それぞれの…… (シュウ 愛梨 冬矢)

「シュウ…… 私…… 私……」


「どうした!? だ、大丈夫か? 顔が真っ青だぞ!?」


 真っ青な顔をした愛梨が、震えながら俺に話しかけてきた。

 急に飛び出すように『買い物に行く』と告げ、さっき帰ってきたばかりなのに…… 体調が悪くなったのか?


「あぁ…… あぁ…… 私……」


 そして愛梨は俺の前に短い棒のような物を差し出し見せてきた。


 一瞬何なのか分からなかったが、それは見覚えがある物だった……

 確か高校時代に……



 ……………………



『ど、どうしよう! ……破れちゃってる』


『あーあ、破れちゃったなら仕方ないね? いいよ、シュウなら…… うふふっ……』


『残念…… 大丈夫だったみたい、ほら』


『いや…… なんて言ったらいいか分からないよ……』


『高校二年生でパパとママっていうのも大変かなぁ…… うふふっ』



 ……………………



 そうだ、あの時使った妊娠検査薬と似ている…… そして、あの時には出なかった印が……


 愛梨とする時は避妊はしっかりしていた…… 最後にしたとすれば旅行前…… でも、動揺している愛梨の姿が答えを言っているようなもの……


 急に足の力が抜けたように立っていられなくなり、床に膝をついた。


「うぅぅっ! どうしよう…… どうしよう……」


 同じように崩れるように床に座り込む愛梨…… そして、少しずつ取り戻す努力をしていた日常が、一瞬にして粉々に砕け散った……




 ◇




 冬矢くん…… 


 すべてを受け入れたのは私、悪いのは私なんだ……

 だけど、まさかこんな事になるなんて思いもしなかった…… 

 ちゃんと二十四時間以内に飲めば九十九パーセントくらいは避妊できると病院で聞いていたから大丈夫だと高を括っていたのが悪いの?


 これも復讐なの? 冬矢くん…… 

 私はどうすればいい? またシュウに迷惑をかけて傷付けてしまった……


 茫然とした顔で膝を付き床を見つめるシュウ。

 本当に申し訳なくて…… だけど私は謝ることすら出来ない…… 


 分からないよぉ…… どうしよう…… 誰か…… 助けてぇ……



「……愛梨、とりあえず明日、病院に行ってくるんだ…… 話はそれからにしよう……」


 そして、フラフラとしながらで寝室に入ったきり、その日シュウは出てくることはなかった……



 ◇



 愛梨が…… 妊娠?

 しかも俺との子ではない?

 いや、コンドームでも失敗することがある…… でも確率的に……


 無理だ…… どう頑張っても俺には他人の子なんて育てられない…… トラウマのように俺の心を傷付けた…… あの動画が鮮明に頭に浮かんでしまう。


 あの動画の中で…… まさかとは思ったが、あれが本物なら…… と考えたら余計に……


 なぜ? 避妊したと言ってたじゃないか! いや、あの時の愛梨が嘘をついている気はしなかった……


 ぐっ、うぅぅっ!!


 はぁっ、はぁっ! く、苦しい……

 上手く…… 呼吸が出来ない……


 だ、誰か…… 助けてくれ…… 

 

 愛梨…… どうしてだよ…… 愛梨……


 俺は…… どうすればいいんだ……


 俺は…… 愛梨……



 ◇



 エリ…… 好きだったんだ……


 最初は下心だった…… いつも一人で居て、どこか傷心中のような暗い雰囲気を漂わせていて…… 少し地味だがスタイルは良いから優しくすれば簡単に手を出せそうな奴、くらいにしか思ってなかった。

 

 思ったよりガードは堅かったが、何度も好きだと言っていたらようやく付き合えて、色々と上手くやっていくうちに愛梨は僕に依存するようになった。


 最初は僕が呼び出せばすぐ来る都合が良い女だったけど、付き合っていくうちにどんどん愛梨の魅力を知り、いつの間にか僕は本気になり始めていた。

 

 他の女とは違い、いつも笑顔で話を黙って聞いてくれて、僕に尽くしてくれる、しかも抱き心地も良い。


 でも、付き合い始めてから少しずつエリの気持ちが離れていっているようにも感じていた。


 だから今まで以上に優しく接して、映像関係の話では盛り上がるから、丁度就職の話も出てきたので同じ目標を作る事によって何とか繋ぎ止めていた。


 だけど今まで以上に距離を詰める事も出来ず、その原因はきっとエリの心の傷だと思い、それなら僕が癒してあげようと全力で愛情を注ごうとしたが…… 遅かった。


 その時は『仕方ないか』とすぐに諦めて次にいったが、その後何人かと付き合ってみても上手くいかずにすぐ別れて、結局エリを思い出してしまい…… 卒業して一年経ったくらいの時に訪れたエリの地元…… そこで見てしまったんだ……


 僕と付き合っていた時には見せたことのない…… 心から幸せそうな笑顔をして…… 僕ではない男と腕を組んで歩く君の姿を……


 悔しかった…… なんであんな柄の悪そうな男と…… でも、今更だと…… その時は諦めて東京へ戻った……


 それから三年…… 色々と上手くいかずに荒れた生活を送っていたが、少し体調が悪くなって行った病院で…… 突然余命宣告をされて…… 混乱して…… でも死ぬと分かって…… 一番最初に浮かんだのは…… エリと過ごした日々と、あの日見た光景だった……


 それで…… 死を目前にした僕は自棄になっていた…… 


 家を引き払い…… エリの地元に部屋を借り…… エリの事を色々調べて…… 裏から手を回して仕事を発注して…… エリと接触した…… 


 そしてあの男からエリを奪ってやろうと思った。


 あんな奴より最後には僕のそばに居て欲しいと思い、同情させるような事を言って、罪悪感を持たせるように語りかけ…… エリにあの男を裏切るように仕向けようとした。


 でもエリは全く靡かず…… 話しているうちに気付いてしまった。


 ……あの頃からエリの心の中にずっと居たのはあの男だと。


 そう気付いてしまうと…… 妬みが憎しみに変わっていってしまったんだ……


 だから…… 僕は……


『最後に…… エリとあの頃のように過ごしたい、本当は死ぬまで一緒に居て欲しいけど無理だよね…… じゃあせめて、三泊四日で旅行をしたいんだ、一緒に付いてきてくれないかな?』


 エリが断れないような言い方をして旅行に誘い…… その様子を隠し撮りをして、エリが自ら僕を求めているように上手く切り抜いた動画を作り…… あの男に送り付けた。


 ざまぁみろと思った。

 そして最後の動画のファイルが添付されたメールに、僕の居場所とあの男を煽るようなことを書いておびき寄せ……


 ……本当はその予定だった。

 

 だけど…… こんな酷い事を考えていた僕を…… エリは全力で愛してくれた。

 あの頃の…… いや、あの頃以上に……


 馬鹿な僕でも分かる…… その愛は愛する人に向けるような愛情ではない事を……


 それでも僕を癒すためにか、エリは四日間、僕だけに精一杯愛情を注いでくれた。


 残された時間が少ないからと、愚かな事をしようとしていた僕なのに…… いや、まさか愚かな事をしようとしていた僕を止めるためだったのか?



「……澤田冬矢」


「……はっ? 誰だおま …………うがぁっ!!」


「よくも…… 俺の彼女を!!」


 …………彼、女? 誰の事だ……


 あっ…… この男…… 確か…… 同じ会社に居た……


 エ……



 ◇



 結局愛梨の顔を見られず、 重苦しい空気の漂うリビングに一人座っている。

 愛梨は病院へ行く準備をしているが、寝ていないのかフラフラしている愛梨の姿が視界の端に入ってきた。


 愛梨が妊娠…… まだ傷の塞がっていない俺の心はもうズタズタに引き裂かれてしまった。


 もうこれ以上一緒にいるのは無理なのかもしれない……


 そう考えているうちに、愛梨は何も言わずに病院に行くために一人で家を出た。

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