君を諦められるわけないでしょ

しがと

第1話 あなたに出会えて幸せ

「好きです。付き合ってください」

 そう言ったら目の前の男子は嬉しそうにこう言った。

「ありがとう、俺も好き。こちらこそ恋人になってください」

 そう言ってくれて晴れて恋人になった私たち。すごく幸せだったし、この日々がずっと続くと信じて疑っていなかった。


 3年前。

 私は地元の中学校に進学した。そこはスポーツに力を入れている学校だった。もちろん文化部もあるけれど。そのためクラスの多くは体育会系の人たちで、クラスはいつも盛り上がっていた。


 地元のはずなのに、私の小学校からここに進学したのは私ともう1人だけだった。その子とはあまり話したことがないので、中学入学時点での知り合いは0だった。クラスで何人か話す人はできたけれど、小学校から出来ていたグループに入る勇気はなく、友達もできずに1人だった。でも、野球部の1人が近所に住んでいることを知って、たまに帰りが一緒になったりした。


「鈴野、お疲れ!」

「石橋くん。お疲れ様」

「おう! お前は今日も勉強してたのか?」

「うん、試験近いからね」

「そっか。えらいな。俺も勉強しなきゃ」

 石橋司いしばしつかさ。野球部に所属している彼は、1年生ながらピッチャーとして高い評価を得ているようだった。将来のエース間違いなしだそう。そんな彼とは家が近く、タイミングが合えば一緒に帰っていた。彼の話はとても面白いので共に帰る日はいつもより早く家に着くように感じていた。


 夏休み前には体育祭があった。スポーツが得意な人たちが多い学校なので、それはそれは盛り上がった。私はスポーツが苦手なので、すごく憂鬱だった。私が足を引っ張ると思ったからだった。でも、それは杞憂に終わった。苦手な人たちやミスをしてしまった人たちがいても、誰も責めたりしなかった。彼らは勝利を目指しているものの、全員が楽しむことが1番大事だと考えているらしかった。そういったクラスの空気のおかげで、体育祭は楽しい思い出の1つとなった。


 秋には文化祭があった。私たちのクラスは劇を披露することになった。人前に出ることが苦手な私は、裏方になりたかったのだが、石橋くんがそれを阻止した。

「その役、鈴野がいいと思う!」

 と大きな声で言ったのだ。え、やめてよ。裏方がいいのに。でもみんなが、確かに似合いそう、とか、どうかな、やってみない? とか言ってくれて、石橋くんはキラキラした目でこっちを見てくるし。

「私でよければ」

 そして結局そう答えていたのだ。


 文化祭当日。私の役は石橋くんと行動する役だったため、思ったより緊張しなかった。劇も大成功をおさめ、終わった後には楽しかった、やって良かった、と思っていた。


 年が明けて1月。朝教室に行ったら石橋くんに急に、頼む! と言われた。

「勉強教えてくれ!」

「え?」

「夏の試験、点数悪すぎて夏休み中補講で部活に行けない日があってさ。春休みもそうなったら嫌だから。鈴野、成績良いし。お願いします!」

 同じ野球部の人たちも頭を下げてきた。

「こいつ、エース候補って言われてるのに成績悪いせいで中々練習に参加できなくてさ。俺たちも成績いいわけではないから教えられないし」

「頼む! 石橋、部活仲間以外で話すの鈴野さんくらいしかいないらしくてさ。お願いします」

 正直、人に教えたことがないので不安だった。けれど、彼と帰るのは楽しいし、彼のおかげで文化祭が楽しかったので、それのお礼にもなるだろうということで結局引き受けた。


 石橋くんに勉強を教えるようになって気がついたことがある。この人、距離近くない?! 向かい合って勉強するのかと思いきや、隣に座ってくるし。すごい肩触れ合うし。少し離れるとその分近づいてくる。それに、話していると顔をすごい近づけてくる。声が小さいのかなと思って声量を大きくしても、顔を近づけてくる。声大きいから小さくしてと言って。なんでか聞いたら、内緒! と言われてしまった。何を考えているのか全く分からない。でも、石橋くんのことが気になってきている私は、それを拒否することはなかった。


 結局冬の試験は1つ補講に行ってしまったけれど、他は回避したようだ。それをすごく嬉しそうに報告してくれて私も嬉しかった。でも、これで一緒に勉強するのも終わりか、と寂しく感じていたら、急に顔を覗き込まれた。

「これからも勉強教えてほしい。部活忙しくなって今までの頻度では無理かもしれないけど」

「あ、うん、いいよ」

 良いんだ。まだ一緒に勉強できるんだ。そう思うとすごく嬉しくなった。


 それからも彼に勉強を教えた。最近は授業と宿題でほとんど理解できるようになったので、もう勉強会はいらないと思った。それを言ったら、じゃあ、たまに練習見に来て、と言われた。練習を見に行くと、必ず、来てくれてありがとう、と声をかけてくれた。勉強会がなくなってクラスも離れて話せなくなると思ったけれど、彼とのつながりはなくならなくて嬉しかった。


 そろそろ進路を決めなければならなくなった時。石橋くんに話しかけれらた。

「鈴野はさ、高校決めた?」

「まだ」

「じゃあさここにしない?」

 そう言って彼が出した高校名は、近くにあるスポーツでも勉強でも全国的に有名な高校だった。

「俺、声かけてもらってて。ここにしようと思ってるからさ。もし希望ないならここにしない?」

「え? まあいいけど」

「まじ? よっしゃ。高校も一緒とか嬉しいわ」

「いや、私受かってないから一緒か分からないよ」

「あ、そうだな、つい」

 彼が私にその高校を勧めた理由って、私と同じ高校がいいから? そう言えば最近、野球部の人たちが、『石橋、鈴野さんに言ったのか?』『あいつもじもじしてて全然言わねーよな、恋愛初心者だから。早く言わねーと、高校バラバラになっちゃうだろうな』とか色々言っているのを聞いた。もしかして、もしかする? そう思ったけれど私に告白する勇気はなかった。


 3年生はあっという間に終わり、卒業した。その後高校の合格発表があったので、私は、石橋くんに連絡をして直接会いたいことを伝えた。

「鈴野」

「石橋くん。急に呼び出してごめん、ありがとう」

「いいよ。どうしたの?」

「あのね、同じ高校に進学することになった」

「まじ? おめでとう!」

 そう言ってくれた石橋くんはすごく喜んでくれた。

「あー、まじ嬉しい。高校も一緒とか、最高」

 そんなことをそんな笑顔で言わないで。言わないようにしていたのに、つい口から出てしまった。

「すき」

「え?」

「あ、いや、なんでもない」

 そう言ったけれど、石橋くんは腕を掴んで離してくれなかった。

「言って、もう一回」

 そう言われたらもう腹を括るしかない。

「好きです。付き合ってください」

 そう言ったら石橋くんは嬉しそうにこう言った。

「ありがとう、俺も好き。こちらこそ恋人になってください」

「いいの?」

「もちろん。たまに一緒に帰ったりして、好きになってって。勉強頼んだのも鈴野が好きで、好きになってもらいたかったから」

「え? じゃあ距離が近かったのも?」

「そう。意識して欲しくてさ。効果抜群だな」

 そう言うわけで、私たちは恋人同士になったのだった。この幸せがずっと続くと思って。

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