愛梨との旅行
「愛梨、一緒に旅行に行かないか?」
小葉紅さんにペンダントの修復をしてもらってから一週間後、俺は色々準備をしてから愛梨にそう言った。
「えっ…… 旅、行? う、嬉しい! 行きたいなぁ、連れてってくれるの? うふふっ」
『旅行』と聞いて一瞬身体がビクッとなった愛梨、しかしすぐに笑顔になり頷いた。
うつろな目は変わらないが、多分喜んではいると思う。
「あっ、でも仕事は大丈夫なの?」
「ああ、愛梨と旅行に行きたいから、その期間の仕事は親父にまたお願いしたんだ、だから心配しなくても大丈夫だ」
「そう…… うふふっ、それならお義父さんにお土産買って帰らないとね?」
実はこんな状態になってしまった愛梨を、親父は一度だけ見ている。
だがその時は俺達に何も口出しすることなく
『お前達の問題はお前達で解決しろ…… だが、愛梨ちゃんを泣かせるなよ……』
と、また仕事の面倒を見るのを快く引き受けてくれた。
俺の両親も愛梨の母親も、愛梨の不倫を知らない。
だけど俺達の雰囲気がおかしいのには気付いているだろう…… それなのに誰も口出ししてこないのは多分……
……………………
『あんたは本当に…… 全部相談しないで二人で決めちゃうんだから!』
『ふふっ、
『
……………………
結婚式の時も家を建てる時も、その他に小さな事も、何から何まで二人だけで話を進めて、親達も絡む話もこっちで勝手に決めて怒られたもんな……
『シュウと私で決めるから意味があるの! 二人でちゃんと話し合って決めたら、全部思い出になるもん、ねっ? シュウ』
ちゃんと話し合って、か…… そうだよな、そう言ってたのにな……
「ねぇねぇ! それで旅行ってどこに行くの?」
「ああ、それは……」
……………………
『わぁー、凄ーい! うふふっ、シュウ、写真撮ろうよ!』
『愛梨、そんなはしゃいだら転ぶぞ? 怪我したらどうすんだよ』
『しっかり手を繋いでるから大丈夫でしょ? ……ちゃんと掴んでてね? ずっと』
『ははっ、当たり前だ、離してって言っても離さないからな』
『うふふっ、私も…… ぷぷっ! それにしても…… ふふっ、似合わないね? 猫耳のカチューシャ』
『なっ!? 愛梨がお揃いがいいって言うから買ったのに!』
『夢の国だもん、定番でしょ? でも…… ふふふっ、ねぇシュウ、私は…… 可愛い?』
『ああ、世界一可愛い猫ちゃんだよ』
『もう! シュウったら……』
……………………
「…………」
「…………」
新婚旅行で来た、夢の国……
あの頃を思い出しながら手を繋ぎ、あまり会話もなく見て回るだけ……
だけど、あの頃の大切な思い出をきっと愛梨も思い出してくれているだろう。
「ねぇ…… 何でここに来たの?」
「んっ? ……久しぶりに来たくなってな、嫌だったか?」
「ううん、そんなことない! シュウと来れて…… 凄く…… 嬉しいよ……」
急にこんな所に旅行に連れてこられて戸惑っているだろうが…… 今はそれでいい。
そして俺達はしばらく、あの頃の自分達を思い出しながら、ゆっくりと二人で施設を見て回った。
……………………
『えぇー!? こんな素敵な部屋を予約したの!? 高かったんじゃない?』
『一生に一度の思い出だぞ? 良い部屋に泊まった方がいいだろ』
『そ、それはそうだけど…… わぁぁ…… 夜景が綺麗…… シュウ、こっち来てよ!』
『本当だな…… でも夜景よりも愛梨の方が綺麗だぞ?』
『うふふっ! ……シュウがキザなセリフ言うの似合わなーい! ぷぷっ! 猫耳のカチューシャを思い出しちゃった!』
『せっかくカッコつけたのに…… 猫耳はたしかに似合ってなかったけどな…… 鏡を見たら恥ずかしくなったよ』
『シュウってパッと見た感じだと怖い顔をしてるからねー、身体も大きいし…… あっ』
『……こんな感じにか?』
『うん…… でも、この身体で抱き締められると…… 凄く安心しちゃうの、何でだろう?』
『はははっ、本当に綺麗だな…… 夜景も』
『うん…… ありがとう、シュウ……』
……………………
「この部屋…… あの時と同じ部屋…… だよね?」
「ああ、そうだぞ? 一生に一度じゃ無くなっちゃったな」
「……っ!? 何でここを…… あっ」
愛梨をあの時と同じように後ろから抱き締めてみたが…… ちょっと身体が細くなったな…… でも、久しぶりだ…… 愛梨の温もりを感じるのは……
「だ、駄目だよ……」
「俺がこうしたいんだ、頼むよ、愛梨……」
「シュウ……」
予約していた夢の国の隣にあるホテル…… あの時は、少しお高めなホテルだったが新婚旅行の思い出にしようと、ちょっと奮発して決めたんだよな……
当時は俺達の家も建設中だったし、まだ工務店も継いでなかったから…… でもコツコツ貯めたお金で何とか切り詰めて新婚生活をして…… 今では少し贅沢しても大丈夫なくらい生活に余裕が出てきて…… これから、だったよな?
「あの…… シュウ?」
「んっ?」
「……いつまでこうしてるの?」
「もう少しだけ…… いいだろ?」
「わかった…… うん、いいよ……」
「綺麗だな…… 夜景」
「そうだね……」
愛梨の方が…… なんて今は言えないよな。
きらきらとライトアップされた施設、それを眺める、ガラスに映る少し困ったような顔をした愛梨を、俺はしばらく見つめていた。
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