第9話
空は夕暮れで赤く染まってきている。
上のジャージをズボンにインして、草をむしる。
「神崎君、そちらはもう終わりましたか?」
何故か、一ノ瀬さんと一緒に……
「ああ。こっちはもう大丈夫……。なんでいるの?」
本当になんでいるんだ?暇なのか、一ノ瀬さん。
「なんでと言われましても……。神崎君の監視を任されましたので」
そっかー。任されちゃったか。
「一ノ瀬さん、帰っていいよ?」
「帰りませんよ?ちゃんと見てますから、頑張ってください」
俺がさぼらないように、一ノ瀬さんを見張りにつけるなんて!
ちゃんとジャージ姿だし、一ノ瀬さん。
高崎先生は見張りをつけるなんて言っていなかったはず…。
……昼に田中先生を呼ばれたのが運の尽きってやつか。
多分昼の話を高崎先生にしたんだろう。そこで一ノ瀬さんとの繋がりがバレた。
「失敗したなぁ」
「何が失敗したんですか?」
距離感が近いんだよな、一ノ瀬さん。
めっちゃいい匂いする。
「こっちのことだから……。監視してるだけじゃなくて、手伝ってくれるんだ?」
「見ているだけというのは、居心地が悪いので」
真面目だ。俺なら、わざわざしゃがんで草をむしる姿を見て大爆笑している。
「手伝ってくれるのは嬉しいけど、生徒会の仕事はいいの?」
「特に今はないです。ただもうすぐ選挙があるので、その準備が主な仕事ですね。といってもそれも自主的にやることなので、生徒会としての仕事ではないです」
そうか、選挙もうすぐか。
「準備は終わってるのか?」
「はい、あとは演説の練習ですけど……。演説は数をこなして、慣れるしかないですから」
「練習は何時してるんだ、放課後?」
「休み時間だったり、放課後だったりします。先生に申請して、体育館練習の許可を取るんです」
「今日はやらないのか?」
「今日は他の立候補の方が練習しているので」
「立候補者多いの?」
「フフッ、気になるんですか?生徒会、入ります?」
質問しすぎて勘違いされた……。
「違う違う。ただ草をむしっているのも暇、というか飽きるから」
「神崎君が入ってくれると私は嬉しいですよ。男手は増えますし、神崎君は優秀だと聞いていますから」
また、情報が間違っている……。
一ノ瀬さんは意外と噂を信じる人なのかもしれない。
ん?そういえば一ノ瀬さん、林の加入は断ってなかったっけ?
「一ノ瀬さん、俺より優秀な男なら紹介できますよ?」
「急に敬語が混ざってますね、何を考えているんですか」
俺の癖がもう見抜かれている!
これは、失敗するかも……
「何も考えてないよ。ただ、俺よりも使える男を紹介しようとしただけ」
「敬語を使いませんでしたね。怪しいですが聞くだけならタダですか……」
これは、無理だな。林すまん!
「林だよ、今日話しただろ?あれで結構優秀でさ、さぼり癖はあるけど制御できれば……って感じ」
「林君が優秀なのは知っています。が、評判がいい方ではないので、私一人の推薦ではどうしようもないのです」
「えっ?俺は林よりひどいと思うけど……」
「そうですね。ただ、神崎君の場合過去の威光があるので。それと更生するためという理由もあるので先生からの推薦も頂けると思います」
「なるほどね。過去の威光ってのは分からんが、とりあえず俺は理由があるってことか」
理由ね。ま、それがあったところで生徒会には入らないけど。
「ふぅ、結構キレイになりましたね。そろそろ終わりにしましょか」
「話している間ずっとむしっていたからな。あまり実感ないけど」
草むしりはほぼ無意識で、会話のほうに頭を使っていた気がする。
「袋の中にそれなりの量はあるのですが、それだけやった実感は私もないです」
実感はなくとも体に疲れは来ているもので、結構膝が痛い。
グーと体を伸ばす。固まっていた体を解して、袋を捨てに行くために一ノ瀬さんのほうに向く。
ちょうど一ノ瀬さんも伸びをしている所だった。
俺はすぐに視線をそらした。
「どうしました?」
「いやっ。何でもない……これ捨てに行ってくる」
「はい、お願いします?」
一ノ瀬さんが何か違和感を感じているのか疑問形で返してくる。俺は袋をもって足早にその場から移動する。
アレはやばい。
俺が見たのは、一ノ瀬さんが体を反らしながら伸ばすことで強調された胸だ。
目に毒すぎる。制服の時とジャージで近くにいたときは気にならなかったが、あんなことされたら見てしまうに決まっている。
…………結構大きかったな。
ああっ!良くないぞ俺!!
俺は煩悩を捨て去るために、ゴミ捨て場まで走るのだった。
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