不倫旅行の終わり 私の罪 (愛梨)

 長い夜が明けて、ぬくもりを感じながら目を覚ますと、隣には優しく微笑む冬矢くんが居た。

 ただ、その目はどこか思い詰めているような目をしていて…… もうすぐ迎える終わりを悲しんでいるようにも見えた。


「……おはよう、冬矢くん」


 少しでも寂しい思いが消えるようにと、私は冬矢くんを抱き締めた。


 ごめんなさい……

 冬矢くんが今、何を思っているのか分からない…… でもあの時の私が救われたのは事実…… シュウへの想いを気付かせてくれたから。


 償い切れないけど、どうか…… どうか…… 冬矢くんが少しでも癒されてくれれば…… いいな。


「エリ…… おはよう……」


 ギュッと抱き締め返され、冬矢くんのぬくもりを更に感じた……  心臓の鼓動も聴こえてくる…… 


 あれだけ肌を重ねても、重なり合わないんだと感じながら、愛してもらったことを忘れないように…… 冬矢くんの想いを最後まで受け止めた。


 ごめんなさい…… 許してくれなくて良いから、でも…… できれば私のことを忘れてね?  


「うふふっ、ありがとう、冬矢くん……」


 そして私は…… 感謝をこめて、冬矢くんに残る未練を失くすように…… 口づけをした。


 …………


 帰り道は二人とも口数が少なかった。

 でも繋いだ手、絡めた指はお別れまで離さなかった。


「……本当にありがとう、エリ」


「私の方こそ、ありがとう…… 素敵な思い出になったよ」


「良かった…… それじゃあエリ、バイバイ…… 


「……っ!? あ、ありがとう、冬矢くん…… 私も…… ……」


 そして、あの日のように握手をして別れた私達……


 見えなくなるまで冬矢くんの乗った車を見つめ、見えなくなった途端、私は声を押し殺して泣いた……


 ごめんなさい…… 冬矢くん…… さようなら……




 自宅から離れた場所で降ろしてもらったが…… どうしよう、こんな顔で、こんな気持ちじゃあ、シュウと顔を合わせられないよ……


 本当は今すぐ帰って抱き締めたい……

 旅行の事は話せないが、ただシュウに抱き締められ、その腕の中で謝罪したい……


 どうするか悩んだ私は気持ちを落ち着けるために近くの喫茶店へ向かうことにした。


 そして、外が見える窓際の席に座り、注文したコーヒーには口を付けず、ただ外をぼんやりと眺めていた。


 思い返せば、シュウの妻として許さない事をこの四日間でしていた。

 しかも、本来受け入れるべきではないことも…… すべて受け止めた。


 シュウのお嫁さん失格だよ…… 私……

 泣き崩れてしまいそうなほどの罪悪感が押し寄せてくる。

 だけど…… 自分で選んだ事、本当に泣きたいのは私じゃないと、涙を堪えてコーヒーに口を付けた。


 どことなくシュウの淹れてくれるコーヒーに似ているような気がする…… あぁ…… いつか、心から笑ってシュウのコーヒーを飲める日は来るのかな……


 今はそんな気持ちになれそうもない。

 愛しているからこそ、シュウの顔を見たら自分の罪が重くのしかかりそうで…… 怖い。


 この事は私の心に秘めて、償いながら生きていくしかない。

 これからの人生はすべての愛情をシュウにだけ注いで生きていく……


 はぁ…… どうしよう…… 帰りたい、けど今の気持ちのまま帰りたくない……


 小葉紅さんは大庭竹くんとの結婚生活を楽しんでいるし、ヤエちゃんも幸田くんと同棲中…… 美鳥ちゃんは…… 子供が生まれて大変なはずだから……


「……もしもし、樹里じゅりちゃん? お願いがあるんだけど……」


 


 喫茶店から出て、家から反対方向にある最寄駅へ向かい、電車に乗って移動する。

 そして四駅先で降りて、近くのファミレスに入ると、待ち合わせていた人物が先に席について待っていた。


「久しぶりですね、エリっち!」


「ごめんね急に…… 今、忙しいんでしょ?」


「大丈夫ですよ! 丁度入稿が終わった所ですから、あとはイベントまで少しゆっくり出来ますので…… ぐふふっ」


 樹里ちゃんは高校の同級生で、今は漫画家をしているみたいなんだけど…… あまり詳しく聞いていないからはっきりとは知らないが、同人誌というのをメインで書いているらしい。


 作品について教えてもらおうと思い、何度も聞いているのだが、頑なに教えてくれないから、今ではもう諦めているけど。


「それで今日はどうしたんですか? 黒田くんとケンカでもしましたか?」


「うん…… そんなところ、だから急で悪いんだけど、一日泊めてもらえないかな?」


「ええ、エリっちの頼みなら何でも聞いちゃいます! 汚い所ですけどいいですよ、ぐふふっ」


 そして軽く食事をした私達は、その後樹里ちゃんの家へと向かった。


 ケンカしたと嘘をついたが、特に深く聞いてこようとはせず、他の話題を振ってくれる樹里ちゃん……

 まさか専門学校時代の元彼と不倫旅行に行っていたとは言えるはずもないし、何かを察して気を使ってくれるのが、今の私には本当にありがたかった。


 そしてその日は樹里ちゃんの家でお世話になり、懐かしい話で盛り上がりながら心を落ち着ける時間を作らせてもらった。


 次の日。

 自宅に帰る決心のついた私は、樹里ちゃんとお別れして帰路についた。


 シュウにメールをして電車に乗り、駅から歩いて帰っているんだけど…… 家に近付くにつれ足取りは重くなっていく。

 シュウはきっと笑顔で迎えてくれるだろうが…… 私は上手く笑えるかな。


 不安になりつつも家に着き、少し震える手で鍵を開けた。


 そして……


「ただいまー ……あれ?」


 シュウの靴がない…… 


「ただいまー、シュウ?」


 仕事はお休みのはず…… 連絡も返ってきたし…… どこに行ったんだろう?


 するとシュウの仕事部屋のデスクに置いてあるパソコンの電源が入ったままなのに気が付いた。


 珍しいなと思いつつ、近付いて覗いてみると、そこには……


 旅行中の…… 私が冬矢くんに抱かれている映像が、止まった状態で映し出されていた。

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