第2話:生意気な幼馴染に報告しちゃいまーすw
大鳥家の道場は、都心より離れた郊外に位置しながらいつも人気が多い。
特に中でも女性が大半以上を占めるといっても過言ではないだろう。
そして彼女達は門下生ではない。あくまでも野次馬で、その目的はたった一人の若者だった。
その若者が何かをすれば、たったそれだけできゃあきゃあと黄色い声があがる。
道場に通う門下生からすれば、はた迷惑なことこの上ない。
練習の邪魔になるのはもちろん、彼らも等しく男だ。
過剰すぎるぐらいモテている事態に醜く嫉妬してしまうのも頷ける。
かと言って、果敢に挑んでもその結果が実のならないのが現実の非情さというもの。
たった今も、目の前で門下生の一人が派手に吹き飛んだ。
「――ふぅ……」
一息吐く姿さえも凛々しい。そう口にする者は決して少なくはない。
凛々しい顔立ちに惚れた女は数知れず、が玉砕した数も然り。
ショートヘアに宿る銀の輝きは、さながら氷のように冷たくもどこか神々しい月の如し。
|大鳥タツミ――170cmと小柄な体躯ではあるが、そこから生まれる圧倒的パワーでこれまでにも数多くのライバルを倒してきた、現空手界世界チャンピオンだ。
特に彼の正拳突きは鉄筋コンクリートすらも容易に打ち砕く。
これについてはあくまでも噂であって、真相は定かではない。
だが、きっとこの男ならばやるだろう。藤平にはそんな確信にも似た自信があった。
「――、ん? なんだ、きていたのか藤平」
「今しがた、な。相変わらずファンが多いことで」
「別に、オレが望んでそうなったわけじゃないんだがな。それよりも、道場に来たんだから貴様もあがっていけ。どうせ暇をしているのだろうから、手合わせに付き合ってもらおうか」
龍美がこう誘っただけで、藤平にはたちまち女性陣からの罵声が飛び交った。
自分達の王子がどうしてあんなどこぞの馬の骨ともわからない輩に――などと、彼女らの言い分は被害妄想も甚だしい。
こちらから願い下げだ。藤平は内心でそうもそりと吐いた。
タツミと藤平……両者の関係性は、アスカと同じく幼馴染である。
幼馴染と一言でいっても、その関係は決して良好であったとはお世辞にも言い難い。
幼少期の頃から、タツミは軟弱者、といつも藤平を嘲笑していた。
この頃の彼はとにもかくにも弱く、満足に喧嘩も勝てないようなひ弱な少年だった。
同じ武を志す者として、タツミはそんな藤平が心底気に入らなかったらしい。
顔を合わせればすぐに手合わせを強制され、そして結果何もできずにボコボコに打ちのめされる。
これが悪夢と言わずして、果たしてなんと形容すればよいのか。
そうした経緯があったから、藤平はタツミの存在がひどく苦手だった。
当然ながら、暴君に等しき幼馴染からの強制にはさしもの藤平も反論したことがあった。
痛いことを無理やりやらされて、いったいなんの意味があるのか。
自分はやりたくないし、今後ともやるつもりは毛頭ない。
そう、何度も告げているにも関わらずタツミは我をひたすら貫き通す。
これが厄介であることこの上なく、結果毎日のように藤平はボコボコにされた。
もっとも、それは過去の話にすぎない。
現在は、きっとタツミなんかよりもずっと強くなっている。
そう自覚と自信に満ちた藤平だからこそ――
「断る」
当人を前にしてはっきりと断った。
その口調に迷いは一片もなく、真っすぐとした言霊はまるで大和刀のよう。
肝心のタツミはというと、腰に手を当てて深い溜息を吐いた。
かぶりを振る挙措は、やれやれとそう言いたそうですらある。
「――、どうして貴様はいつもそう軟弱な返答しかできないんだ? 男ならば少しぐらい気概を見せたらどうなんだ?」
「お生憎様だな。俺は怪力ゴリラと真正面から喧嘩をするほど暇じゃないんだよ。だいたい、俺とお前とじゃそもそも武のジャンルがまったく違うだろうが。慣れていないお前の土俵でこっちは戦うしかないっていうのに、それで勝って喜ぶとか案外肝っ玉が小さいんだな」
「タツミ様になんてこと言うの!?」
「あ、謝れ藤平!」
「タツミさんに謝れ!」
「……なんだよ、この無駄に高い連帯感は。だいたい、これは俺が悪いのか……!?」
外から激しく飛び交う罵声に、藤平の頬がひくりと釣りあがる。
タツミのファンはとにもかくにも多い。
藤平も、これを知ったのはつい最近のことであるが非公式のファンクラブまで彼にはあった。
もちろん、非公式なのでタツミはこの事実については何も知らない。
ファンを怒らせたらどうなるか。
彼らの熱狂ぶりは時に常識をも歪め、たちまち暴徒へと駆らせてしまう。
敵にするのは、さしもの藤平とて望まぬ結果である。
敵になったらややこしくなるのは火を見るよりも明らかだ。
よって、触らぬ神に祟りなし。関わらない方が身のためなのである。
「では、貴様は今日はいったいウチの道場にいったい何をしにきたんだ?」
「そうだった。おいタツミ、散々俺が軟弱だのなんだと好き勝手言いたい放題言ってくれたな」
「なんだ、そのことか。事実なのだから仕方ないだろう。貴様は軟弱者だ、そんなだからいつまで経ってもオレを倒すことができない――オレは、貴様がオレを倒してくれるのも、今も楽しみにしているんだがな」
「そいつはご苦労なことだな、タツミ。だがな、今日の俺は一味も二味も違うんだよ!」
「ほぉ、ではどういうことかこのオレに教えてくれないか。藤平よ」
「――、聞いて驚くなよ?」
不敵な笑みを浮かべるタツミに、藤平も同じように不敵な笑みを返した。
「――、なんと! お前が散々軟弱者だと、やれ彼女ができないだの散々言ってくれたこの俺に! 恋人ができちゃいました~! はい拍手!」
たった一人だけの乾いた拍手が、虚しく道場に鳴った。
彼の言い分に示す反応は極めて淡泊なものであった。
野次馬である女性達は興味の欠片さえもなく、むしろ侮蔑すらしている。
一方で、門下生も似たような反応を隠すことなく示していた。
言葉に発することこそなかった彼らだが、藤平に送るその視線は一様にして嫉妬であった――何故、お前のような男にも彼女ができるのに、自分達には……と。
一人だけ他とは異なる反応を示す者がいた。
「なん……だと……?」
タツミである。
彼の碧眼は大きく丸く開かれ、口も唖然としたまま閉じようとしない。
驚愕と動揺、二つの感情を示しているのは明白だ。
それを目にした途端、藤平はにやりと不敵な笑みを再度浮かべる。
ようやく、この男に一矢報いてやることができた。
やっていることは、確かに傍から見やればあまりにもショボいかもしれない。
それでも、己は満足しているから全然問題ない。
外野の言い分など、好き勝手に言わせておけばよいのだから。
内心でほくそ笑みながら、藤平は未だ狼狽するタツミに更に言及した。
「いや~出会いっていうのは、どこでどうなるかわかったもんじゃないなぁ、えぇ? まさかあっちの方から好きです、付き合ってくださいなんて言ってくれるなんて……夢にも思ってなかったぞ」
「こ、こここ、告白されたのか……?」
「あぁ、そうだぞ? おかげでこっちは毎日がバラ色だな。というわけでだ、もう恋人ができた俺に好き勝手には言わせないってことだけはよく憶えておけタツミ。俺はもう、昔の俺じゃあないんだ」
「ま、待て! 頼むから待ってくれ藤平! せめて、名前を……! その彼女とやらの名前だけでも――」
「いや、なんでお前にそこまで情報提供しなきゃいけないんだよ! 普通にプライバシーの侵害だからな、それ」
いきなりこの幼馴染は何を言い出すのだろう。
仮に知ったとして、何をするつもりなのか。
よもや、危害を加えようとしているのだろうか――タツミの性格を考慮すれば、それは断じてない。
腐っても幼馴染である藤平だから、タツミについては誰よりもよく知っている。そう彼は自負していた。
男女分け隔てなく優しく、曲がったことをなによりも嫌う。
努力家で、負けず嫌いで、そして誰よりも強い。
だからこそ、こんなにも取り乱す彼の様子が藤平には珍しくて仕方がなかった。
「――、それじゃあな、タツミ。今度は彼女を連れてきてやるよ」
「ま、待て藤平! まだ話は――えぇい、貴様ら離せ! オレはまだ藤平と話が……!」
「……めっちゃ必死じゃねぇか。ちょっと怖いぞ、お前」
仲裁に入る門下生らの制止を必死に振りほどこうとしてまで、根掘り葉掘り尋ねようとするタツミを見やる藤平の視線は、ひどく訝し気なものであった。
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