第8話 やっぱり私は「普通」じゃないんだ
自分は子供の時から、絵を描いたり楽器を弾くことに夢中になると寝食を忘れるほどに没頭してしまう。
それは大人になっても変わらなかった。
個人差こそあるものの、これはADHDやASDの特徴の一つでもあり、「過集中」と言われている。
高い集中力を発揮する一方、日常生活や社会生活に影響が出ることもあり、最悪心身のバランスを崩すことにも繋がりかねない。
私が仕事に没頭してしまうのは、どんな環境であっても、元はと言えばデザインの仕事が「楽しい」からだ。勿論、遊びのお絵描きと仕事は全く違うが、それでも感覚的には、少なからず子供の頃に絵を描くことが「楽しかった」ことの延長線上にあると言える。
アルバイト時代も集中し過ぎる傾向はあるにはあったのだが、幸い同年代の多くの同僚に恵まれていたため、折に触れて声を掛けられ程良く息抜きが出来たり、またアルバイトという雇用形態だったこともあり当時の上司が長時間労働にならないよう配慮してくれていたおかげもあって、過集中が裏目に出るということは殆ど無かったのだ。
ところが転職先の環境で、私の過集中はやがて過労に繋がってしまった。
新しい職場は出来立てホヤホヤの会社だったこともあり、社員は社長である上司と自分の二人だけという環境。
膨大な量の仕事を、歳の離れた上下関係のある上司と常に二人きりでこなさなければいけない。多忙ゆえに昼食を抜くこともしばしば。常に締切に追われ、緊張感が張り詰める空間で、尚更時間や気持ちに切れ目というものがなかった。
ここで、何か「切れ目」があれば変わってくる。先述したように、例えば他人から「一緒にご飯食べにいこう」とか「ちょっと休まない?」と声を掛けられたりすると、ハッと我に返るのだ。その他にも、場所を移動する、決まった時間になったらアラームを掛けて食事を取るなど、自分でも対策しようはあるので今は自分の過集中という特性となんとか付き合えているが、その頃はまだそうしたやり方を知らなかったし、そもそもそんな自分の特性にすら気付いていなかった。
最初は楽しくて夢中になっていたはずが無自覚のうちに疲労とストレスに変わっていく。目の前のことに没入し過ぎて、自分を客観的に見ることが一切出来なくなってしまうのだ。
平社員は自分だけの為、デザイン以外の業務を担うことも度々あった。
一番辛かったのは、「どうしたってできないことをやらなければいけない」ことだった。
子供の頃から能力の凸凹故に、人が当たり前に出来ることがどう足掻いても出来ず、特にコミュニケーションに困難を抱えていた自分にとって、例えば電話業務のようなコミュニケーションスキルを要するタスクは大きな苦痛だった。
自分の話し方はめちゃくちゃな上、相手の言っていることを理解できないので相手とは殆ど会話にならず、仕事にならない。上司から話し方を注意されることもしばしば。
しかしどれだけ気を付けても出来ない。出来ないからどうにか頑張らないとと思えば思うほど、できない自分を否定する気持ちが強くなり、精神的に追い詰められていく。どう頑張っても出来ないものは出来ないからだ。しかし、どうすればいいかも分からず、周囲に助けを求める術も分からなかった。
段々と、頭の中がごちゃごちゃになっていく感覚が強くなっていった。
そうして次第に精神的にも身体的にもじわじわと疲弊していくことになるが、自分の中の違和感に蓋をして働き続けた。
子供の頃から「社会で働く」なんて自分には到底無理だろうと思っていたが、今こうして曲がりなりにも社会人として働くことができている。この奇跡みたいな現実を、どうにか維持していかなければ。そんな気持ちが強く、自分の心と体に鞭を打ってどうにか続けることに躍起になっていたのだと思う。
責任感を持つという意味では社会人としては必要な経験だったと言えるが、あまりに息を抜ける瞬間の無い日々だった。
それが続いた結果、ある日プツンと自分の中で何かが切れた。数年前に発症したうつ病が酷くぶり返した瞬間だった。
ある朝体調が悪いので少し遅れて出勤しますと連絡し、駅のベンチで抜け殻のように呆然と座っていた。体に力が入らない、何も考えられない。そうしてただ時間だけが過ぎていった。
もうこれはダメだと確信した。
そうして仕事が出来る健康状態ではなくなった私は、就職して一年ほどで退職を余儀なくされる。
やはり私には、普通に働くことは無理だった…。絶望しながらも「うつ 仕事」などと検索したりして色々と調べたところ、時短勤務という働き方や障害者雇用というものの存在を知る。
調べたところによると、何やら自分の障害特性を理解し配慮してもらいながら、特性に合わせ向き不向きを考慮してもらいながら働くことができるらしい。
それで私は退職して間も無く、障害者雇用での就職に特化した就労支援施設に通所することを決める。
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