ひとりだけなんて選べない
黒井咲夜
第1話
扉を開けると、恋人がオレの知り合いとセックスをしていた。
「よっ、おかえり。意外と早かったな」
普通に考えたら修羅場のはずなのに、恋人はあっけらかんと返事をした。尻に
頭が状況を理解するのを拒んでいるが理解せねばならんので、視線を恋人と現在進行形でセックスしてる男に向ける。
「……なにヤってんすか、先生」
「何も、何も聞かないでくれ……」
前略、恋人の浮気相手は、オレたちの学生時代の恩師でした。泣きてぇ。
***
「卒業してケッコー経ってるとはいえ、自分の教え子に手ェ出すとは……高校とか大学で倫理習わなかったんすか?」
オレの目の前ではタコ先――もとい、
「いや、その……違うんだ……おれから誘ったわけではなく、
そのイケメンが全裸で正座しながらモゴモゴ言い訳を呟いている。チンコもすっかりうなだれていて、ちょっと哀れに思えてくるぐらいには情けない様子だ。
「じゃあなんすか、真純から誘ったから浮気じゃないって言うんすか?」
言い訳の常套手段だな。よし、殴ろう。
「違う!その……知らなかったんだ。真純くんと
「そりゃそうだ。だって俺、
オレが明石先生に拳を振り上げたところで、今までだんまりを決め込んでいた真純がようやく口を開いた。
「アツキさん、って……」
その恋人が、オレじゃない男に抱かれて、あまつさえ下の名前を呼んで親しげにしている。これってアレだよな、うん。
「
「寝てから言えよ」
「寝ただろ!片手で数えられるぐらいだけど!!」
真純とオレが付き合い始めてからまだ半年くらいだが、それなりにヤることはやっている。体の相性はそう悪くはなかったはずだし、互いに満足できる営みだった……はずだ。多分。
交際を始める前はオカズとしてNTRモノを嗜んでいたオレだが、実際にやられる側に回るとかなりキツい。脳が破壊されるってこんな感覚なんだな……。
「よし、一回情報整理しよう。オレ、陣野政人は半年前から墨田真純と交際している。んで、肉体関係もある。間違いないな?」
「うん」
オレの問いかけに真純が頷く。まあ、これで間違ってるって言われたら困るけどな。
「次。明石先生から申し開きお願いします」
「あ、ああ……おれは以前から真純くんの母親と交際、というか事実婚状態にあったんだ。それで真純くんと定期的に会っていたんだが、半年前ぐらいに真純くんから肉体関係を要求されて、そこからなし崩しに……」
半年前!?じゃあ、真純はオレと恋人になってからすぐに二股かけてたってことかよ……ショックすぎる。
「一体どういうことなんだ真純くん……おれとは、遊びだったのか!?」
いや、絶対寝取った側のセリフじゃねえだろソレ。むしろこっちが言いたいぐらいだわ。
「いや、別に……遊びとか本気とかないですよ。強いて言えば、気分によってディルドを使い分ける?みたいな」
……今オレらディルド扱いされた?というか、半年間恋人だと思ってた男にディルド扱いされてたのかオレ?
「別に、陣野と熱基さんが俺に恋愛感情抱いてようが正直どうでもいいんですよ」
真純がゆっくりと立ち上がり、素っ裸のままキッチンに向かう。そういやオレと寝た後は、いつもコーヒーを淹れていたっけ。
「はっきり言って熱基さんに手出したのはお袋への嫌がらせだし、陣野と付き合ってるのだってゲイってことにしとけば結婚の話を周りから振られなくて楽だからってだけ……ああ、マジで金がない時は金払ってでも誰かとヤりたいって人探してセックスしてたな」
電気ケトルのスイッチを入れインスタントコーヒーの粉をカップに流し入れる。前にスプーンで粉を入れればいいだろってオレが言ったら、洗い物が増えるからこれでいいんだよって笑ってたっけ。
「俺はダメな人間です。何やっても駄目だから、誰かを愛したり愛されたりしていい人間じゃないんです。だからセックスはオナニーと一緒。相手が好きに腰振って気持ちよくなって、ついでに俺も気持ちよくなる。それで充分じゃないですか」
真純がへらりと笑いながら、そう言い放つ。開き直っているというよりは、そういうモンだと割り切っているような、諦めてるときの笑いかたをしている。
「……オマエの言い分は分かった。つまりは――」
「おれと陣野くん、どちらも本命ということでいいのか?」
どこまでも空気を読まねぇなこの残念イケメンは!まだオレが喋ってるでしょうが!
「タコ先!今!オレが!真純と喋ってんだけど!?」
思わず敬語とか忘れて頭を引っ叩いてしまったが、なおも明石先生はクソ真面目な顔で言葉を続ける。
「遊びでも本気でもなくとも、本命でないとは一言も言ってない。そしておれも陣野くんも、真純くんを愛している。ならば両方とも本命と言っても差し支えないだろう」
力強く拳を握りしめて力説している。バカか?……いや、恩師を疑うのは良くないな。バカだ。
「ていうか、アンタ事実婚してんじゃなかったのかよ!不倫だぞ不倫!」
「愛のない事実婚より愛のある不倫の方がまだマシだ!
だんだん語尾が萎んでいく。普段よっぽど真純のお袋さんに振り回されているんだろうな。
「まあタコ先の不倫宣言はともかくとして、だ……オレはさっきの話を聞いても、やっぱりオマエと一緒にいたい。恋人でいたいんだ」
電車に飛び込もうとしてたのを助けたとき――いや、高専で初めて出会ったときから、真純はずっと自分を愛していなかった。自分を愛せないヤツが誰かを愛するのはめちゃくちゃ難しいってのは、オレでもなんとなく分かる。
「オマエが誰も愛さなくても構わない。でもな、オレはこの先ずーっと、真純のコトを愛するからな!オマエがイヤって言っても、ジジイになっても、ずっとだ!」
「陣野……」
真純を思い切り抱きしめる。真純はオレより少し背が高いから、オレはちょっとだけ背伸びをした。
「……あのさ、2人とも。ちょっとだけ、俺から提案があるんだけど――」
***
「真純。コーヒー淹れたぜ」
「ん、ありがと」
土曜日の夜は次の日のことを気にしなくていいから、よくセックスをする(オレたちの会社はホワイト企業なので日曜日に出勤を求められることはそうそうない)。日曜日、休日の朝を恋人とゆっくり過ごせるのはめちゃくちゃハッピーな気分になれていい。
「今日はこっちにいる日だっけ?」
「んー……いや、夜には熱基さんのとこに行く」
真純からの提案は、端的に言ってしまえばこうだ。
週のうち3日は明石先生のとこ――つまりは真純のお袋さん家、3日はオレの家に来る。余った日曜日は、1週交代で交互にどちらかの家に行く。
最初は面食らったが、今はそんなに悪くないと思ってる。週の前半は明石先生のとこに行くといっても職場では毎日顔を合わせるから寂しくはないし、ずっと一緒にいた時よりケンカすることも減った気がする。そして何よりも、真純が楽しそうなのが一番!
「なあ、たまには3人でヤってみねえ?ついでにタコ先に夕飯奢ってもらってさ」
「いいな、それ……あ。でも、あっち壁薄いからやるなら熱基さんをこっちに呼んだ方いいかもな」
「だったらなんか買ってきて宅飲みにするか?オレ準備しとくから日中タコ先のとこ行ってこいよ」
「ありがと。じゃあ、シャワー浴びて行ってくる」
どうやら真純はオレと先生のうちどっちかを選ぶ気はないらしい。普通の人からしたら貞操観念終わってるヤベーヤツかもしれないが、そんな真純を好きになっちまったんだから仕方ない。
オレと真純が幸せならオールオッケー!
――終――
ひとりだけなんて選べない 黒井咲夜 @kuroisakuya
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