女ドラキュラ

 第一作の『魔人ドラキュラ』を飛ばしてこっちかい!

 というツッコミが聞こえてきそうですがご寛恕のほど。第一次世界大戦が終わり、アメリカがヨーロッパと肩を並べる国になった……と自信を持った矢先に起きた1929年の世界恐慌。ただし1936年はニューディール政策などの経済政策で、一時的に薄日の射した時期にあたります。

 「アメリカ人の誇りを思い出せ」みたいな声が聞こえてきそうな本作。

 登場人物の属性を考えるとね!


「女ドラキュラ」(モノクロ作品)

 原題「Dracula's Daughter」

 1936年製作(米)

 日本版DVD有

 日本語吹替:なし

 監督:ランバート・ヒルヤー

 脚本:ギャレット・フォート

 原作:ブラム・ストーカー

 マリヤ・ザレスカ:グローリア・ホールデン

 ジェフリー・ガース:オットー・クルーガー

 ヴァン・ヘルシング:エドワード・ヴァン・スローン

 ジャネット・ブレイク:マルゲリーテ・チャーチル

サンドー:アーヴィング・ピシェル

 ジャンル:ホラー

 時代背景:十九世紀末、イギリス

(前作『魔人ドラキュラ』の直後から始まるのでどう考えても十九世紀末イギリス舞台のはずなんですが、全体の印象は二十世紀初頭アメリカです)


『あらすじ』

 物語は前作『魔人ドラキュラ』(1931年)の直後から始まる。

 ドラキュラのロンドンでの根城……カーファックス屋敷で、警官たちが首の骨を折られて死んでいるレンフィールドを見つける。

 そこに登場するヘルシング教授。

 警官がなおも探索すると胸に杭を打たれているドラキュラ伯爵がいる。

 ヘルシング教授はその場で逮捕され、警察署で尋問を受ける。教授は吸血鬼ドラキュラ伯爵殺害の『真相』を語るが、もちろんだれも信用しない。

 殺人罪に問われることとなったヘルシング教授は、自身の弁護を愛弟子であるジェフリー・ガースに頼むことにする。

(ガース医師は弁護士ではなく、精神科医である。ヘルシング教授は、自分の「正気」を証明して貰うことによって身の証を立てようとしている)


 ヘルシング教授が尋問を受けていたそのころ、証拠物件として押収されていたドラキュラ伯爵の死体を確認しに来た女性がいた。

 女は監視の警官に催眠術をかけ、ドラキュラ伯爵の死体を奪い去る。

「これで呪いから解放される」という言葉とともに、女は人知れず伯爵の身体を燃やすのだった。

 女には、従者サンドーが影のように付き従っている。


 女性はマリヤ・ザレスカ伯爵夫人。ドラキュラ伯爵の娘であった。彼女は父親の滅びとともに自分の呪いも解けると期待していたが、それは儚い望みだった。

 ある貴族の館で、ザレスカ伯爵夫人とジェフリー・ガースは出会う。ザレスカ伯爵夫人は恋に落ちた。

 ガース医師もザレスカ伯爵夫人の魅力に目が離せなくなる。

 ガース医師に、ザレスカ伯爵夫人は呪いからの解放……吸血の病の治療を願うのだったが……。


『物語のあれこれ』

 『魔人ドラキュラ』の続編。

 ドラキュラ伯爵のベラ・ルゴシ、ヘルシング教授のエドワード・ヴァン・スローンは続投ですが、目立った活躍はしません。ドラキュラ伯爵に至っては台詞もなく、杭を打たれて柩に横たわってるだけです。

 主役は完全にザレスカ伯爵夫人とガース医師です。


 ザレスカ伯爵夫人の魅力は整った顔立ちと、無表情……にもかかわらず、つぎつぎに犠牲者を生みだしていく貪欲さがない交ぜになっているところでしょう。

 口では結構、しおらしいことを言ってるんですけど、おなかが空くとあっさり襲っちゃうんですよね。

 無表情で、ちょっと人形めいた動作をしているところが、また怖い。

 のちにユニヴァーサルホラー(ドラキュラ・狼男・フランケンシュタインの怪物。透明人間など)はコメディ化してしまいますが、この続編は、間違いなく「ホラー」として制作されています。

 しかしながら別の要素もあります。

 それはザレスカ伯爵夫人サイドにある、濃厚な愛憎関係でしょう。

 まずひとつにはザレスカ伯爵夫人とガース医師の愛憎。

 つぎに、ザレスカ伯爵夫人と従僕サンドーとの愛憎。

 さらに、ザレスカ伯爵夫人と犠牲者たちとの関係。とくに終盤にガース医師に関係する人を攫うに至って、非常に濃厚になります。

 そして最後に、ザレスカ伯爵夫人とドラキュラ伯爵……この親娘の愛憎。

 ドラキュラ伯爵は胸に杭を打たれた姿でしか出てきませんが、父親の肉体を取り戻し、みずからの手でその呪われた身体を焼き滅ぼす彼女の姿には、「それを行えば自分の呪いが解けるかも知れない」という打算からのおこないを越えた詩情が感じられます。

 本作は、ザレスカ伯爵夫人を中心に渦巻くこれらの愛憎の物語だと言って良いでしょう。


 本作の吸血鬼は昼間は柩で眠りに就き、指輪の魔力で犠牲者に催眠術をかけ、記憶を奪います。また、心臓への一撃で滅びます。

 ザレスカ伯爵夫人は恋愛の対象としては男性を嗜好するようですが、彼女が「アトリエ」と称する隠れ家にうら若い女性を誘い込み、「絵のモデルに」とブラウスを脱がせるシーンなど、濃厚なレズビアンムードが漂っています。

(余談ですが『魔人ドラキュラ』のドラキュラは女性を襲い、本作のザレスカ伯爵夫人は恋愛対象は男性だけど襲うの女性ばかりなので、ユニヴァーサルホラーの吸血鬼、男は襲わないの……?)


 ガース医師の看護師ジャネットは、みずから車を運転できる職業婦人であり、自身の好悪を率直に表現し、かつ、カーズ医師のネクタイを巧く結んだり、彼の意向を先回りして叶えようとする気の利いた女性らしさも持ち合わせるという、『第一次世界大戦後、社会に進出した女性』の理想像を体現しています。

(その『理想像』は『(男がボスの職場において)仕事で役立つ有能さと公私ともに男を立てる気立て、外見的な美しさを兼ね備えている』という、いささか男性にとって都合のいい理想像のような気がしますが、それは1936年という時代からして、致し方のないところでしょう)

 そんなジャネットに対するザレスカ伯爵夫人は、無論、名実ともに「前世紀の女性」です。

 ガース医師に向けられた言動はほんとうにしおらしいのですが、いっぽうでサンドーにのちのち永遠の命を与えると約束して従僕として仕えさせていたり(本当にその気があったかは怪しい)、吸血の犠牲者に対してはまったく同情心なく、自分の欲望を満たすために人が死ぬことにはなんの感慨もない……封建領主としての冷酷さも持ち合わせています。(さらに言えばザレスカ伯爵夫人は経済的に男に頼らず自立している)


 この物語は、ザレスカ伯爵夫人、ガース医師、ジャネット、サンドーの四角関係の物語であり、旧世紀的かつヨーロッパ的な魅力を持つ女性と、新世紀的かつアメリカ的な魅力を備えた女性が、ひとりの男性を取り合う話……と観るのは、うがち過ぎな解釈ではないはずです。


 吸血鬼ものとしての注目点といえば、ザレスカ伯爵夫人が犠牲者を襲う際のムードに加え、気味の悪い従僕サンドーの存在感。

 ラストの展開などを勘案するに、新世紀的、アメリカ的な男性に執着しつつも封建的なしがらみに足許をすくわれて自滅する旧世紀的、ヨーロッパ的な女性……という図式が垣間見え、なにやら示唆的ではあります。

 また細部に目を遣ると、終盤、トランシルヴァニアにザレスカ伯爵夫人が戻ってくると、ドラキュラ城に灯りがつきますが、その灯りを観て村人たちが「伯爵が戻ってきた!」と怯えるシーンでしょうか。

 いかにも封建領主とその領民たち、という雰囲気です。

 そのほか、登場人物が身に纏う衣装も豪奢で(トランシルヴァニアの村人たちのシーンなど、結婚式を挙げているのですが、民族衣装が可愛らしい)、前作の『魔人ドラキュラ』が名作なだけに影が薄い本作ですが、見所はたくさんある良作だと思います。


 ところで、ラストシーンでザレスカ伯爵夫人の年齢が約百歳だと明かされるのですが(ヘルシング教授談)、ドラキュラ伯爵は滅びたときに約五百歳だったわけで、ドラキュラ伯爵が四百歳だったとき(ヘルシング教授の話を逆算すると1790年頃だと思われる)子どもを作るような何かがあったわけで……何があったのか……非常に気になるんですけど。



【続編情報】ユニヴァーサル製作の吸血鬼登場の映画

「魔人ドラキュラ」

「魔人ドラキュラ スペイン語版」

 「魔人ドラキュラ」公開の年に同じセットを使い、シーンの使い回しをせずに同じ映画を再撮影した世にも贅沢な作品。ただし、一部脚本と俳優が違っている。

「夜の悪魔」

「フランケンシュタインの館」

「ドラキュラとせむし女」

「凸凹フランケンシュタインの巻」

「ドラキュラの御子息」

「古城の妖鬼」

(正確にはここに列挙するには問題がある作品。吸血鬼が登場するかというと……しかし、ベラ・ルゴシ扮する登場人物が非常に雰囲気がある)




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