急ブレーキ
磯原さんの住んでいる家の近所に公園があり、その公園の角には信号付きの交差点がある。彼女の職場はこの公園から10分ほど歩いた所にあり、いつもこの公園の交差点を通って通勤している。
この交差点で、右折しようとする車が横断歩道の前で急ブレーキをする、という事が頻繁にあるのだそうだ。
特に見通しが悪い訳ではない。ただ、公園の前だ、子どもが急に飛び出してくる事くらきあるのだろうと思っていたのだが、通勤の際に磯原さんも周りに誰もいないのに突然横断歩道で止まる車を何度か見かけた事があり、それを不思議に思っていた。
ある日の夕方、仕事をあらかた終わらせた磯原さんが休憩室でお茶を飲んでいると、バタバタと同期の営業の間野さんがやってきた。
「あ、いたいた、磯っちの事探してたんだよ」
「何か急な仕事?」
「仕事じゃないの、磯っちって⚫︎⚫︎公園の近くに住んでるんだよね?」
急に住んでいる場所を聞いてくるので怪訝そうに返す。
「そうだけど、それがどうしたの?」
「その⚫︎⚫︎公園でちょっと変な事があってさ」
そう言うと間野さんは神妙な面持ちで話し始めた。
間野さんは普段から午前中の営業が一段落すると、その公園で昼食がてらに休憩していて、だいたい昼の12時から遅い時は3時くらいにサンドイッチやお弁当なんかを公園で食べているのだそうだ。
その日、昼の2時頃に公園のベンチで少し遅めのランチをとっていると、公園内を慌てて走っていくおじさんを見かけた。このおじさん、2時頃にこの公園で見かける人で、いつも忙しそうに公園を駆け抜けて行く。
コーヒーを飲みながら「あ、またあのおじさんだ、今日も慌ててるなぁ」と眺めていると、そのおじさんがこちらに近付いてきて間野さんのベンチの前に立ち止まる。何事かとたじろいでいると、ハァ、ハァと息を切らせながら
「すみません、今、何時ですか?」
と時間を聞いてきた。いつもとは違う展開に少し戸惑いながらも
「2時15分ですけど…」
と答えると
「ああ、ダメだ、間に合わない!」
と叫んで、公園の入口の方に走っていった。何だったんだろうと呆然としながらコーヒーを飲んでいると
キキーッ!
ブレーキ音が聞こえた。
事故だろうか、音のした方向に駆けつけると、交差点の横断歩道でさっきのおじさんが倒れている。車にぶつけられたのか、頭は血だらけだった。
「大丈夫ですか!」
間野さんが近付いていくと、そのおじさんの体がスーッと消えたのだそうだ。
「まさかいつも見かけるおじさんが幽霊とは思わなくて驚いちゃったんだけどさ、磯っちさ、昔あの公園の周りで変な事故とかなかった?」
磯原さんは「いや、知らないけど」と答えたが、なんとなく話が繋がったような気がした。
そのおじさんは何度もあの場所で轢かれ続けている、だからあの場所では何度も急ブレーキをかけてしまうのだと。
ずっと成仏できないのか
おじさんに同情のようなものを感じた。
それから磯原さんは公園を避けて遠回りして出勤している。ただ、間野さんは相変わらずあの公園で昼休憩をしているらしい。
磯原さんが「怖くないの?」と聞くと
「私が時間を答えなければさ、その日おじさんは轢かれずにすむんだから」
そういう考えもあるのかと感心していると「でもさ」と間野さんは続ける。
「磯っちがたまに聞くって言ってたブレーキの音、あれはおじさんじゃないと思うよ」
「どういう事?」
「おじさんが走ってくるのは必ずお昼の2時過ぎ、その時間だけ」
そこで磯原さんはハッとした。
「磯っちがブレーキ音を聞くのは出勤中、朝だよね。磯っちのはきっと別の人だよ」
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