第7話:Q.後輩(♂)から告白された時の対処法を述べよ

 指定された場所にて、藤平は訝し気な顔を浮かべた。

 そこは都心より離れた郊外にある廃墟だった。


 もう何年と人の手が施されていないボロボロの外観は、今にも崩壊しそうな雰囲気をひしひしとかもし出す。


 明らかにここには何かが出る、とそう言われてもなんら違和感はない。


 藤平は、何故かような場所をあれは選んだのか。はて、とその小首をひねった。



「とりあえず、来たって言うのにアイツはどこにいるんだ?」



 きょろきょろと藤平は周囲を見やるが、当人の姿はどこにもなかった。


 広々とした空間に流れる静寂は、場所が場所だけあってどこか不気味である。


 時間だけがどんどん過ぎ去っていき、いよいよ藤平の胸中に帰宅の選択肢が浮上した、正にその時である。



「あ、来てくれたんですね先輩」


「……お前なぁ。人を呼び出しておいて遅刻というのはどうなんだよ。社会人として失格だぞ」



 飄々とやってきた当人の顔に、まるで悪びれた様子がない。


 へらへらとする彼に怪訝な眼差しを送る藤平は、小さく溜息を吐いた。



「まぁまぁ、自分と先輩の仲じゃないですか。ちっちゃなことを気にしてたら生きてけませんよ?」


「言ってろ。生憎と俺の記憶なかにお前とそれほどの仲だった過去はないんだよ」


「ひどいなぁ先輩は。というか、先輩こそ面と向かっていうのはどうかと思いますけど」


「俺はいいんだよ。だって、先輩だからな」


「横暴だ……」



 今でこそ、彼……マモルとこうして会話を交える藤平だった、未だに彼について疑惑の念が晴れない。


 果たしてマモルという人物は、本当に自分の後輩に当たるのか。

 ここへと至る道中でも、藤平はそのことについてずっと思考を巡らせていた。

 だが、何度記憶を巡らせても該当する情報が出てこない。


 とりあえず先輩後輩という関係を演じている藤平だったが――そろそろ白黒はっきりさせるべきだ。

 藤平はそう判断した。



「――、それで? お前はいったい俺に何の用なんだ?」


「あ~早速そこ言っちゃいます? もっとこう、懐かしみながら時間を共有とかしませんか?」


「悪いな。俺はこう見えても結構多忙なんだよ。今だって時間が一秒でも惜しいぐらいなんだ」


「――、はぁ……わかりましたよ。それじゃあ先輩のリクエストにお答えして、早速本題に入らせてもらいますね」



 窓から差し込む夕日によって照らされたマモルの横顔は、とても真剣なものだった。


 さっきまでヘラヘラとしていた同一人物とは思えぬ雰囲気を、当然ながら藤平も瞬時に察する。


 じくり、とうなじの辺りが疼いた。

 猛烈に嫌な予感がする。藤平はそんなことを、ふと思う。

 これは言うなれば、虫の知らせというやつだ。

 悪いことが起こる直前、あるいは前日には必ずこのようにうなじの辺りがじくりと疼く。

 最初こそ、気のせいだと思っていた彼もそう何度も続けば信じざるを得ない。

 自分には、危機を回避する特殊な能力がある。

 従って今回も、なにか自身の身に危険が降りかかるやもしれぬ。


 油断は、できない。藤平が静かに身構える一方で、マモルはというとドラム缶の上にひょいと腰を下ろした。


 そして、まっすぐと藤平の瞳を見据えながら口火を切る彼の頬は、心なしかほんのりと赤い。



「……まず先輩に聞きたいんですけど。先輩って今、誰かと交際したりしてますか?」


「あぁ? なんでお前にそんなことを――」


「いいから――こ た え て く だ さ い よ」


「ッ……!」


「……あぁ、失礼。本当は知ってるんですけど、でも信じられなかったから先輩の口から直接聞きたかったんです。そして、できることなら否定してほしかった。自分の聞き間違いだったって、そうであってほしかった」


「……お前、いったいなんなんだ?」



 藤平に問い掛けに、小さく笑うマモル。


 それはどこか自嘲気味で、しかし頬がさっきよりも一層紅潮したのを藤平は見逃さない。


 まさか、そんなことはないだろうな。藤平の胸中で、ある仮説が浮上した。


 マモルはひょっとすると、自分に好意を抱いているかもしれない。


 傍から聞けば自意識過剰にも程があろうに、と揶揄されたとしてもそれは致し方ない。


 また、男同士による恋愛に肝心の藤平は微塵も興味のない男である。


 むしろ嫌悪感さえも抱いているといっても、過言ではなかった。



「自分ですか? 自分は、先輩を心の奥底から慕うかわいい後輩ですよ」


「……そんな後輩がいたなんて俺は記憶にまったくないけどな。御託はいい、いい加減目的を話せ。わざわざ人気のないこんな場所を選ぶ必要があったぐらいなんだから手短に、な」



 藤平は、これが単純な思い出話でないことは最初から予見していた。

 思い出話がしたいのならば、別段喫茶店だって構わなかったはずだ。

 それをあえてしなかったのは、他人の目があっては困るから。

 よほどの内容なのか、もしくは――人目に晒されては都合が悪いことをするのか。

 いずれにせよ、平和的解決は望めそうにもない。

 うなじの疼きも一際じくりと強くなる一方に、藤平の顔はとても険しい。

 後輩としてではなく、犯罪者を目にするかのような鋭く冷たい眼光は、それこそ猛禽類を彷彿とする。

 しばしの静寂が流れた。

 そしてそれを最初に切ったのは、マモルである。

 クスクスの心底愉快そうに笑う光景に、藤平は無言を貫く。

 ただし、硬く握った拳はそのままにマモルを徹底して凝視した。

 何が起きようとも、決してこの瞼は閉じない。そう、自らに固く誓って――。



「そう警戒しないでくださいよ。自分は本当に、先輩のことを心から慕ってますから」


「……目的は?」


「……はぁ。やっぱり、もっとムードのある場所にしておけばよかったかなぁ。先輩って昔からこういう人気のない場所とか、廃墟とか好きそうなイメージがあったから選んだんだけど」


「それは、お前の勝手な偏見ってやつだ。俺はもっときちんとしたデートスポットとかの方が嬉しいぞ」


「なるほど。それじゃあ次回のための参考させてもらいますね――さてと、それじゃあいい加減本題に入りましょうか。これ以上焦らして先輩に嫌われちゃったら悲しいですし」


「この時点ですでにお前のこと、嫌いでないにせよ不気味な奴だって思ってるけどな」


「うわっ! すっごいショックなんですけど……!」



 藤平がそう言うと、マモルががくりと項垂れた。

 そのあまりにも過剰にしてわざとらしい反応を目前に、藤平は眉一つ動かさない。



「――、まぁいいです。それじゃあ、先輩……自分は先輩のことが好きです」



 やっぱりそっち系だったのか。藤平の胸中がひどくざわついた。


 恐れていた事態が現実のものと化してしまったのだから、彼が狼狽するのは無理もない話である。


 同性から好意をぶつけられた。

 人生において、果たしてこの確立に遭遇するのはどれぐらいなものだろうか。

 少なくとも、藤平はそれが天文学的な確率であると信じで疑わない。

 わかりやすく言えば宝くじが当たるようなものである、と。


 だとすれば、その宝くじに当たったというのに藤平の顔色が優れないのはちっとも嬉しくないからに他ならない。


 何が嬉しくて、男にこうも好かれなければいけないのか。

 どうせだったら、かわいい女の子の方が断然いいに決まっている。


 とはいえ、とっくに彼女持ちである以上は彼からの誘いを受けるつもりも毛頭ないけれど。


 藤平は深い溜息の後に、マモルに静かに口火を切った。

 普段と変わらぬ口調でこそあるが、彼が発する言霊には確固たる強い意志が宿っている。



「……悪いけど、俺にそっちの気はないぞ?」


「そっちの気っていうのは、なんのことですか?」


「おい……」



 あからさまにわざとらしく尋ねるその態度に、藤平も苛立ちを憶えてしまう。

 ふざけているのか。次に発した藤平の言霊は刃物のように鋭利だ。



「何が嬉しくて男に好かれないといけないんだって言ってるんだよ俺は。お前が本当に俺の後輩かどうかなんて、もうどっちだっていい。だけどな、俺はお前の気持ちに答えるつもりは更々ないし、第一俺にはもうとびっきりかわいくて最高の彼女がおいるんだよ。だから――」


「――、自分が女の子でも……脈はありませんか?」


「……なんだと?」



 マモルが発したそのたった一言に、藤平はひどく狼狽した。


 目前にいる美少年が実は少女だった、というのだから彼の反応は至極当然である。

 だが、彼を見やる藤平の視線は終始訝し気なものだった。

 本当に女の子なのか。そう疑いの眼差しに対して、当の本人はクスクスと笑うのみ。

 ついさっきまでの相違点は、彼の笑みがひどく妖艶なものであるということ。

 年下なのにも関わらず、大人顔負けの笑みはとても艶めかしい。



「あ、今先輩自分のこと疑ってますよね? こいつはいったい何言ってるんだって……」


「…………」


「人気のない場所を選んだのは、こういうことですよ」



 次の瞬間、マモルは上着を一枚脱ぎ捨てた。

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