第3話 ああ、だめだ

 医学部は忙しい。勉強も覚えることがたくさんあるし、実習も多い。でも、友人もでき楽しく過ごしていた。


 それでも恋愛だけはできなかった。石橋くんのことを忘れると決めたはずなのに、彼は活躍しているのでよくニュースに出てくるのだ。チャンネルを変えればいいものの、ついついそのままにして見てしまう。会いたいとも思ってしまう。きっと、心の奥底では彼のことを忘れたくないのだろう。でもその気持ちには無理矢理蓋をしようとしているから、たまにこうやってどうしようもなく会いたくなってしまうのかもしれない。


 実力のある彼は1年目から一軍で活躍していた。何度もチームを勝利に導いていた。入団して3年目でチームは優勝した。その様子を私はテレビで見ていた。彼を見るためではない。単純に周りが盛り上がっているから見るだけ。そう思ってもついつい彼の姿を探してしまっていた。


 優勝してさまざまな番組に出るようになった。そこで、恋人はいますか? というファンの質問に彼はこう答えていた。

「いません。でも、ずっと好きな人はいます」

 ああ、そっか。好きな人、いるんだ。そうだよな。プロの選手なら、よりどりみどりだろうな。可愛い人なのかな。綺麗な人なのかな。年上なのかな。年下なのかな。色々考えても仕方ないのに、相手がどういう人なのか気になってしまった。彼女ではないらしいので、それにすごく安心したのには気がつかないふりをした。


 もう完全に忘れなくてはいけない。そう思うのに、彼からもらったプレゼントは捨てられないし、一緒に撮った写真も消せない。ネットでも彼のニュースはクリックして見てしまう。大学で彼の話をしている人がいると、聞き耳を立ててしまう。


 ああ、だめだ。忘れるなんて無理なんだ。じゃあこの気持ちをちゃんと受け入れよう。いつかちゃんと忘れられる時まで。彼を好きでいよう。そう思ったら少し気持ちが楽になった。


 それからは彼の応援グッズを買ったし、彼が所属するチームのファンの大学の友人と共に試合会場まで行って応援したりした。久しぶりに生で見る彼は、高校の時と同じように生き生きしていて、とても楽しそうに野球をしていたのだった。


 そうして25歳の時。彼は海外へ行った。研修医だった私はたまにある連休で彼の試合を応援しに現地に行ったりしていた。そこでも彼はチームを勝利に導き、地元の人たちからも愛される選手になっていった。


 27歳の時。野球の世界大会が行われた。今までも何度か彼は選ばれていたし、私も見に行っていたけれど、彼への恋は終わりにする。絶対に。だって、結婚するらしいから。


 世界大会決勝前日。インタビューを受けた彼は最後に、大会の後したいことはありますか、と聞かれた時こう言ったのだ。

「結婚します」

 それは日本中に衝撃を与えた。もちろん私にも。結婚するの? 前言ってたずっと好きな子といつの間にか付き合っていて、いつの間にか婚約していたのか。そっか。じゃあこの恋終わらせなきゃな。ファンもやめた方がいいかな。こんな人がファンって、奥さん嫌だよね。


 そう思った私は、決勝を終えて彼を完全にシャットアウトすることを決めた。


 無事に決勝のチケットを獲得していた私は、彼の応援グッズに身を包み決勝の会場に行っていた。今回は日本でやってくれるので、医師として忙しい身でもなんとか応援に来れたのだ。


 試合が始まった。

 

 両国決勝までくるだけあって、とても強い。ピッチャーも抑えているし、打たれても素晴らしい守備でお互いに点を与えていなかった。


 しかし、5回。相手チームが先発の石橋くんからソロホームランを打ち、その後勢いに乗って3点を取った。なかなかヒットが出ない中3点を取られたのはかなりダメージが大きいのだろう。会場の空気が少し変わってしまった。


 そしてその裏。バッターボックスにたった石橋くん。現在満塁でホームランを打てば逆転のチャンス。今日は全て三振に倒れている。どうか。どうか。1点でもいいので。そう思いながら石橋くんを見ていたら。


 カキーン


 え。どんどん伸びる。彼が打ったボールが飛距離をのばして。私の手元に飛んできた。


 ホームラン


 石橋くんは、点を取られた後自分のホームランで4点を返したのだった。


 そして日本はその勢いのまま得点を奪い、勝利した。


 試合が終わって、彼のインタビューが始まった。


「勝利の立役者となりました、石橋司選手です! おめでとうございます!」

「ありがとうございます!」

「今日は先発。そして逆転ホームラン。大活躍でしたね!」

「そうですね。点を取られてしまいましたが、3点で踏ん張れたのはよかったと思いますし、逆転できたのもよかったです」


 そうしてインタビューは、無事終了した。と思った。

「すみません、マイクいいですか?」

「あ、はい」

 急に彼がマイクを借りた。普段こんなことをしないので会場全体がざわついている。

「俺のホームランボールを獲得した方。あとで俺のところへ来てください。そのボールを持って。絶対に。よろしくお願いいたします」

 え、私? 今日彼が打ったホームランは、私の手元にある。私が行かなきゃいけないの? これで完全に諦めるつもりなのに? 行かない、という選択肢もあったけれど、ホームランボール欲しいのかな、と思って行くことにした。


 表彰式なども終わり観客たちが帰る時間になった。私はボールを持って彼に会いに行っていた。

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