第8話:ウチの後輩は肉食系です

 服から解放された彼の素肌は、まるで雪のように白くすらりとして細い。


 健康的な柔肌は女性特有のそれであり、何よりも女性の象徴たる胸が確かにそこにはあった。


 幸い、下着によってしっかりと保護されているものの。藤平にとっては刺激的な姿も同じであった。



「どうです? ちゃんと女の子でしょ? それでも疑うんだったら下も脱ぎますけど」


「ばっ! 何やってるんだこの馬鹿! さっさと隠せ!」


「あれあれ~? 先輩っては随分と初心なんですねぇ。そんなに照れちゃって……ふふ、かわいいなぁ」


「からかうな! さっさと服を着ろって!」


「ふふふ……ねぇ、先輩。彼女さんと自分、どっちが魅力的ですか?」


「はぁ!?」


「自分の方が若いし、なんなら彼女さんよりもずっとかわいいと思いますけど」



 唐突極まりないマモルの問いかけに、藤平の表情はいつになく険しさを増す。

 大事な彼女が、後輩かどうかさえも怪しい奴にけなされた。

 これで黙っているようでは、恋人として名乗る資格などない。



「……お前如きが、俺の彼女のことをけなすな」



 だからこそ藤平は怒りを隠すことなく、マモルへとぶつける。


 そのマモルだが、常人ならば悲鳴をあげて素足で逃げよう藤平の形相を目前にして、へらへらとした態度を一向に崩そうとしない。そんな表情さえも、どこか恍惚とした顔で彼をジッと見つめてすらいた。



「ふふっ、怖いなぁ。でも、そんな顔さえもとても愛おしいですよ先輩」


「御託はもうたくさんだ。俺はお前に興味なんてないし、好きになられたって困る。俺にはもう関わらないでくれ。その方がお互いにとって身のためだ」


「それは無理な相談だって話ですよ、先輩」



 立ち去ろうとする藤平の行く手を、鋼鉄の扉が遮る。

 誰かがいるわけでもなく、まるで目に見えない力によって扉が勝手にしまった。

 この異常と言うべき状況に藤平は、バッとマモルと対峙した。

 彼……否、彼女は相変わらず、恍惚とした表情で藤平を見つめている。



「あぁ……先輩。先輩! どれだけこの時がくるのを待ち焦がれたことか! 自分が先輩の傍にいない間、他の女が先輩の周りをうろついているかと思うとこの身はいつも引き裂かれそうだった!」


「……ッ」


「――、でも。それも今日でもう終わる」



 マモルが一歩、前へと踏み出した。

 相手はたかが美少女一人である。


 ビジランテとしてこれまでに数多くの犯罪者と相対した時のことを顧みれば、彼女を制圧するのは造作でもない。


 しかし、得体のしれない何かが藤平に制止をかけた。

 あれは、迂闊に飛び込んでいい相手ではない。


 確固たる証拠など藤平にはなく、されど激しく警鐘を鳴らす本能を彼は信じ従った。



「ほら、先輩。遠慮せずにこっちにきてくださいよぉ」


「……そこで俺が、わかったってホイホイついていくと思ったか?」



 じりじりと後退する藤平だったが、もし恋人がいなかったら言っていたかもしれない――そんなことを、ふと思う。


 マモルは悔しいが、とてもかわいらしい。


 それが少女であるとわかったことで、かわいさがより一層強く感じるようになった。


 例え自分でなくとも、異性であれば彼女の魔性に惹かれていただろう。

 だが、藤平は自らの本能に逆らうことなく従った。


 じりじりとにじり寄るマモルに、藤平は静観に徹する。


 彼女が敵であると明白化されていたならば、その時の彼に遠慮の二文字は一切ない。


 例え相手が誰であろうと、敵ならば容赦なく叩くのみ。

 そうやって藤平は今日という日までずっと、あり続けてきた。

 そしてこれからもきっと、このあり方が変わることはなかろう。


 拳を一向に解こうとしない藤平に、マモルの表情もだんだんと変化が生じてきた。


 彼女からすれば、想い人が自身にまるでなびこうとしない。それがとてつもなく気に入らない。


 何故、どうして、と……今にもそう発しそうな視線と、犬歯を剥きだしにしてじろりと睨むマモルに、藤平がふっと不敵な笑みを浮かべた。


 ようやく本性を現したようだ。

 一見すると単なる美少女だが、中身はやっぱりとてつもなくドス黒い。

 他の男性ならば、その魔性で騙せていようが生憎と自分のその手は通用しない。

 彼女のためにも、これからの人生のためにも、ここでしっかりと検挙する。

 とりあえず罪状は、正当防衛で問題ないだろう。多分。

 藤平は不敵な笑みのまま、マモルの動向を凝視し続ける。

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