第3話:なんだか幼馴染の様子がおかしい……なんでや

 青かった空もいつしか色鮮やかな茜色へと移り変わる。


 遠くではカラスの鳴き声が聞こえ、山の向こうへ沈む赤々とした夕陽はひどく美しい。


 近隣から立ち込める匂いは、たちまち藤平の食欲を促した。


 どの家庭も、もうすぐ夕食時であるらしい。


 まっすぐと帰路に着く途中で、藤平ははたと立ち止まった。



「……そういえば、まだ一人だけきちんと伝えていない奴がいたな」



 にしゃりと笑う藤平は踵を返して、違うルートを通る。


 人気の多い大通りから外れたその路地裏は、人気が皆無でしんとした空気はどこか不気味である。


 時間帯も相まって薄暗く、よっぽどの愚か者でもなければまず通ろうとすらしないだろう。


 そう言う意味では、藤平の足取りは極めて軽やかでまたとても力強い。


 踏み出す一歩に迷いはなく、迷路のように入り組んだ路地裏をどんどん進んでいく。


 程なくして、藤平は開けた場所へと出た。


 そここそ、彼が目的地としていた場所であった。



「――、相変わらず。こんな人気のない場所に店なんか作って、儲かるのかねぇ」



 アンティークショップ【夢幻の遊技場】は、隠れ名店としてSNSでも話題となったことがあった。


 路地裏にあることはもちろんだが、一番の理由はその店主がとてもかっこいいからに他ならない。


 よって、わざわざ遠路はるばるやってくる女性客も多く、一時には大通りよりも活気あふれるという事態にまで発展した。


 現在では、あえて営業日を記載せず完全なランダムで営業することで事態を回避したらしい。


 その店主も、藤平の幼馴染という枠組みからもれない。



「――、さてと……あいつはいるかね」



 もそりと呟いて、藤平は中へと足を踏み入れる。

 アンティークショップというだけあって、内観はとてもおしゃれの一言に尽きた。

 外観も西洋の城をイメージし、藤平も最初こそ喫茶店かなにかだと勘違いしてしまった。

 きちんと整理整頓がなされた店内を包む静謐さは、無音であるのに不快感がまるでない。

 むしろ逆に、心地良さすらも憶えさせる。


 さて、肝心の店主はどこにいるのだろうか。藤平は周囲を見回した。

 大方、あの王子のことだからきっと工房の方でせこせこと作業しているに違いあるまい。

 いったい何がそんなにも楽しいのかが、さっぱりわからない。

 とは言え、人の趣味についてとやかく言うつもりは毛頭ないのだけれども……。

 しばらく待ってはみたものの、件の店主が出てくる気配がまるでない。



「……仕方がない、今日は出直すとするかな」


「おや? 今日は君がくるなんて珍しいね。とうとう恋人ができないことに悲観して現実逃避しにきたのかな?」



 店の奥からスッと現れたその店主は、一言にいってとても幼かった。


 外見だけでいえば、彼は齢10代前半の大変初々しい少年にしか見えない。


 濡羽色ぬればいろのショートヘアにあどけなさが残る顔立ちは少女のように大変かわいらしい。


 とは言え、これでも店を構えられるだけの年齢は言っている。

 

 スーツ姿がよく似合う彼に、藤平が送る視線は心底嫌そうなものだった。



「……出たなこの性悪王子」


「性悪とは失礼じゃないかい? ボクはこれでも歴とした店長だよ? お客様を騙したことなんて一度もないよ」


「お客様には、な。俺に対してはよく騙していたくせに、忘れたとは言わせないぞ?」


「あれは君が純粋すぎるからだよ。普通、何回も嘘を吐かれたら警戒するところだよ?」



 あたかもこちらが悪い、とそう言いたげな彼――小鳥遊トモエに藤平は苛立ちを募らせた。

 トモエはとんでもなく嘘吐きである。

 幸い、不謹慎な嘘を吐いたことは一度としてないがけれども息をするようにさらりと嘘を吐く。

 恐ろしいのは、その嘘があたかも真実であるかのように語ることにある。

 だから何度も騙されたにも関わらず、ついつい信じてしまう。

 ここがトモエという男の末恐ろしいところであった。

 敵に回せばこれほど厄介な敵も、まぁ早々におるまい。藤平はすこぶる本気でそう思った。



「――、ところで。今日は本当にどうしたの? 君がここに尋ねてくるなんて珍しいじゃないか。最近来てくれないから、いい加減こっちから会いに行こうかなって思ってたぐらいなのに」


「来たとしても、お前は面会謝絶だ」


「つれないなぁ。ボクと君は幼馴染だよ? 昔はいっぱい遊んだじゃないか」


「あぁ、お前に遊ばれた……と言った方が正しいけどな! まぁいい、今日はお前に言いたいことがあってきたんだよ!」


「へぇ、君がこのボクに? まぁ、そろそろそう言う話をしにくるんじゃないかなぁって思ってたんだ」


「……どういう意味だ?」


「だって、ボクは君の幼馴染だよ? だいたいのことは想像がつくよ」



 トモエのこの発言に藤平は、へぇ、と関心を示した。

 幼馴染という関係でこそあれど、そこまで自分をよく知る人間は彼がはじめてかもしれない。

 アスカも、タツミでさえも、そこまで読むことはできなかった。

 トモエは特に三人の中でも比較的頭がいい。

 予測されたとしても、不思議なことにすんなりと受け入れられる。

 さすがだと改めて認めざるを得ない。

 得ないが、やはり気に食わないことになんら変わりはなかった。



「――、それじゃあ。俺がなにを言おうとしていたかお前にはわかるか?」



 藤平のこの挑発的な問い掛けに、トモエがふっと笑った。

 自信に満ちた表情だった。

 自身が出した答えに彼は、微塵の疑いも抱いていない。

 不敵な笑みを目前に、藤平は内心で舌打ちを一つこぼした。



「そんなの、簡単だよ――あ、ちょっと待っててくれるかな?」



 そう言うや否や、トモエはぱたぱたと店の奥に引っ込んでしまう。

 彼が戻ってきたのは数分後のことで、その手にはさっきまでなかったはずの人形が大事そうに抱かれている。



「――、お待たせ藤平。というわけだから、はいコレ」



 藤平はそれを、心なしかトモエに似ているような気がして仕方がなかった。

 もちろん気のせいだろう。そう思う傍らでしかし、やはりどこか似ている。

 とりあえず、この人形がなんなのか。藤平はトモエへと尋ねた。



「――、おいトモエ。この人形はいったいなんなんだ?」


「これはボクが作った人形だよ」


「そんなもの見りゃわかるわ」



 トモエはアンティークショップを営む傍ら、人形師としての顔をも持つ。


 腕前については、全国大会で何度も優勝するほどの腕前だ。


 彼が手掛けた人形は等しく、まるで本当に生きているかのようだ、と評価される。


 これについてはさしもの藤平も、トモエの実力を素直に認めざるを得なかった。


 人形は所詮は、物言わぬ無機物でしかない。

 その当たり前の常識を覆したのが彼――トモエの手掛けた人形達だった。

 何故、女の子の人形のみしか作らないのかはさておき。

 とにもかくにも、たった今手中にある人形も例外にもれることなく極めて美しい出来栄えだった。

 見事だが、明らかに自分自身をモデルにしたとしか思えない。

 いささか自意識過剰のような気もするが、しかし人形は相変わらずとても美しい。



「――、それでトモエ。本当にどうしてこの人形を持ってきたんだ?」



 藤平がこう尋ねると、今度はトモエが目を丸くした。

 何を言っているのだろう。彼の視線はそう問いたそうにしている。



「え? てっきり恋人ができないから、せめて恋人気分を味わいたくてボクの人形を求めてきたんじゃないのかい?」


「そんなわけがあるか!? どんな脳みそしてるんだお前は……」


「それじゃあ、それ以外でどんな用事がボクにあるんだい?」


「聞いて腰抜かすなよ?」



 藤平はにしゃり、と不敵に笑った。



「なんと! ついにこの俺にもその彼女ができたんだよ! どーだざまあみろってんだ!」


「……ふ~ん」


「……なんだよ。随分とあっさりとしてるな」



 これまでの二人が大いに取り乱していただけあって、トモエの反応は淡白なものだった。


 興味がない、そう口にするかのような挙措に藤平は物足りなさを憶えた。


 とはいえ、彼の中では長らく続いたいじりにようやく終止符が打てた。


 そのことで頭がいっぱいである藤平は、内心でほくそ笑んだ。



「藤平、いくら彼女ができないからって嘘を吐くのはどうかと思うよ?」


「ところが残念。これ、現実なのよね。疑うんだったら写真見るか?」


「いいよ別に。それじゃあボクはそろそろ仕事に戻るから。冷やかしのお客様はさっさとぁ柄ってくれていいよ」


「あ、あぁ……」



 終始、いつもとなんら変わらぬ様子で去っていくトモエの後姿を、藤平は黙って見送った。


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