第57話

 俺は天野さんにゆっくり背中を撫でられながら、過去のことを拙く話していった。


 ……中学の時の俺はクラスのまとめ役のような真面目な存在だった。悪いことを見つければ、自分から首を突っ込んで止めに行く奴だった。


 三年の梅雨の頃、忘れ物を取りに校舎に戻ったときに、夕暮れ時に教室でいじめられている女の子を見た。当然その時の俺は助けに入って、相手にやめるように強く言った。


 それ以降見かけなくなって安心していたけど、彼女は体育館の裏という見つかりにくいところで、より酷くいじめられていた。それを見かけて、今度は先生に相談して根本的な対処をお願いした。


 ところが、それが逆効果だった。先生に知られたと知ったいじめっ子は、彼女の体に刃物を刺してしまった。命に別状はなかったものの、傷跡が体に一生残ることになってしまった。


 俺はこの事を、一年の面談のときに志藤先生に話したことがある。俺は正しい事をしましたよねって。誰からも何も言われずに終わった出来事を、誰かに肯定して欲しかった。俺は間違ってなかったと、あれは俺のせいじゃないと、言って欲しかった。


 「そうだね。君は正しいことをした。結果は伴わなくとも、君はその子を救っていたと私は思う」


 それが俺が志藤先生に惹かれた最初の出来事だった。それからは、先生の一挙手一投足に惹かれていった。


 そして去年。告白した。結果は知っての通りだ……。


 

 

 「そっかそっか。神崎君はずっと頑張ってきたんだね」


 「…………」


 「誰にも知られないのは辛いよね……。それを知っていた唯一の人が志藤先生だったんだ。それは、好きになっちゃうよね」


 俺の背中を撫でている手が、ポンポンと優しく一定間隔で叩く動きに変わる。


 「先生に恋人が出来たのは、神崎君にとって辛いことなんだと思う。でも、ちゃんと祝ってあげなきゃ。そこで「俺はもう大丈夫だ」って先生に言ってあげないと」


 俺の感情を否定しないように、言ってくれているのだろう。それが間違っていると、俺が志藤先生にしているのは恋ではないと、天野さんは見抜いていながら。


 唯一俺を見てくれていると感じられる人だった。先生だけが俺の苦労を、頑張りを知ってくれていると思っていたから。


 その末に抱いた感情、それがきっと恋心なんだと……。違うとわかっていながら、否定に蓋をしてそう思い込んだ。


 生徒のことをよく見ている志藤先生は、多分早いうちに見抜いていた。だから、俺との距離を他の生徒よりも広く置いていたんだろう。


 天野さんは最近よく関わっているからこそ、今の俺と話した過去の俺を照らし合わせて見抜いたんだろう。


 俺が抱く感情。


 それが……執着にすぎないと。心の支えを欲しているだけに過ぎないと。


 「神崎君は大丈夫だよ」


 優しく、優しく、割れ物を扱うように優しく天野さんが俺を包む。


 「…………」


 回した手に力を込める俺に、優しく声をかけ続ける天野さん。


 「大丈夫、先生は神崎君を見放さないよ。大事な生徒なんだから」


 「…………」


 「それに、私も見てるから」


 少しだけ抱きしめる力を強くして、天野さんが言う。


 「ちゃんと神崎君を見てるから」






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ちょっと重たい感じになりましたが、明日以降は普段通りのノリに戻ります。(多分)

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