愛梨との旅行 4

「シュウ…… シュウ?」


 頭の上の方から愛梨の声がする……


「シュウ…… もうそろそろ起きないと」


「…………んっ、愛梨?  ……あっ」


 目を覚ますと顔に柔らかい感触が……

 そして目の前には…… 愛梨の……


「おはよう、ぐっすり眠ってたね?」


「ああ、おはよう…… ごめん、苦しくなかったか?」


「大丈夫だよ、私もぐっすり寝てたから」


 そう言いながら、愛梨ははだけていた浴衣の胸元を手で直した。


 俺は無意識に愛梨に抱き着き、顔を埋めながら寝ていたみたいだ…… 

 家で寝ている時にもたまにそういうことがあり、愛梨に頭を抱えられながら目を覚ます時もあった。


「もうすぐ朝ごはんの時間になるから…… 起きた方がいいよ」


「ああ、もうそんな時間か……」


 俺が抱き着いていたから身動きが取れなかっただろうと思い、申し訳ない気持ちになったが、それよりも久しぶりにぐっすり眠れたような気がして、少し嬉しく思う自分もいた。


 そして朝ごはんを食べた後も、チェックアウトまでにもう一度二人で風呂に入って、温まった身体で寄り添いながらのんびりとした時間を過ごした。



 ……………………



『あーあ、終わっちゃったね…… 旅行』


『そうだな…… 愛梨、また二人で来ような』


『うん! ……うふふっ、今度はのんびり過ごそうね?』


『ああ…… ふぁぁ…… 寝不足だな』


『うふふっ…… 寝不足…… だね』



 ……………………



「愛梨…… のんびり出来たか?」


「う、うん…… のんびり…… 出来たね、今回は……」


「そっか、良かったよ……」


「シュウ?」


 良かった…… 愛梨の目が少し変わってきた…… あのうつろで、生きるのを諦めたような目はもう…… 見たくないんだ。


「さて、帰るか……」


「うん…… あっ……」


 車を発進させる前に、もう一度だけ愛梨の手を握る。

 俺が何を考えているかまだ分からないような顔をしていたので、愛梨が少しでも不安にならないようにと触れたかったんだ。


 旅館を後にして、山道を抜け高速道路に入り、地元方向へと車を走らせる。


 午前中にチェックアウトしたので、真っ直ぐ帰れば昼過ぎには帰宅出来るはずだ。


「愛梨、旅行どうだった?」


「えっ? 楽しかったよ…… それに…… 嬉しかった、またこうしてシュウと…… 旅行に来れたから」


「そうか…… 楽しかったならいいんだ」


「ねぇ、シュウ? どうして……」


「今から帰ったら昼過ぎるけどどうする? どこかで食べて帰るか?」


「……ううん、このまま帰って…… 私が作るよ」



 ……………………



『あー! 腹減ったぁー! 愛梨、何か食べて帰るか?』


『ダメ! ……私が作るから、家まで我慢だよ!』


『何でだよー、愛梨だって疲れてるだろ?』


『…………だって、シュウが何食べても『美味い! でも愛梨の作ってくれたご飯が一番』って言うから…… 食べさせてあげたいんだもん!』


『いや…… 旅館の飯を俺が美味いって言って食べてたら『私の作ったのとどっちが美味しい?』って聞くから…… 正直に答えただけなんだが』


『うふふっ、そうだったっけ? ……でも、やっぱり家で食べよ? 二人で一緒に』



 ……………………



「そっか…… ありがとう、愛梨の作ってくれたご飯が一番美味いからな」


「なんで……」


「愛梨?」


「……ううん、何でもない」


 愛梨もちゃんと覚えていてくれたんだな……


 俺達二人だけの…… 大切な思い出を……


 

 帰り道の車内もほぼ無言だった。

 だけど旅行に来る前よりは二人の間に流れていた重苦しい雰囲気は少し和らいでいるように感じた。


 そして二時間くらいかけて帰宅すると、愛梨は早速キッチンに向かい料理を始めてくれた。


 帰宅してすぐだし、手の込んだものは作れないはず…… もし、愛梨が作ってくれるとしたら……



 ……………………



『ただいまー! ふぅー、やっと帰ってきたな』


『ほら、ちゃんと手洗いうがいして! もう……』


『はいはーい…… 愛梨、俺の母ちゃんに似てきたんじゃないか?』


『うふふっ、そうかなぁ?』


『何で嬉しそうなんだよ……』


『……よし、お腹空いてるし、簡単だからオムライスにしよっと! シュウもそれでいいでしょ?』


『ああ! それなら大盛りでお願いしまーす!』


『うふふっ、はぁい! ちょっと待っててね?』



 ……………………



「……シュウ、出来たよ」


「……ありがとう」


 やっぱり…… 何も言ってないのに愛梨はオムライスを作ってくれた……


 何も言わなくても通じる…… なのに何でこんなに俺は…… 俺達は間違え続けてしまったんだろう……


「いただきます……」


 さすがにあの時みたいにケチャップで大きなハートマークは書いてないか。


 それでも…… 愛梨の作ってくれたオムライスの味は…… やっぱり美味い……


「……シュウ? だ、大丈夫?」


「……ごめん、愛梨、凄く…… 美味しいよ」


 一口食べて、いつも愛梨が作ってくれるオムライスだなと思ったら、何だか急に涙が溢れてきた…… 


 やっぱり…… 駄目なんだよ…… 愛梨じゃなきゃ…… 


「シュウ……」


「美味い…… うん…… 美味い……」


 許すとか、許さないとか…… もう……


「シュウ…… はい、ティッシュだよ……」


「ありがとう…… 愛梨……」


 やっぱり…… 俺は……


 どんな事があったとしても……


 愛梨を愛してるんだよ……

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