愛梨との旅行 3

 再会し、同棲を始めてから行った、初めての旅行…… それがこの温泉街だ。


 数々ある旅館の中で選んだのは、ごく普通の温泉旅館。

 当時はお互いにそんなに贅沢できるほど稼いでなかったから、安い中でも良さそうな場所を二人で選び決めたんだ。


 旅行だけじゃない…… 二人で行き先を決め、宿を選び、当日になるまで旅行を想像しながら色々話していたことも含めて…… 大切な思い出なんだ。


 

 ………………



『うふふっ、何を着ていこうかなぁ? 寒いよね?』


『山の中みたいな所だからなぁ…… 雪で通行止めにならなければいいけど』


『通行止めになったら引き返すしかないよね』


『じゃあそうなったらちょっと離れてるけど動物園の方に行くか』


『うん! うふふっ、楽しみだなぁ』



 ……………………



「愛梨、寒くないか?」


「うん、大丈夫だよ……」


 旅館の駐車場に着き、少し積もっている雪を踏み締めながら車を降りて、愛梨と一緒に手を繋ぎながら旅館へと入っていく。


 フロントで台帳に記入している間、愛梨は懐かしそうに辺りを見ていた。


 そんな愛梨の様子を横目で見ていたのだが…… 少し…… 少しだけど、うつろだった目が変わってきたように思え、笑顔も少し柔らかくなってきたと感じた。


「ここも…… 同じ部屋なんだね……」


 部屋に案内をされて、部屋に入っても愛梨は当時を思い出しているのかゆっくりと部屋を見回していた。


「ずっと車に乗ってたから疲れただろ? とりあえず座って休まないか?」


「あっ、うん…… そうだね…… シュウ、運転…… お疲れ様、ありがとね?」



 ……………………



『ふぅー、やっと着いたー!』


『シュウ、運転お疲れ様! 雪道だったから疲れたでしょ? ……あっ、お茶を入れよっか?』


『おっ、飲みたいな…… はぁー、静かで良い所だなぁ』


『そうだね、二人でのんびりしようね? うふふっ』


『のんびりかぁ、愛梨ちゃんはさせてくれるかな?』


『うふふっ、どうしよっかなー? ……はい、お茶』


『サンキュー! 愛梨もこっち来て座れよ、雪景色が綺麗だぞ?』


『本当だぁ…… 写真撮っておこうっと!』


 

 ……………………



「シュウ、お茶入ったよ」


「サンキュー、愛梨…… こっちにおいで、ほら…… 綺麗な雪景色だ」


「……本当、だね」


 隣に座った愛梨の手を握り、何も言わずにしばらく窓の外の雪景色を二人で眺める。


 愛梨は今、何を思っているのだろうか……

 俺が何を考えているか…… 分かっているかな……


 すると愛梨はまた、恐る恐るといった感じで俺に寄りかかってきた。


 何かにつけてはすぐそばに来て、甘えるようにくっつきたがる愛梨。

 そんな愛梨も可愛くて…… 好きだった。



 ……………………



『シュウ! 早く早く!』


『ちょっと待てって、脱ぐの早いな』


『もう! 寒いから早くぅ!』


『はいはい……』


『あぁ…… 温かーい…… 家のお風呂より広々入れるからいいね!』


『おぉ…… 二人で入っても余裕だな、ってわざわざくっつかなくても……』


『いいでしょ? くっつきたいんだもーん! うふふっ』



 ……………………



「…………」


「……気持ちいいな」


「うん……」


 二人で家族風呂に入り…… 久しぶりに愛梨の裸を見た…… 元々肉付きが良かったのに想像以上に痩せていて、ショックを受けてしまった……

 本当に…… 俺は何をやってたんだ……


 ずっと一緒に居たから気付かなかった…… いや、見て見ぬふりをしていただけかもしれない、愛梨が苦しんでいるのを…… 


 もしかして…… リキ、小葉紅さん……

 ペンダントを直してもらった時の二人の顔…… ああ、そういうことか……


 小葉紅さんと大沢…… じゃなくてヤエちゃんはたまに愛梨と会っていたはずだから…… みんなにも心配かけたな……


 いつものように俺の胸に背中を預けるように湯船に入る愛梨。

 ふと首筋を見ると愛梨が付けているペンダントのチェーンが目に入った。


 小さな輪の一つ一つは綺麗ではあるが、長年使ってることもあり、俺のと同じで少し色褪せたようになってきている。


 ただ、俺のは近付いて見れば分かるが、壊れてしまったから一部だけ色が違う…… 

 でも、チェーン全体を見れば…… ほとんど何も変わらない……


 良かった…… 

 チェーンを取り替えていたら…… 

『ペアのペンダント』じゃなくなっていた。


「……シュウ?」


 手を回し、愛梨のお腹辺りで交差させるように後ろから抱き締める。


「……愛梨」


 ギュッと抱き締めると、愛梨は俺の手に自分の手を添えて、身体の力を抜いて更に寄りかかってきた。


 お互いに何も喋らないが肌と肌が触れ合い、温泉の温かさとは別に、胸の奥が温かくなっていくように感じる。


 そして風呂から上がり、旅館の浴衣に着替えた俺達は、特に何をするわけでもなく、ただ寄り添いながら部屋でのんびりと過ごした。


 久しぶりだな……

 最近は何とも言えない緊張感みたいなのが漂う空間で二人きりで生活していたから、こんな穏やかな時間は…… 半年以上ぶり、くらいだな。


 半年…… か。


 寄り添う愛梨の腰に手を回し、更にくっつくように促す。

 少し遠慮がちだった愛梨は、一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに力を抜いてもたれかかってきた。


 静かな空間、微かに浴室から聞こえる温泉が湯船から溢れ流れる音…… そして隣には愛梨がいる…… 


『シュウ……』


 愛梨……



 夕食の時間を終え、もう一度風呂に入った俺達。

 窓際にある椅子に二人で向かい合って座り、チラチラと雪が降る外を無言で眺める。


 ほとんど何も話していない、でも…… 癒される……


「そろそろ寝ようか」


「うん……」


「おやすみ…… 愛梨」


「おやすみ…… シュウ」


 そして俺達は、また自然とお互いに近付き、抱き合いながら眠りについた。

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