魔力の量と制御力はすさまじいことになっていた。

 



「闇よ、あれ!!」



 球体上に凝縮された闇の塊が、棒の様に伸びて、指定された木々を破壊する。試験とばかりに指定された初級魔法を使うと母が黄色い声をあげて拍手する。

 魔法を使うまで一年という話だったが、彼の制御力を見て母が前倒しにしたのである。



「すごいわ!! ブラッディちゃん!! その年で初級魔法を扱えるうえにそれだけの制御できるなんてすごいわ!! あなたは天才よ!!」



 母は嬉しそうにぎゅーーとブラッディをほめたたえながら抱きしめる。

 完全に親バカ……とは言えなかった。人間離れした鍛錬をしていた彼はそれだけの実力を手に入れていたのだ。



「では。これで、約束通り魔法の訓練所の使用許可と書庫の魔導書の閲覧を許可してもらえますか?」

「ええ、合格よ。それだけ使えるならば暴発の可能性はないでしょう。ただし、魔力で封をされている本には触れないこと、人に魔法を放たないこと、その二つは守りなさいね……」

「はい、もちろんです!!」



 笑顔を浮かべつつも、母が後ろにいるソラにも目くばせをしているのにブラッディは気づかないふりをする。彼女は監視なのだろう。

 だが、すでにソラはブラッディが買収済みということを母は知らない。そして、実はすでに書庫にこっそりと忍び込んでいた彼は母が集めた書庫にゲームでもあった禁呪や「無詠唱魔法」のスキル書などもあるのをしっていた。これらを堂々と読むことができるのでより強くなれるだろう。

 彼は推しであるリリスを守る力を得るためならば手段は選ばないのである。



「……ブラッディちゃん立派になって……守りたいものができたからかしらね……」



 これからのことを考えているブラッディには母のつぶやきは耳に入らなかった。そして、彼ががんばっていたのは魔法の特訓だけではない。



「やあ、リリス、今日も元気かな?」

「リリス様ー、またお茶をしに来ましたよ!! 今日はあなたの大好きなアップルティーです!!」

「はい。ブラッディ様、ソラさんいらっしゃい」



 いつものようにソラとリリスの部屋を訪れると、彼女は小さく微笑んで出迎えてくれる。まだ、兄とは呼んでくれないが、少しずつ少しずつだけれど、リリスが心を開いてくれているのがわかり感動のあまり胸を押さえて悶える。



「かぁ……リリスたん可愛すぎる……」

「あの、ブラッディ様……大丈夫ですか?」

「ああ、その人は放っておいて大丈夫ですよ、いつもの病気なんですから」



 動揺するリリスと比例するようにソラの反応は冷たい。そして、いつものように世間話を始める。



「そう言えば、今日はお客さんがいらっしゃるそうですねー、なんでもノヴァ伯爵とそのご子息であるプロミネンス様がいらっしゃるそうですよ」

「あ、だから今日は客室の方へは行くなと言われていたのですね……」



 ソラの言葉に納得したとばかりにリリスが頷く。彼女の扱いにもやもやとする気持ちもあるが、貴族としての教育を受けていないのも事実である。このままでは失礼なことをしてしまうかもしれないからな。



「それにしてもプロミネンスか……ここでリリスたんとかかわっていたのか……」



 知っている名前を耳にしてブラッディは思わず顔をしかめる。プロミネンスはこのゲームのメインキャラクターで、主人公とともに世界救う仲間の一人であり……リリスの元婚約者という立場の男なのだ。

 「邪神をその身に宿しているなんて知らなかった。だまされたんだ」というのが彼の話だが、細かいことは語られていない。どのみち会わないほうがいいだろう。



「まあ、リリスも知らない人と会うのは苦手だろ? 今日はあまり出歩かない方ががいいと思うぞ」

「はい、わかりました」



 リリスはブラッディの言葉に素直にうなづいてくれる。そして、いつものように雑談をして部屋を去る。ブラッディとしては念のためにずっといっしょにしてやりたかったが、それもリリスの負担になると思ったのである。



「まあ、客室とリリスの部屋は離れているよっぽどの偶然がない限りあうことはないだろう」



 そう呟いてブラッディは自室に戻る。この時彼は甘く見ていたのだ。ラスボスであるリリスの破滅フラグを……そして、シナリオの強制力を…… 

 しばらく魔導書を読んでいた時だった。



「きゃぁぁぁー!?」

「お前は一体何なんだ、うるさい女だな!!」



 何者かの怒鳴り声とリリスの悲鳴が聞こえてきたのだった。







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