❁ ブレーメン哀歌 ――ブレーメンの音楽隊
【作戦コード:ミスター・ピックネイルズ】
「事件だ。出るぞ」
「んむ、ほふぉへふは?」
「何食ってんだ。さっさと支度しろ」
「もぎゅ。お昼くらいゆっくり食べさせてくださいよぉ」
*
ブレーメン。それは音楽家を志す者の憧れの街。いわばミュージカルにおけるブロードウェイ的聖地。いや、そっちは通りの名前なのでちょっと違うか。
ともかくそこへ行けば華々しいスター生活が待っている――少なくともロバはそう信じていた。
身体はすでに老いているが、なあに、自慢の脚で踏み鳴らすパーカッションには自信がある。タップダンスを踊ったならフロアは熱狂必至だ。長年の荷運びで鍛えた足腰と蹄は伊達じゃあない。
しかも幸いにして、ロバにはゆかいな
紹介しようッ!
朝焼けに轟くスーパー・パワーボーカルッ! オンドリ!!
はんなりセクシー☆ミッドナイト・キーボード! 猫たんッ!!
俺に触ったら火傷するぜ? 情熱のパッション・ギター! 雑種犬ッ!!
みんなノリノリで二つ名を考えた。ナウでキャッチーでイカしたアニマルバンドの名は『
しかし種族が違えど腐ってもメス、残りのオス三匹はそれぞれ猫たんをチヤホヤと甘やかしていたため、ブレサーの姫たる彼女は基本的にご機嫌である。
「で、ブレーメンにはいつ着くニャ?」
「まだ遠いワン。あとどこかで今夜の宿代を稼がないと」
「野宿は
「ヒヒン、いざとなったらオレが猫たんの布団になってやるよぉ」
「ちっ。ロバの野郎ちょっとガタイがいいからって、すぐおいしい役を持っていきやがるコケ……」
「あんたはいざという時の非常食。誇っていいニャよ?」
「え、そう? そっかぁ……」
えへへとデレているオンドリを見て「食われる想像して喜ぶとかドМかよ……」と冷たい眼差しを送る犬だった。
ともかく四匹は適当に辿り着いた町の酒場に繰り出した。もちろん飲みではなく、ステージへの出演交渉のためである。
人外の音楽隊にはさすがに酒場の
「ついでに何か食べ物もらえニャい?」
「余り物のピーナッツくらいなら。ま、あとは客にでもねだりなよ。あんたカワイイから得意だろ?」
「ニャッ、なんか上手くあしらわれた気がするわ。まいっか」
というわけで、遠慮なくピーナッツを貪り食らいながらセットリストを決めた四匹は、おのおの楽器を並べてリハーサルに勤しんだ。
猫たんは曲によってはサブボーカルも務める。男声と女声のハモリでしか出せない味があるのだ。ストレートでクリアなオンドリの歌声に比べると、彼女のそれはハスキーで色っぽい。
もちろん曲ごとに振付もある。今はオンドリが電信柱に見立てたマイクスタンド片手に、街角でナンパでもするような風情で猫たんに絡んでいるところ。
♪――お嬢さん、僕の
♪――まァ調子のいいことね、色男さん。
気のないフリをしつつナンパ男を誘う、
(うーむ、オレって曲作りの天才だね……惜しむらくはオンドリに相方をやらせたことだ。いや、いかにも軽薄そうなとこが役としてはハマってるんだが)
作詞と振付はロバが、作曲は雑種犬が担当している。この曲はどうしても猫たんの歌が聞きたくてデュエットにした。
男を弄ぶ悪いオンナを猫たんに演じてほしい、という目論見は成功したが、結果的にオンドリがめちゃくちゃいい目を見ているのが実に羨ましい。何しろ曲の最後では彼女にほっぺチューを賜るのである。リハを含めた毎回な!
ちくしょーオンドリちょっと場所代われ。
皮肉である。最初は猫たんがここまでマドンナ化してなかったし、ロバも純粋にオンドリの歌声を気に入ってバンドに誘ったのだ。それ自体は後悔もなく、今も心から、最高のメンバーだと思っている。
ずっとこの四匹で音楽をやっていきたい。だったら、こういう感情はよくないものだ。
「ヒヒン、そろそろ休憩にしよう。マスターに水をねだんなきゃ」
「あ、ピーナッツはもういいぞワン」
犬とロバは歌わない都合上、すでに口の中をじゃりじゃりのピーナッツ地獄にしていた。脂質の摂りすぎ。
力仕事担当でもあるロバたちが飲み水を求めて立ち上がったころ、残ったオンドリと猫たんは振付の再確認をしていた。デュエットでは二人、いや、二匹の息が合わないと曲に差し障る。
ちゃんと爪を行儀よく引っ込めたふわふわの前脚が、さっと喉元を過ぎていくたび、オンドリの
――いつ見ても、吸い込まれそうな大きな眼だ。ビロードのような光沢、三日月の瞳孔、どんな宝石よりも透きとおった丸い瞳。
「……猫たん。俺、君に言いたいことがあるんだ」
「え?
「いや、そうじゃなくて……ええと……、その、今夜の演奏が成功したら、言うよ」
「ええ? 変なオンドリ。勿体ぶらずに……」
「――大変だ」
バタンと扉が開く。そこに立っているのはロバと犬と酒場のマスター、そしてつまみを仕入れに来た肉屋のおやじ。
ただならぬ雰囲気に思わず猫たんは猫背をぴんと伸ばし、オンドリもすっくと立ちあがった。
「コケッ、どうした?」
「昨夜この近所で強盗事件があったらしい。犯人はまだ近くに潜んでるかもしれんそうだ。……だから悪いんだが、今夜は店を開けないかも」
「なんだって!?」
「警察があっちこっち聴き回ってんだ。きっとそのうちここにも来て、事件が解決するまでは営業自粛しろって言われるさ」
「そんニャのってないわ! あたし今夜は歌いたい気分ニャのにぃ」
「もちろんだ、猫たん。……ヒヒン、ここはひとつ、オレたちでその強盗をとっちめてやろうぜぇ!」
「さすがリーダー! でもそいつら見つかってないんだろ? 探すには何か手がかりがないと」
「そこは犬の使いどころさ」
雑種犬は頷き「実は元警察犬なんだ。現場のニオイで奴らを追う」
衝撃の新事実発覚。でも好都合なので無問題。
斯くしてアニマルジャズバンドは急遽、強盗こらしめ隊にジョブチェンジした。
犬は鋭敏な嗅覚でもって迅速に犯人たちのアジトを発見。現場からそれなりの距離のある空き家である。
背の高いロバが偵察したところ中には強盗団のメンバーが三人、行儀悪くも飯を食べつつ盗んだ金を数えているところだった。はい証拠ゲット。冤罪の可能性はゼロ、あとは突入するばかり。
「ヒヒン、問題はオレらにそこまで攻撃力がないことだ。よって作戦を立てた」
「というと?」
「つまり……ひそひそ……ヒヒン……」
「ばうわう……」
「ニャ~ン……」
「コッコッコッ……了解。じゃ、リーダーの合図で実行しよう」
四匹は頷き、
「……せぇ~の」
「「「「突撃となりの強盗団~!!!」」」」
空き家だからと遠慮なく窓をぶち割って、ダイナミックにお邪魔した。
しかもロバ、犬、猫たん、オンドリの順で縦一列に並んでの組体操スタイルである。未だかつて見たことのない光景と突然すぎる展開に強盗たちは慌てふためき、ろくに銃も掴めないままロバの健脚に蹴っ飛ばされた。
さらに間髪入れずに犬の噛みつきが続く「安心しろ、甘噛みだワン」でもそれなりに痛い。
「フシャ―ッ!!! フギョベガゴニャルホショベベ!!!!!」
一番怖かったのは喧嘩モードの猫たんだったかもしれない。常人には聞き取れない咆哮を発しながら強盗どもの心が折れるまで顔面をメタメタに切り裂く姿に、正直ロバたちも慄いた。あ、もう絶対猫たんには逆らわんとこ……って思った。
そうしてズタボロになった強盗は地元警察に引き渡され、事件は解決した。暴力によって。
一件落着。酒場では無事に『舞鈴衆』のショーが行われる運びとなった。
お客さんたちも最初は動物のバンドってなんだよ……みたいな反応だったが、それは時間と酒が解決する。小一時間もすればみんなすっかり出来上がって、わいわい楽しく盛り上がっていた。
甘え上手の猫たんはまんまとお客さんからチーズやらジャーキーやらの「おひねり」を山ほどもらってご満悦だ。
とても、楽しい夜だった。……二度と忘れることはないだろう。
そのあと起きたことも含めて、全部。
「――オンドリ。おまえを逮捕する」
ショーが終わってから、急に犬が立ち上がって――後ろ足だけで、人間みたいに二足歩行をして、そう言った。ロバたちはぽかんとした。
見る間に彼の身体は大きくなっていき、ついでに毛も病的に抜け始め……ああっと思ったころにはもう、客席から飛び出してきた女にコートを掛けられていた。
「だから先輩、全裸ですってば」
「忘れてた。……罪状は言わなくてもわかってるよな、オンドリ。いや、おまえは本当は鶏じゃない」
「……、ああ。そうか。お見通しだったんだな」
「ちょ……ちょっと待ってよ!」
声を上げたのは猫たんだった。仲間の犬が急に人間になったことも、オンドリが急に逮捕されたことも、何もかもが突飛すぎて納得がいかないのはロバも同じだったが……言葉を失っていた奇蹄目と違い、食肉目ネコ科の女は叫ぶ。
「どういうことニャの。説明して、……あんた、……まさか、あたしに話があるって……」
「いや……、まあ、ちょっと違う。猫たん、……俺、本当は人間なんだ。薬でこの姿を保ってるだけ。中身は別の世界から逃げてきた悪党さ。……本物のオンドリは、俺が殺した」
「見つけるのが大変だった。何しろ鶏の死体なんて簡単に処理できちまうからな」
「……むしろよくわかったな、あれがブレーメンのオンドリだって」
「……、味がしないんだそうだ。
数年前、『物語の世界に入る装置』が発明された。文字どおりの夢の機械で、次元を超えて推しに逢える。
もちろん悪用する者もいた。身を隠したい犯罪者にとっては、童話は都合のいい逃亡先になった。
このオンドリ男もその一人……元はそれなりに売れたジャズシンガーだった。スランプからドラッグに溺れ、売人と揉めて殺してしまい、警察のみならず麻薬取引の裏にいたギャングからも追われる身となった。
とくに後者に見つかったら破滅しかない。焦った彼は、大量の獣化薬とともに『ブレーメンの音楽隊』の絵本に飛び込んだ。動物の姿なら目立たないだろうと考えたのだ。
入れ替わるために殺したオンドリは、肉問屋に売った。それが例のチキン屋に卸されたのだろう。
偽オンドリはさほど抵抗しなかった。もう逃げ隠れするのに疲れてしまった、と顔に書いてあるようだった。
薬の効果が切れてきたか、はらはらと羽毛が抜け落ちる。
「……
「そんな、……あたし……ッ」
「ずっと騙しててごめん、リーダー。でも本当、最高のバンドだったよ、俺たち」
「ああ……、ッこの、バカ野郎……!」
ロバは泣いた。猫たんも、小さな身体をぷるぷる震わせて、連行されていく元オンドリの男を見送った。
犬は潜入捜査官と交代していただけだから、すぐに本物と合流できる。でもオンドリはもういない。人はきっと、代わりの鶏をこの世界で探せばいいと言うだろうが、あの歌声を持つ男はきっともう、どこにも。
彼の歌があったから、オレたちは最高のバンドだったのだ。
偽オンドリが戸口をまたいだとき、猫たんがぽつりと呟いた。
「……こんなことなら……あたしが殺して食っちまえばよかった……」
オンドリは一瞬振り返って、少し笑ったような気がする。すぐに警官に背を押されて出ていってしまったけれど。
もしかしたら、彼自身も心のどこかで、それを望んでいたのかもしれない。
だってデュエットのたび、彼が猫たんを口説く演技はいつも驚くほど情熱的で。もしかして、こいつ本気なんじゃないかって、ロバは見ていて何度も思ったから。
だから今も、彼のパートがリフレインしている。
♪――お嬢さん、僕の
**― ― ― ― *** ― ― ― ―**
「先輩、そういえばオンドリが偽物だって証拠は何だったんですか?」
「……逆だ。あったのは『本物』の証拠」
「?」
「歌だよ。……昔ちょっと聴いてたからな、彼の歌は聴きゃわかる」
「ああ……」
ちなみに冒頭、後輩はチキンバーガーを食べていた。
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