第32話

 「あの、黙られると恥ずかしいんだけど……」


 堂々と聞いてきた天野さんだが、俺が黙っている時間が長いせいでもじもじとしている。


 「ごめん。ちょっと脳内会議してた」


 「脳内会議って……大袈裟だね」


 服に拘りがないと言っているだけあって、広げられているのは無地の黒のセーターと白のセーターだ。


 どっちもエッ……ゲフンゲフン。お姉さんっぽくて良いと思う。


 「どっちも似合ってるし、両方にしよう」


 どっちが良いと聞かれたのに、この答えは良くないだろうがどっちも似合っているので仕方がない。


 「そっかそっか。どっちも似合ってるならそうしようかな」


 それをすんなりと受け入れる天野さん。


 「いいの?」


 「うん。新しいのがいくつか欲しかったし、ちょうどいいかなって」


 ふむふむ。


 それよりも、そのセーターを着てるところ見たいな。それとなく促してみるか。


 「試着はいいのか?手触りだけじゃわからんこともあるだろ」


 ……俺は馬鹿か?何がそれとなくだよ!滅茶苦茶ストレートに聞いてるじゃん。


 「そうだね。折角だし、試着しようかな」


 はい、俺の勝ち。グヘへ。


 天野さんは試着室へ入り、俺は外で待機。


 少し待った後、カーテンが開いて。


 「どうかな?」


 目の前から天使が出てきた。スカートは制服のままだが、逆にそれがいいかもしれない。センスのない俺には言葉に出来ないほどに似合っている。とにかく、俺が言えることはエロッ……可愛いということだ。


 「いいね。似合ってるよ」


 「それはさっき聞いたよ。他には?」


 他には?……やっぱり俺を揶揄うようになってるよなぁ、天野さん。


 「…………」


 「…………」


 うわー。待ってるよ、あの顔。俺が言うまで待つって顔してるよ。


 「なんて言えば正解?」


 「神崎君、すぐ逃げる」


 ジト目でこちらを見てくる天野さんから逃げるように視線を逸らす。


 「ま、いいけど。じゃあ買ってくるね」


 天野さんはレジのほうへ向かっていく。あの二着だけでいいのだろうか?もっと買うものだと思ったけど……。

 お会計をしている天野さんの背を見ながらそんなことを思う。


 会計を終らせて、俺のほうに歩いてくる天野さん。


 「付き合ってくれてありがと」


 「全然いいけどさ。二着でよかったの?」


 「また、別の時でいいかなって。あんまり待たせるのも良くないと思うから」


 「俺は別に気にしないよ?」


 「いいの!さ、帰ろ」


 少し強引な天野さんに圧倒されつつ、俺は天野さんと並んで来た道を戻りモールの出口を目指す。


 夕方ということもあってか来た時よりも人が多い。俺の嫌な予感が当たらないといいけど……。


 「あれっ?神崎じゃん」


 ……人違いだ。きっと同じ神崎って苗字の別人に違いない。あと今日、フラグ回収早すぎ!!


 「なんで無視するんだよ。おい、神崎」


 腕を掴まれてしまってはもう確定したようなものだが、まだ抗うぞ俺は。


 「人違いで……」


 「えっ、天野さん……?」


 ハイ、終わり。誰であれバレたからには俺はもう助からない。


 「赤石君……」


 ……あか……いし?


 「もしかしなくてもデート中だった?ごめん、邪魔しちゃって」


 間違いない。気が動転していて気が付かなかったが赤石だ。


 「全然気にしてないですよ」


 天野さん……否定しないと。デートじゃないって!

 赤石なら信じてくれるかもしれないから!


 「そうか?……いや、やっぱり邪魔だよな。つい見かけたから声を掛けただけなんだ。気にしないでくれ。それじゃ」


 そう言って手を上げ去っていく赤石。


 このことを否定する前に赤石が去って行ってしまった。しかし、幸いにもバレたのが赤石で良かった。明日会って否定しておけば何とかなるだろう。




 


 


 


 

 


 

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