~そのさらに続き~ 美しい世界
指先から放たれた光は月面に吸い込まれ、その直後、月面で閃光が上がった。
「な、なんだこれ!?」
「指、振っちゃだめだよ!」
迸る光に驚き、慌てて引っ込めようとしたリヒトの腕を、まひろは慌てて押さえる。迸る光はリヒトの腕の向きにあわせて方向を変え、月面を切り裂くように横断すると、軌道上の人工衛星を巻き込みながら地球の表面を掠める。
「な・・・!」
地球上の、光が掠めた辺りが紅く染まり炎の柱が立ち上がる。
「高エネルギーが掠めたせいで砂漠の一部が熱せられている。炎の柱が立ち上ったあそこは灼熱の溶岩地帯みたいになっていると思うわ」
「なんだよ、これ・・・」
気がつくと光の奔流は収まり、指輪は変わらずリヒトの指で輝いている。
「神様の力、ってやつ?理論的に説明しても、おそらく理解できないし、あまり意味がないと思う。結局は結果が全てだからね」
「結果って・・・」
リヒトははっとして振り返る。漆黒の宇宙に浮かんだ我らが地球の衛星、月は切り裂かれ、いくつもの岩石の塊と化していた。軌道から外れて地球から遠ざかるもの、軌道上に留まるもの、軌道から外れて地球へと落ちるもの。その運命は様々のようだ。
「ほら見て、きれい」
振り返った視線の先、地球の表面ではあちこちで光が瞬いている。まるで地球が驚いて目を白黒させているようだ。
「たいへんなことになった」
地球を見つめ、呆けた表情でそう言うリヒトを、まひろはむすっとした表情で見つめる。
「リヒトが言ったんでしょ?世界や社会を叩き潰したい、って。願いが叶うんだから喜んでよ。それに―」
まひろは言う。
「こんなときまで自分の気持ちを薄っぺらい誰かの言葉で語らないで」
リヒトはまひろを見つめなおす。ぶっ壊れた月と、チカチカ光る地球と、神様を名乗る女子高生。
真空の宇宙だけはどこまでも静かだ。
「あ、見て」
まひろの指差す方を見ると、そこは極地方で、虹色のカーテンのようなオーロラがはっきりと見えた。
「きれいだよね、私、初めて見たよ。神様なのにね。でも嬉しい」
美しかった。
オーロラも、オーロラの光に照らされるまひろも、砕けて散らばる月も、あちこちで人工の光が瞬く地球も。
「本当に綺麗だな」
夜が明ける直前のような紺色の宇宙。軌道上にはいくつもの人工衛星が整然と佇み、見上げた空には数え切れないほどの星が煌いている。地上は大騒ぎなのだろうが、そんなものとは無縁にここには静寂が広がっている。
リヒトは確信する。
世界は美しい。
そして感謝する。世界を美しいと感じることのできる自分に。
「いいじゃん。それが本当のリヒトの気持ちだよね。やっと聞けた」
まひろは屈託なく笑う。それは何にも縛られない、あらゆる可能性に満ちた、一人の女子高生であり、一柱の神様の笑顔。かつてリヒトが持っていて、失ってしまったものがそこにあった。
―今からでも取り戻せるかな?
取り戻せるものなら、取り戻したい。
「うん、きっと取り戻せるよ」
リヒトの心の声に応えるまひろ。
―ああ、この子は本当に神様なんだな。
頭の中ではどうしても信じられなかった神様という言葉。
でも、今の、まひろ言葉にようやくリヒトは確信する。
この子は何でも出来る、正真正銘の神様で女子高生だ。
「どうする?この世界を叩き伏せて打ち砕く?今のリヒトにはそれだけの力があるよ」
「そうだな・・・」
不思議と恐怖や焦りはなかった。
砕け散る月も、滅亡に瀕している生命も、全て自分のせいだと腹を括れば、なぜか恐怖は湧かなかった。自分一人で罪を背負えるはずもないのに。っていうか、罪って何だ?
「生命も、星も、なんだってそうだけど、結局のところ、生まれて、生きて、死ぬだけだよ」
月の欠片の一つが徐々に大きくなってきているように見える。地球の重力に捕らえられて速度を増しているのだろう。
「そこに意味を載せようとするから生きにくくなるんだよ。最低限、他の生命や星々といった存在に迷惑をかけないで生きていけばそれで十分だって思えればいいのにね」
―俺の場合、思いっきり他の生命や星々に迷惑をかけているけどな―。
「―でも生まれて死んでいくだけって、望みが低すぎるだろ。それじゃあ何もしなくていいってことになっちまう」
「時にはそこまで立ち戻ることも必要だってこと。生まれて、生きて、死ぬ。運がよければ子孫を残せる。それでいいじゃん。その間は、暇だったら悩んだり希望を持ったり絶望したりすればいい」
リヒトは指輪をはめた指を見つめる。
「お、決断できた?やるの?やらないの?」
悪戯好きな小悪魔のようにまひろはリヒトに問いかける。
拳をぎゅっと握り締め、リヒトは自分の決断をまひろに伝える。
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