第6話 凸凹は長所?

一年間の休学の間、「このまま学校を辞めてしまおうか」という考えが頭をよぎった。

しかし苦労してやっとの思いで入学した、その事実が惜しいこと以上に、「ここで続けたらもしかしたら何か自分の進むべき道が開けるかもしれない」という思いもまた生まれていた。


ここには今までにはいなかった、多くの言葉を交わさずとも何かを作ることで表現すれば、混沌とした考えや、時には生きづらさを共有し合える仲間がいる。多種多様なバックグラウンドを持ち、独自の価値観で表現をする仲間にも出会い、自分の生きてきた世界が如何に狭かったかを思い知った。そんな彼らを見ているうちに、もしかしたらコンプレックスが取り柄になり得るかもしれないと思えるようにもなった。そして何よりもここでは、自分が最も心の拠り所にしてきた「作って表現すること」に思う存分数年間専念できる場所だ。やっと手に入れた自分の居場所を自ら無くしてしまうのは、また振り出しに戻ってしまう気がする。


しかし酷い鬱に苛まれると、どうしても冷静になることが難しい。休学の間も何度か失踪したり、自傷行為に走ったり、人に心配を掛けることが度々あった。

家族や友人からの説得を受け、どうにかこうにか、休学から一年後に復学することを決めた。


そこからは躁鬱と格闘しながらも真面目に授業に出て、同時期にバンド活動にも精を出し、自分を表現する術を模索した。


因みに補足すると、本来デザイン専攻というのは、油画専攻や日本画専攻というような所謂ファインアートの領域とは異なり、むしろ自己表現ではなく情報設計の類に近く、大学の授業でもお題に対しどれだけ的確に答えられるかが要求される(これは社会に出ても、クライアントの要求にどれだけ良い球を打ち返せるか、のスキルにもろに直結する)。

しかし私は少し例外的で、アートの領域に関心が強いこともあり、授業でも自己表現に傾倒することが多かった。

幸いにも当時の教授が自分のアイデンティティを面白がってくれたために、自己表現にフォーカスした制作を主に行なっていた。


大学3.4年次で履修した広告専攻クラスで得たものはとても大きい。

当時の担当教授、大貫卓也教授は特に、私の「変人ぷり」「はみだしっぷり」を面白がってくださった。

それまで短所だと思っていた「人と円滑なコミュニケーションが取れない」「空気や会話の流れを読めずに自分の話ばかりして周囲から浮く」「興味あることにばかり没頭する」そんな自分の凸凹を、「長所」だと褒めてくださったように感じる。逆に、周囲に馴染んで「普通」にやれていることは、全然面白くないというようなニュアンスにも聞こえた。


それは私にとって、天地がひっくり返るくらい衝撃的なことだった。ずっと自分がダメだと思っていたことを、肯定してくれる人がいるなんて…。それからは脇目も振らずに「ありのままの自分を表現すること」に没頭した。

自分の普段の考えや、生まれながらに持っていた感覚は、もろにそのままアウトプットに直結した。そして包み隠さずそれを思い切って吐き出せば吐き出すほど、自分の作るものはどんどん良くなり、作品自体への評価も上がっていった感覚がある。


それを突き詰めていった結果、私は大学の卒業制作で、その年の優秀賞を受賞することができた。まだ完全には自信を持てないけれど、それでも自分の凸凹を少しだけ肯定できた瞬間だった。

大貫先生には、作品を制作する、そのこと以上に、「ありのままの自分で生きていく自信を持つこと」の大切さを教わったし、大貫先生に教わった日々は、今日の自分の心の支えにもなっている。

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