第5話:幼馴染がなんか怖いです……
翌朝、相変わらず快晴の中を藤平はすぐに【夢幻の遊技場】へと足を運んだ。
写真で目にしたとおり、入り口には休業の張り紙がしかと貼られている。
休業しているのだから施錠ももちろんされており、中へ入ることはできない。
あくまでも、正規ルートだったならば、の話であるが。
藤平が移動したそこは、いわゆる従業員専用出入り口である。
一般人である彼がまず利用してよい場所ではないし、最悪の場合住居不法侵入として捕まる可能性だって十分にあろう。
そこは幼馴染という特権で、藤平は我が物顔で中へと入った。
トモエの性格を考慮すれば、この程度で警察沙汰にするような男ではない。
そう信じての行動であった。
「お~いトモエ。いないのかぁ?」
活気のない店内は、以前となんら変わらない様子である。
だが、人気が皆無なのはもちろんのこと証明も点いていない。
それが逆に、得体の知れない不気味さを演出している。
アンティーク人形がひどく不気味だ。
店内の奥へと進む藤平は、やがてその足をぴたりと止めた。
まっすぐと伸びた長い廊下の奥から、物音がした。
それはドリルの駆動音であり、板を削るような音でもある。
そこに微かに混ざるトモエの声に、藤平はひとまず安堵の息をホッと吐いた。
とりあえず、生きてはいるらしい。
となれば、後は何故休業を突然したのか。
それ相応の理由があるから、彼も休業することを選択したのは言うまでもない。
幼馴染とはいえ、根掘り葉掘り尋ねるのもそれはいささか失礼というものだ。
「お~い、トモエ。こんな朝早くから作業なんて熱心なやつだ……な……」
トモエの工房へは、藤平も過去なんどか目にしたことがあった。
工房というだけあって、そこにはたくさんの素材から道具でずらりと飾られている。
そちらの知識が皆無である彼には、それがどの用途で用いられるか皆目見当もつかない。
とりあえず、それだけの道具を扱うトモエは凄腕の人形師だ――浅はかながらも、この程度の認識は藤平にもあった。
その工房だが、例えるならばさながらスプラッター映画のようであった。
トモエは物をとても大切にする。
ギリギリまで使うし、捨てる時など必ず感謝の言葉を述べるほど。
それだけ物に対する優しい気持ちがありながら、現状はどうだろう。
人形造りのために必要なパーツが、あちこちに無造作に転がっている。
そして部屋の片隅には、恐らく失敗作だろう――トモエが失敗する、というのもとても珍しい。
もはや使いものになりそうにない人形が山積みとなった光景は、それだけでなかなかのインパクトがあった。
「お、おいトモエ……?」
おずおずと尋ねる藤平だったが、トモエがそれに答える素振りは微塵もない。
彼の視線は常に作業台に固定され、一心不乱に人形造りに勤しんでいる。
とても集中しているのがよくわかる。ただし、血走った眼で人形をぎろりと鋭く睨み、ぶつぶつと呪詛のように呟く姿は完全にホラー映画の登場人物そのものだった。
辺りに飛び散った赤い液体は、きっとインクか何かだろう。
「――、ん? あぁ藤平。来てたんだね。いつからそこに?」
「お、おぉ。ついさっきだけどな……って、お前それよりも休業したんだって? いったいどうしたんだよ」
後、その顔は怖いからやめておいた方がいい。
こう言及するつもりだったが、藤平はあえて胸の内にそっとしまった。
血走った眼のまま、力なく笑う姿は恐怖でしかない。
もしファンが今のトモエを視れば間違いなく、卒倒してもなんら不思議ではない。
とにもかくにも、いつものトモエでないことだけは確かであった。
例え自分でなくとも、この豹変っぷりは誰でも気付く。
「どうして休業したかって? それはもちろん、今渾身の愛娘を作ろうとしてるんだよ」
愛娘……人形界隈では、このように呼称する場合はとても多い。
昨今の人形は劇的な進化を遂げた。
その出来栄えは、これが本当に人形であるのか。そう疑ってしまうほど極めて精巧である。
また着せ替えはもちろん、化粧なども施したりともはや元来の人形遊びとはまるで次元が違う。
そうした人形は、物ではなく人として扱われる。それ故に愛娘なのだ。
トモエが手掛ける愛娘も、一様に出来栄えがよいと高評価だった。
SNSで取り上げられて以降もずっと、彼の愛娘見たさに訪れる来客者も多い。
世間が認める腕前を持つトモエが、何やらすごい人形……もとい愛娘を制作しようとしているらしい。
だが、果たしてそれは無期限の休業をしてまでせねばならないことなのか。
人形作りならば、空白の時間でいくらでもできるだろうに。
藤平はどうしても、そのことが不思議で仕方がなかった。
「ふふふ、今回のはすごいよ? だって、ボクが
「そ、そうか……ま、まぁお前が生きてるのも確認できたし、俺はそろそろ行くわ」
「彼女さんのところへかい?」
「え……?」
「いや、なんでもないよ。ふふふ……もう少ししたら完成するから、その時はいの一番に君に見せにいくとするよ。だから、その時を楽しみに待っててね?」
「あ、あぁ……」
ぎこちない返事を残して、藤平は【夢幻の遊技場】を後にする。
外に出て早々に、彼はその口から溜息を盛大にもらした。
「なんだったんだ……あいつ」
いつものトモエではない。
雰囲気から言動からすべてにおいて、自分が知る彼の姿はどこにもなかった。
あれは、まるで何かに取り憑かれているかのよう。
幽霊の類を信じているわけではないし、むしろまったく信じていない方だ。
だが、あぁも豹変した姿を目にすればついそう思ってもしまう。
本当に、何もなかったのだろうか。
やはりもう一度、きちんと確認するべきではないだろうか。
藤平は、ちらりと【夢幻の遊技場】を見やった。
「……よしっ、やっぱりやめよう。なんかアイツ怖かったし」
触らぬ神に祟りなし――藤平はそそくさと退散することを選んだ。
迷路のような路地裏をどうにか出て、藤平は何気なく町中を徘徊する。
特に今日もこれと言った予定がなく、ぶらぶらと歩く彼が家電量販店の前を通った時であった。
「なぁなぁ、フィオーナ様が引退したってマジなのか?」
「お前知らないのか? 本当に突然すぎたから俺だってまだ頭が追い付いてないんだよ……」
男子高校生二人の会話は、フィオーナの引退について語るものだった。
片や、あの配信にいなかったのだろう。引退という言葉を耳にした途端の落胆っぷりは、悲惨の一言に尽きる。
対する長身の彼も、やはりショックは否めなかったらしく。小さな溜息をそっともらす。
「マジかよ……でも、本当にどうしてこんなことに?」
「さぁ、そればっかりはなんとも。でも、噂じゃあ好きな男がいたけど、フラれたって話らしいぜ?」
「そうなの!? というかそれ、初耳なんだけど……」
「そうか。お前、まだ新参だったからな。これは古参の人間なら誰でも知ってるけど、前々から好きな人がいるみたいなニュアンスのことを言ってたぞ」
「そうだったんだ……じゃあ、その好きな男がフッたからフィオーナ様は辞めちゃったのか?」
「さぁな。いずれにしても噂だし――でも、もしそうだったとしたら。俺はそのフッた奴をボコボコにするけどな」
「……フィオーネ様をフッた奴か。まぁ現実にいたとして、フッたとしたらそいつはかなり馬鹿だな」
リアルと仮想は決して同じではない。
それは誰しもが重々理解し、避けようのない現実である。
故に仮想の姿に恋をして、リアルをいざ前にした途端あまりの違いにショックすることも決して少なくはない。
それでも、フィオーネはいい女である。藤平にはそう断言できる自信があった。
むろんそこに根拠などは一切なく、彼の勝手な思い込みにすぎないが。
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