第54話
「神崎君!!」
「何ですかい、天野さん」
「また、カップ麺食べた?」
「……タベテナイヨ」
朝。俺は天野さんに起こされた瞬間から説教をされていた。平日の朝家で料理をしている天野さんは当然ごみ箱を使う。だから今日の朝、増えているカップ麺のごみを見られたんだ。ちゃんと見られないように奥に埋めておくんだった。
「もしかして、土日も?」
「…………チガウヨ」
「もう!!」
なぜバレた!?
「ホントに体に良くないよ?」
「全くその通りです」
正論です。体に悪いのはわかっているんです。でも、体に悪いよりも面倒臭いが勝ってしまうんです。ホントに私は、どうしようもなく一人暮らしに向いていません。
「神崎君って……料理出来ない人?」
「はい、したくないです」
「出来はするんだ」
出来ないと母さんが一人暮らしを許さなかったから、中学時代の真面目な俺は頑張ったんです。だから、出来ないことはない。でも、したくはない。
「料理をしたくないのって片付けが嫌だから?」
「全部嫌です」
「……」
天野さんが呆れたように溜め息を吐く。俺も天野さんと同じ立場だったら溜め息を吐いている。どころか多分一発殴っている。
「……夜も作りに来ようかな」
「え!?」
「ううん。何でも。カップ麺のことは、とりあえずいいから起きて」
「あ、ああ」
「うん、起きたね。じゃあ私はリビングで待ってるから」
ガチャっと部屋から出ていく天野さん。閉められたドアを数秒眺めた後、つい先ほどの記憶を振り返る。
え!?言ってたよね?夜も作りに来ようかなって。
え!?通い妻ってこと?
「うーん。嬉しいけど……やめて欲しい」
そうなると一人の時間が減るのも問題なんだが、それ以上に俺の理性がぶっ壊れて狼になってしまいかねない。
ま、声量的に天野さんの独り言だろうし。多分大丈夫だろう。
それにしてもいい匂いだな。今日もきっと豪勢なんだろう。期待に胸を膨らませ俺はリビング……ではなく、洗面所に向かい顔を洗う。
顔を秋の冷たい水が覆う。バシャバシャ。
これをやってようやく目が覚めたという感じがする。タオルを掴み濡れた顔を拭いて顔を上げる。……この洗面所を母さんに見られてたら終わってたな。並んだ二つの歯ブラシを見て、見られてなくて本当に良かったと今更安堵した。
「これお弁当です。昨日は渡しそびれたので」
「ありがとう。じゃあ行くか」
「あ、ちょっと待って」
「ん?」
「ネクタイが曲がってる」
おいおい。このシチュエーションは……。
体を寄せ俺のネクタイに手を伸ばす天野さん。まっずい。色々まずい。
柔らかいし、いい匂いするし、顔近いし、上目遣いだし……。
「あ、あの天野さん。色々まずいです、これ」
「ほら、出来た。もう動いていいよ」
ポンと俺の肩を叩く天野さん。
気にしてないね、君ね。段々と物理的距離が近くなってる気がするんだけど、どうやら気にしてるのは俺だけのようだ。
「あ、ありがとう」
「いえいえ」
「でも、今後は言ってくれればいいから」
「??」
「自分で直すから」
「そう?じゃあそうする」
ふぅ。次にあんなことがあったら終わる。気を付けないと……。
「行くよ?神崎君」
「ああ、わかった」
リビングのドアを開けて待つ天野さんに続く。
玄関が狭いので先に外に出る。続いて天野さんが出てきて、ガチャと鍵を閉めた。
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