昨日の幼馴染は今日の恋人候補!?~彼女ができた俺にやってきたのは、とびっきりの重い愛でした~

龍威ユウ

第1話:彼女ができました

 雲一つない快晴の下を、堂々を歩く様はとても自信に満ち足りている。


 事実、彼――重倉藤平しげくらとうへいは過去いつになく、その足取りは意気揚々としたものだった。



「ふんふんふ~ん」


 鼻歌まで歌う姿から、彼がいかに上機嫌であるかがうかがえる。


 もっとも、それを見やる周囲の人間は藤平に対してゾッと顔を青ざめていた。


 まるで人を化け物でも見るかのような素振りだが、当の本人はまるで気にしていない。



 恋人ができた。人間生きていれば、遅かれ早かれ恋人の一人ぐらいはできる。


 かく言う藤平も、生まれてこの方ずっと恋人ができなかった。


 彼はそんなにもモテない男なのか――これについてはそうであると、首肯せざるを得ない。


藤平の性格は、その見た目に反してとても温厚で優しい。困っている人がいれば自ら手を差し伸べるし、時には身を挺してまで助けたことさえもある。


 そうした姿から、彼を善良なる市民として認識しているものは極めて多い。


 多いのだが、いかんせん容姿が皮肉にも評判に追い付いていなかった。


 ポニーテールにした朱殷色しゅあんいろの髪に加え、左目には縦一文字の傷がばっさりとついている――かつて、彼が死線を越えた際にできた。いわゆる名誉の負傷というやつである。


 顔立ちは雄々しいの一言につきるし、戦士としても相応しいと断言しよう。


 だが――常在戦場じょうざいせんじょう、鋭い抜き身の刃のごとき雰囲気を常にひしひしと放つのは、藤平にとっては呼吸をするのと同じぐらい当たり前の感覚だった。


 その当たり前が、周囲を遠ざけているのだが、肝心の本人はそのことについてまったく気付いていない始末である。


 どうして自分には未だに彼女ができないのだろう。

 周りでは次々と恋人ができているのに、何故自分だけが……。


 しかし、その悩みが解消したのはほんのつい最近のことであった。



「いやぁ~我が世の春がきたねぇ。なっはっはっはっは!」


「――、おやおや。相変わらず間の抜けた声を出しているねぇ、君は」


「……なんだ、お前か」


 その少年――より厳密にいうのであれば、イケメンが現れた瞬間。藤平の視線が鋭さを帯びた。


どうしてお前がここにいるのか、と今にもそう問いたそうな彼の表情は、有体にいうならばすこぶる不機嫌である。


 来栖アスカ――クリーム色のセミロングヘアーがとてもよく似合う美少年は、とにもかくにも女性からの人気が高い。


そして容姿だけでなく、成績優秀で運動神経も抜群と、女性受けがよいことも相まってその人気は常にうなぎ登りだった。


 そんなアスカに、藤平はなにかとよく絡まれる。


 鬱陶しいことこの上ない。彼と相対する時の藤平は、いつも嫌そうな顔ばかり浮かべた。



「――、相変わらず嫌味な奴だなアスカ。俺に対して用もないだろうに、話しかけるのはやめろ」


「おやおや。ずいぶんと嫌われてしまっているようだねェ。そんなにも私がモテていることが不服なのかい?」


「ほっとけ。まったく……なんでこんな奴と俺は幼馴染なんだか……」



 藤平とアスカは、幼少期から顔馴染みである。

 

 その頃からずっと、藤平はアスカからなにかとよく絡まれていた。


 最初こそ、単なるじゃれ合いだと認識していた藤平も、成長していくにつれてそれが嘲笑であると知った時。いつしかアスカを、気に入らないやつと認識するようになった。


 それからの藤平は極力、関わらないように務めるもアスカからなにかと絡まれる。


 道であえば、突然家にやってきては――その時の場所も時間も、彼の前では関係ない。

 そこまでしてこの野郎は、人のことを見下したいのだろうか。

 本当にどこまでも性根が腐ったやつだ。藤平はいつもすこぶる本気で、そう思っていた。


 しかし、それも今日でもう終わる。藤平がにしゃり、と不敵な笑みを浮かべる。


 すると、いつも他者を嘲り笑うかのようなニヤニヤとするアスカの表情に、ほんのわずかだが訝し気なものへと変わった。

 それを当然、藤平は見逃さない。



「――、まぁいい。今日の俺はすこぶる機嫌がいいんだ。だからアスカ、今日のところはお咎めなしの無罪放免ってことにしておいてやる」


「……ふゥん? 何があったかは知らないけど、ずいぶんと機嫌がいいみたいじゃあないか。まァ、君のことだからどうせ棒アイスで当たりクジが出たぐらいなものだろうけどねェ」


「それはさすがにしょぼすぎるだろうが。子供の時だったらともかく、大きくなってまで当たりが出たからってそんなに喜ばないぞ」


「でも、嬉しいものは嬉しいだろう?」


「それは……まぁ――って、そんなことはどうでもいい! 残念だがなアスカ、今日の俺は一味も二味も違うんだよ!」


「おやおや、いつになく自信たっぷりじゃないか。それじゃあ、いったい何が君をそうさせるのか、この私にもぜひともお聞かせ願いたいものだねェ」


「ふん、聞いて腰を抜かすなよ?」



 ふと、藤平は意識を過去へと遡らせる。

 思えばずっと辛酸を舐め続けられる人生だった。

 己という在り方について後悔をしたことは一度だってない。

 後悔して生きるな――我が家の家訓をずっと守り、そして現在いまの己がある。

 だから常に全力を賭したし、今でも納得のいく結果ばかりだったと胸を張って言える。

 だが、とにもかくにも女性とは無縁の人生だった。

 唯一の心残りと言えばこれぐらいで、後はアスカ――彼の存在だけが億劫だった。

 終わらせる。終わらせずとも、ある程度の変革はきっと起きよう。そう信じて、藤平は口火を切った。



「聞いて驚けよ? 俺にもとうとう恋人ができたんだよ!」


「……は?」



 おっ、と藤平は不敵な笑みを浮かべた。

 

 何故ならばいつもニヤニヤとしていたアスカの顔が、唖然としたからだ。


 彼にとって、アスカのそうした表情かおを見るのは生まれてはじめてとなる。


 ようやく一矢報いることができた。内心でほくそ笑む藤平は、更に言葉を紡ぐ。



「いやぁ、神様っていうのは見てるもんだなぁ。俺の日頃の行いがついに天に届いたというかなんというか。俺にはもったいないぐらいの彼女だからもう、な。なっはっはっはっは!」


「……ふ、ふゥん? と、とうとう君にも恋人ができたのかい。そ、それはまぁ、よかったじゃあないか」


「おいおい、どうしたどうしたアスカさんよぉ? お声が震えてますけど大丈夫ですかぁ?」


「べべべ、別に私はなんともないさ! そ、そう。本当になんでも……」


「いや、それでなんでもないっていうのはあまりにも無理がありすぎるだろ」



 わかりやすく動揺するアスカに、さしもの藤平も言及せざるを得なかった。


 いくらなんでも、動揺しすぎているような気がしないでもない。

 その事実に藤平ははて、と小首をひねらざるを得なかった。

 確かに、藤平には恋人ができた。それは紛うことなき事実である。


 しかし、常日頃から数多くの女性にモテているアスカにすれば、たかが恋人ができた程度でこうも愕然とするほどの衝撃なのか。


 藤平の口から言わせれば、アスカの方がもっとモテて声をかけられているだろう。

 それ故に、彼のこの過剰極まりない反応が逆に藤平を困惑させる結果となった。



「ま、まぁそういことだから。だからもう俺にちょっかいかけてくるなよアスカ。彼女とのデート中にまで絡まれたらかなわないからな。もしそんなことしてきたら、全力で叩き斬ってやるからな!」


「と、藤平に恋人……藤平に、恋人……」


「じゃ、じゃあな! お前もあんまりとっかえひっかえ遊んでると、いつか後ろから刺されるぞ!」



 いずれにせよ、アスカに一矢報いることがついに叶った。

 これでもう、過度に絡んでこなければ藤平にとってもはや言うことはなにもない。

 とは言え、アスカの性格上叶いそうにもないが。藤平は胸中にて苦笑いをこぼした。


 生意気でモテモテな幼馴染からついに勝利をもぎ取った――この事実を胸に、アスカの下から立ち去る藤平は、さっきよりもすこぶる機嫌がよい。


 機嫌がよすぎるから、余計に周囲には不気味がられてしまいそそくさと避けられる。

 当人はそれにさえ気付くことなく、終始上機嫌なままで帰路に着いた。



「あ、そうだ」



 藤平はふと、立ち止まった。

 家路に向いていた視線は、再び町の方へと向き直る。



「まだ、このことを報告していない奴らがいたな」



 そうもそりと呟いた藤平は口角をわずかに釣りあげた。

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