トンネルの向こう側
当時高校生だった東さんは、2学期の中間試験が終わった週の後半の木曜日だったが、家でダラダラと過ごしていた。部活に入っているわけでもなくバイトもしていない、友人と何処かに遊びに行こうなどというやる気も起きず、ただただスマホを弄っていた。
外が暗くなり始めた頃、メールの着信があった。見ると同級生の市野さんからだった。
市野さんは東さんと同じ、いわゆる陰キャグループだった。ただ、学校では互いにそれなりに話していたが、放課後まで一緒に遊ぶような仲でもなかった。メールがくる事自体珍しい。
何だろ?と思いメールを開く。
「●●トンネルに行く、もしものために一応連絡しておく」
●●トンネルは地元でも有名な心霊スポットだった。入口で白い影を見たとか、トンネルの中で男が立っていたとか、叫び声が聞こえたとか、そんな噂のあるトンネルで、学校でも肝試しに行ったと話題になった事があった。確か、市野さんの家からは自転車でも簡単に行けるような距離だったが、東さんの自宅からはまあまあ距離があった。
もし何か事故などにあったとしてもこっちからは簡単には行けないのに、ましてやもう夜だから外出もしづらい、何のためにメールをしてきたんだろう、東さんは不思議に思った。
結局その後、市野さんから連絡は来なかったので、変なことは起こらなかったんだろうと東さんは思っていた。
次の日、学校に行き市野さんの座席を見たがそこに市野さんの姿はなかった。少し心配だったので先生に聞くと体調不良だと本人から学校に連絡があったそうだ。
その翌週月曜日、東さんが教室に入るとクラスメイトと話している市野さんを見かけた。
「おはよう。市野、木曜日の夜は大丈夫だったか?」
「木曜日?あー、その事なら気にしないで。忘れてくれ」
あまり触れてほしくなかったのか、軽くあしらわれてしまった。
結局その日はそれくらいしか市野さんとは会話がなかった。「自分からメールしといて何だよ」と少し腹は立ったが、まあ無事だったならいいかと東さんはそのイライラをグッと飲み込んだ。
ただその日以降、市野さんの様子が少しずつおかしくなっていった。
まず、やけに明るい。
前は大人しい人見知りするタイプだったが誰とでも話せるようになり、普通に陽キャグループとも話をするようになった。
好みが変わったのか東さんがアニメの話をしても返してこなくなり、次第に東さんの隠キャグループにも入ってこなくなった。
あと、以前は鈍臭く運動が苦手な人間だったが、ある時の体育時間、短距離走がクラスで2番目のタイムを叩き出し、同級生の中で話題になった。そこから市野さんは実は運動ができるというキャラになり、そのギャップからクラスでもチヤホヤされるようになっていった。
そんな別人のようになった市野さんとは少しずつ話す事もなくなり、次第に疎遠になっていった。遅い高校デビューとか新学期デビューみたいなもんかな、東さんはそう思った。
「東、ちょっといいか?」
ある時、教室で隠キャグループで話をしていると、同じグループの宮前さんから個別で話したい事があると呼び出された。
宮前さんは市野さんと仲が良かったが、あの日以来、東さんと同じように疎遠になっていた。
「なあ東、最近の市野ってなんか変だと思わないか?」
「あんまりこっちのグループに近寄らなくなったな。まあそんな事もあるんじゃないか?高校デビューみたいな」
「いや、そんなレベルじゃないだろ。高校デビューで運動できるようになるのか?」
言われてみれば確かにそうだ。いきなり運動神経が良くなるなんて非現実的だ。
「ほとんど別人だろ。東さ、何か市野の事で知ってる事ないか?」
宮前さんに相談され、そういえばと市野さんがトンネルに行くと言っていたの話を教えた。すると宮前さんはは「市野はトンネルで何かに取り憑かれたのではないか」と言い始めた。そんなバカなとは思ったものの宮前さんの真剣な表情に折れ、2人でトンネル探索に行く事になった。
その夜、夕食が終わった後にこっそり自宅を抜け出した東さんは宮前さんと待ち合わせをしトンネルに向かった。
トンネルに着いて入口に自転車を停める。じゃあ早速トンネルに入ろうかという所で宮前さんが
「2人一緒に入ると何かあったら危ないのではないか?」
と言い出した。確かに2人に何かあったら危ない。そこでジャンケンをして負けた方がトンネルに入り、もう1人はトンネルの外で待機し、電話を通話状態にしたままにして互いに状況を確認できるようにした。
ジャンケンの結果、東さんがトンネルの中に入ることになった。電話を繋げ、トンネルへ歩いて行く。
「聞こえるか?」
「大丈夫、聞こえる」
宮前さんの声を確認しながら恐る恐るトンネルを進んでいく。電灯は点いているものの中は暗く、湿気からくる独特の重さを感じた。どこまで続くのかと先を見たが、道がカーブしていて出口は見えない。時々風が吹くとヒューと高い音と共に冷たさが通り過ぎていく。
2〜3分ほど歩いただろうか、カーブの先に少しずつ出口が見えてきた。振り返ると入口がかなり遠くに見える。ちょうど真ん中くらいだろうか。トンネルの外にいる宮前さんの姿は見えなかった。
「やっと半分か。歩くと意外に遠いな」
「そ……だ…………」
宮前さんの声が途切れ途切れになった。トンネル内は電波が悪いのだろうか。
「おーい、宮前、聞こえるかー」
「…が……………」
ツー………ツー………ツー………
返事がないまま通話は切れてしまった。掛け直しても繋がらない。
「おい、どうしたー、返事しろー」
トンネルの入口に向かって叫んだが返事はない。何かあったのだろうか、心配になりそれ以上は進まずに入口に戻る事にした。ビビりながら入口に辿り着くと、宮前さんがいない。
「おい、宮前ー、隠れてるのかー」
返事はない。入口に停めた自転車は東さんのものしかなく、周りを見渡すが気配もなかった。
もしかして、帰ったのか?
自分から誘っといて勝手に帰るなんて、と腹が立った。ただ、宮前さんがいないならいつまでもトンネルにいる理由がなかった。それで東さんもイライラしながら自転車に乗って家に帰った。
次の日になっても腹の虫がが収まらない東さんは登校すると宮前さんを探したが見当たらなかった。まだ学校に来てないのかと宮前さんの座席の方を見るがいない。それどころか、その場所に宮前さんの座席自体がなくなっていた。
不思議に思いながらキョロキョロしていると、市野さんが近付いてきた。
「どうしたの?」
少しオドオドした様子で聞いてくる。昨日までの陽気な雰囲気はなく、以前のような人見知りする感じだった。
「宮前ってまだ学校に来てない?昨日あのトンネルに一緒に行ったのに勝手に帰りやがってさ」
「宮前?え、誰?」
怪訝な顔で聞き返してきた。
「誰って、お前の親友の宮前だろ」
だが市野さんは何故か宮前さんを知らないと言う。というより、そもそも宮前さんという人間自体がこの世に存在していないという反応だった。
「そもそも東は何で⚫︎⚫︎トンネルに行ったの?」
「お前が⚫︎⚫︎トンネルに行ってからおかしくなったからだろ」
「何それ?そんな事あったの?」
また怪訝そうに言うので、東さんは以前市野さんからトンネルに行くというメールをもらった事、その翌日からの市野さんがキャラ変し、宮前さんが心配して一緒にトンネルに行った事、トンネルから戻ると宮前さんがいなくなっていた、という一部始終を市野さんに話した。
「え、それって東が考えた話?妄想とか?」
市野さんは何一つ知らない、信じられないという反応だった。そんな筈はないと市野さんからもらったメールを見せようとしたが、何故かスマホにメールは見当たらなかった。
その後、他のクラスメイトにも宮前さんの事を聞いたが誰も知っている人はおらず、東さんがおかしな事を言い出したと思われ始めたので、その事を口にするのをやめた。
結局、市野さんが何かに取り憑かれていたのか、宮前さんの存在が消え去ったのか、元々宮前さん自体が幻だったのか、東さん自身が異世界に迷い込んだのか、それとも自分がおかしくなってしまったのか、東さんには何もわからなかった。そして、数年経った今もこの事に引っ掛かりを覚えたまま生活しているそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます