命の代償

カスミさんの亡くなったお父さんが生前言っていた事には、本当なら彼女は1歳の時に死んでいたそうだ。


1歳になった頃、カスミさんは突然原因不明の高熱にかかった。うなされながら目が痛いのだろう、ずっと手で目を押さえていたという。


彼女を治すためにお父さんはありとあらゆる手段を取った。色んな医者に見てもらったり、祈祷やお祓い、さらには霊感商法紛いのものにまで手を出した。


そのおかげかはわからないが、カスミさんは何とか一命を取り留め、今がある。



そんな彼女が14歳の頃、学校が終わった夕方に下校していると通学路に子供を抱いた女性が立っているのが目についた。街路樹の下でまだ乳児だろうか、その小さな子供を抱いてあやすように女は揺れている。登下校時以外は人通りの少ない道だったので人がいる事に少し不思議に思ったが、特に気にも止める事もないだろうと横を通り過ぎ帰宅した。



その夜、夢を見た。


目の前に女が立っている。夕方見た女だ。赤ん坊を抱いてカスミさんを恨めしそうに見ている。


「かえして…かえして…かえして…」


女が言う。だが何を返せば良いのかわからない。


「かえして…かえして…かえして…」


女は繰り返す。その時、女に抱かれた赤ん坊の顔が見えた。



目玉がない。



目があるはずの場所にくり抜かれたように大きな穴が空いていた。


そこでカスミさんは目が覚めた。身体中、汗でびっしょりと濡れていた。



その夢を見た頃から、カスミさんの視力が急速に落ち始めた。元々目は良い方だったが、3ヶ月もしないうちにメガネがないと周りが見えないほどになった。診てもらった眼科医は原因はわからないと言っていたが、彼女はそれが夢の中の赤ん坊の目が関係しているように思えた。


それからも何度も夢を見た。

そして夢を見るたびに赤ん坊の顔に少しずつ目のようなものができているように見えた。そしてそれに伴ってなのか、カスミさんの視力も段々と落ちていった。



「かえして」



あの女が返して欲しいのは目なのだろうか。だとしたら、あの赤ん坊の目が完全になった時、私の目は見えなくなるのだろう、カスミさんはそう思っている。



そういえば、と、カスミさんはふと思い出した事がある。


あの女が現れるようになったのはお父さんが亡くなってからだ。


カスミさんのお父さんは何も教えてくれないまま亡くなった。母も何も知らないようだった。


一度、お父さんがした事の手がかりがないか、遺品を見た事がある。


これといった物はなかなか見当たらなかったが、書斎の戸棚に少しだけ気になる物を見つけた。それは手のひら大の巾着袋だ。神社の御守りのような赤い柄の袋で、中を開くと河原の石ころほどで不揃いの水晶がいくつか入っていた。袋から取り出すと、それは5つあった。よく見ると、そのうち3つは薄暗く濁っていた。


この水晶が何なのか、何処で入手したかもわからなかったが、カスミさんはこの濁った水晶と目が何か関係しているように思えた。


「父は私を助けるために何をしたのでしょうか」


20歳になったカスミさんは日々えも言われぬ不安に苛まれている。

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