第33話
「なぁ。本当にいいのか?」
「いいのかって何が?」
「夕飯まで作ってもらって」
「全然大丈夫だよ」
赤石との邂逅のあと俺は天野さんを送ってから帰ろうとしていたが、何故か天野さんは今俺の家のキッチンに立って料理をしている。
……どうしてこうなった?
「でもさぁ、男の家だよ?仮にも一人暮らしの男子高生の家だよ?危機感が無さすぎない?」
「この前も話したけど、神崎君はそういうことしないって言ってたよ」
「男の言葉は信じちゃだめだよ。すぐ手のひらを返すから」
「神崎君は保身に長けてるからね、一時の気持ちに身を任せたらどうなるかくらいわかってるでしょ?」
わかってるけど……。そういうことを考えないわけじゃないからな。俺だって男だし、可愛い子が目の前にいたら少しは気持ちが揺らぐものだ。
「知らないからな」
せめてもの抵抗としてそんな言葉を吐き捨てる。
宮野さんもそうだったけど、あまりに危機感が無さすぎる。そして少しはこっちの身にもなってほしい。
俺の理性なんてすぐ本能に飲み込まれる脆弱さを誇っているから抑えるのが、とても大変なんだ。
「さて、出来たよ。食べよっか」
「ああ」
並べられた料理を見て、思わず唾を飲み込む。宮野さんも凄かったけど、天野さんも同じくらいに腕がある。
「「いただきます」」
二人で夕飯を食べるのは宮野さんが泊っていったとき以来だ。やっぱり一人で食べるよりも美味しく感じるな。まぁ、天野さんの料理が美味しいのが大きいだろうけど……。
そして食べていて思ったのは、宮野さんは奥さんが作る料理って感じで、天野さんは料亭で出てくる料理って味だ。
あれ?やっぱり宮野さんって俺の嫁か?
そんなキモイ考えは置いておき、目の前の食に集中する。
「美味い」
「……いい食べっぷりだね。そういう風に食べてもらえると、私も作った甲斐があるよ!」
天野さんが嬉しそうに話している間も俺の箸は止まらない。マジ美味い。
これを朝だけとはいえ明日から選挙の日まで食べられるのか……。
俺、幸せ者すぎないか?
多分というか絶対に学校で俺だけだ。宮野さんと天野さんの手料理を食べた経験がある奴。
「んぐっ。おかわりある?」
「あるよ。取っておいで」
「天野さんマジ天使!」
幸せや~。重婚するかぁ。天野さんと宮野さんと……。
「ごちそうさま」
「はい、お粗末様」
天野さんは先に食べ終えており、ソファでテレビを見てくつろいでいた。
「洗い物は置いておいていいから……。あとでやる」
食器を片付けながら、天野さんに声を掛ける。
「そう?…なら、お言葉に甘えようかな」
食べ終えたころには、外は陽が沈み真っ暗になっていた。秋というだけあって、陽が沈むのも早くなってきているし、何より肌寒い日が増えてきた。
「さてと……送ってくよ」
「ありがとう。でも、私の家すぐ近くだよ?」
この前、三人で帰った時に知ったことだが、結構俺たち二人の家は徒歩で十分掛からない距離にある。
「近いと言ってもね……。暗いしさ」
「本当に優しいね、神崎君は」
優しくはない。あくまで保身だ。俺のせいで……ということが嫌なだけだ。
「行こっか」
「ああ、行こうか」
お互い制服の上に防寒着を着て、外に出る。やっぱり少し肌寒いな。外に出た瞬間、冷たい風が頬を撫でる。
「少し肌寒いね」
「だなぁ」
エレベーターに乗り一階まで降りる。
エントランスを出て、道路を歩く。こんな時間に歩くのは久しぶりかも……そんなことないな。
「神崎君は……」
「何?」
「いえ、何でも。それよりも明日から覚悟してね」
「覚悟って……何時に来るつもりだよ」
「ん?六時半には行くよ?」
六時半?!その時間は夢の中だぞ、俺。
どちらにしろ渡す予定だったものだが、持ってきておいて良かった。俺はポケットから持ってきたものを出して天野さんに渡す。
「なに?これ」
「合鍵。起きれる自信がないから渡しておく」
「はぁ。ありがとう?」
「なんで疑問形。……ま、これで勝手に上がってくれ」
これなら俺が起きれずに天野さんを待たせるということはない。
というか朝限定とはいえ、これは通い妻ってやつなのでは?
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もう2月か……。
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