第2話 不安だよ

 高校生になった。石橋くんは寮に入ったので一緒に帰れなくなってしまったが、クラスが同じになったのでとても嬉しかった。そして、もう1つ嬉しいことがあった。小学校の頃仲良かった子と再会したのだ。彼女は中学は親の都合で他県に行ったが、高校でこちらに戻ってきたらしかった。

「いやー、真菜と再会できるとは」

「ね。私もこころとまた会えて嬉しい」

「よっしゃ。連絡先交換しよう!」

「うん!」

 そうして久しぶりに再会した彼女との会話を楽しんだ。


 高校生になって石橋くんはモテるようになった。この学校は野球部だからといって坊主頭にする必要がなく髪の毛を伸ばしたことがきっかけだ。今までも顔は整っていたけれど髪の毛が伸びたことでさらに格好良くなった。彼は部活仲間ぐらいとしか話さないけれど、そこも良いとかなんとかで、女子にモテまくっているのだ。今日も呼び出されて告白されている。でも、毎回ちゃんと断ったよ、と連絡が来るので安心した。


 そして、なぜか私も告白されるようになった。この高校は部活の中でも野球部が1番強く、今日本や世界で活躍している選手にもここの卒業生がたくさんいる。だからなのか野球の話題が多く、野球に詳しい人はなぜかモテる。私は石橋くんの影響で野球を見るようになり詳しくなったため、モテてしまっているのだ。もちろんきちんとお断りしている。でも、石橋くんはなぜか不安みたい。

「ねえ、鈴野。断ってるよな?」

「もちろん」

「だよな。良かった」

「不安?」

「不安だよ。お前モテるじゃん。野球の話ができるからってだけじゃなくてさ。可愛いし、勉強できるし、みんなに優しいし。俺よりイケメンで勉強できる人はいっぱいいるからさ。部活忙しくてデートもろくにできない俺からいつか離れていっちゃうのかなって」

「そんなことない。私は石橋くんが好きだよ。デートあんまりできなくてもいい。一緒にいて楽しいし。野球している姿見るの大好きだよ。すごく真剣で楽しそうで。見ているとこっちも楽しくなるの。だから、そんなこと言わないで」

「ありがとう」

 それでもまだ不安そうだったので、私は彼の手を握ったのだった。


 高校2年生の夏。甲子園に出場した野球部は決勝まで行っていた。先発は石橋くん。最初は抑えていたけれど、相手は前回の優勝校。さすがというべきか、数回経つと石橋くんを攻略したらしくヒットを打たれるようになってしまった。そして、ホームランもあり、一挙に5点取られてしまった。

 そこでピーチャー交代。エースはその後は抑えたものの、反撃できずに試合が終わった。


 石橋くんは泣いていた。今まで見た中で1番というくらい。そんな彼に何て声をかけていいのか分からなくて、そばにいることしかできなかった。


 その負けが石橋くんにさらに火をつけた。自分のせいで負けてしまったと思っている彼は、今まで以上に野球に没頭した。それでデートはおろか、連絡すらほとんど来なくなってしまったけれど、彼が野球をしている姿を見るのは好きなので特に不満はなかった。


 そして、進路を考える時期になり、私は医学部を目指すことにした。元々医師に興味があったのはもちろん、石橋くんのこともあって、だ。野球で生きていきたい、と言っているので、少しでも彼の支えになれたらいいなと思った。こころには話したけれど、石橋くんには言わなかった。次の甲子園に向けて一生懸命になっている彼に余計なことは入れたくなかったのだ。


 そうこうしていてクリスマス。彼に久しぶりにデートに誘われた。すごく楽しみでおしゃれしていったけれど、なかなか彼は来なかった。


 彼がきたのは15時過ぎ。約束は10時だから大幅に遅刻だ。でも彼とのデートを楽しみにしていた私はずっと待ち合わせ場所にいた。


 いつもなら、遅れてごめん、と言うのに今回は何も言わずに私の腕を引っ張って歩き始めた。そして、ほとんど人が来ない小さな公園に連れて行かれたのだった。


「どうしたの?」

「なんとも思わないの?」

「え?」

「最近は野球やってて全然構ってやれないし、久しぶりにデート誘ったくせに遅刻した挙句謝罪もなくてさ」

「まあ、謝らないのは意外だけど。え、何かあったの?」

 いつもと違う行動、言葉。何かあったのは一目瞭然だった。

「別れよう」

「え?」

 まさか別れ話をされるとは思っていなかった。え、心の準備できてないよ。

「別れよう。もう恋人やめよう」

「なんで?」

「だって、こんな恋人嫌だろ?」

「勝手に決めつけないで! 私は石橋くんがいい!」

「そうかよ。でももう別れる」

「理由は?」

「……」

「ねえ、理由言ってよ!」

 そう言っても何も言ってくれない。泣きそうだった私は、彼に背を向けて家に戻った。


 家に帰ったら親にすごく心配されたけれど、部屋に篭った。

 なんで、なんで。こんなにだいすきなのに。急にどうして。もっと愛情表現しなきゃいけなかった? 石橋くんを不安にさせてしまっていた? それとも他に好きな人ができたの? 

 そうして夕食も食べずにずっと泣いていたのだった。


 冬休み明け。こころには別れたことを話した。でも、学年全員が知っているようだった。野球部の練習に見学に来ていた私が全く来なくなったこと。私とすれ違うといつも声をかけていた石橋くんが私を無視するようになったこと。私たちの間に今までと全く違う空気が流れていること。みんなが何も言わずに今までみたいに接してくれるのがすごく嬉しかった。


 私と別れたことで、石橋くんは今まで以上に告白されるようになった。彼女持ちに告白しちゃいけない、と思っていた女子たちがここぞ、と攻めているらしい。誰かと付き合い始めたという噂は聞かないので、誰とも付き合っていないのだろう。それになぜかホッとする自分がいた。


 あんなこと言われても私は石橋くんのことを嫌いになれなかった。何か理由があるのだろうと思っていた。単にそう思い込みたかっただけなのかもしれないけれど。こっそり野球部の練習を見に行ったり、甲子園にも行った。3年生でエースとして戦った彼は、優勝してすごく嬉しそうだった。去年の悔しさをバネにここまで成長した彼はすごく輝いていた。


 そして彼はプロを志望し、指名を受けてプロ野球のチームに入団することになった。本人には言えなかったけれど、心の中でおめでとう、と言った。


 そして高校を卒業した。彼は野球選手として、私は医学部生としての人生を歩むことになる。彼との関わりを完全に断つために、私は彼の連絡先を全て消去した。もう彼を忘れるために。


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