冬矢くんとの再会、そして旅行へ (愛梨)
『仕事じゃなくて、プライベートでまた会ってくれないかな?』
冬矢くんとお店で別れる直前に聞いた言葉が頭の中で何度も繰り返し聞こえてくる……
男の人…… しかも専門学校時代にお付き合いしていた人と二人きりで会うなんて……
結婚してシュウのお嫁さんとなった私がそんな事をしたら…… ダメだよね。
でも、断れなかった……
『嫌とは言わせない』と言っているような目でジッと見つめられ、私は首を小さく縦に振るしかできなかった。
ただ、会うだけ…… それ以上はシュウへの裏切りになってしまう、だから……
『また、来週会えるかな?』
先ほど連絡先を交換した、プライベート用のスマホに早速冬矢くんからメールが届いていた。
『分かりました』
少しでも罪を軽くしようと悪あがきのような他人行儀な返事をし、そんな事をしている自分にため息をつきながら、自宅へと帰った。
前日まで大きな仕事が入ったと浮かれていた気持ちが一気に沈んでしまった。
そんな様子で帰ったからシュウに心配されてしまったが、冬矢くんとの事を言えるはずもなく『打ち合わせで疲れた』と笑って誤魔化した。
そしてその日から毎週木曜日は打ち合わせと嘘をついて冬矢くんと会うようになった。
普通に食事をして、数時間二人きりでお話をして帰るだけだったのに、私の中でどんどん罪悪感が大きくなっていく。
『エリを忘れられなかった』
『他にも付き合った人はいたけど、エリ以上の女性とは出会えなかった』
と、笑顔で冬矢くんは語りかける…… でも目は笑ってなくて、責められているようで怖かった。
私はただ頷いて、時々謝ろうとすると……
『いや、エリを責めている訳じゃない、エリには幸せでいて欲しかったから僕は嬉しいんだよ』
ただ……
『自分の命が短いと知って…… 悔いのないように生きたいって思ったら、やっぱりエリの顔が浮かんできちゃったよ、少しの時間でいいんだ、あの頃のように一緒に居たいから、僕にエリの時間を少しくれないか?』
そんな風に言われたら…… 断れないよぉ……
冬矢くんへの感謝の気持ちは忘れてない。
あの頃の私を支えてくれたのは間違いなく冬矢くんなんだ…… でも、そのせいで冬矢くんに私と同じような目に合わせてしまったようで申し訳なかった。
シュウとの突然の別れで心にぽっかりと穴が開いてしまった私のように。
冬矢くんの病気の事は怖くて聞けなかった。
だけど私の犯した大きな罪を償うために、冬矢くんの望むことをしてあげないと……
ううん…… あの頃の私を癒してくれた冬矢くんに少しでも恩返ししたかったのかもしれない。
それと…… いや、気のせいだよね……
罪を償う気持ちと恩返ししたい気持ち、それとなんて言っていいか分からない不安な気持ち…… 頭も心もぐちゃぐちゃになって、この頃の私はおかしかったよね?
だからシュウに気付かれちゃったんだ……
病気の事は本当か分からない…… でもそんな嘘をつく人ではないはず…… だから私は冬矢くんの望むがままに……
でも、食事をして、手を繋がれても…… 身体の関係だけは拒んでいた。
そこまでしたら、もうシュウとは一緒に居られなくなると思ったから。
でも……
『最後に…… エリとあの頃のように過ごしたい……』
そして……
『三泊四日で旅行をしたいんだ、一緒に付いてきてくれないかな? ……その時だけ、恋人…… いや、夫婦として、エリとの最後の思い出を作りたい、そうしたら…… 悔いなく死ねると思うんだ、その旅行で僕のわがままは終わりにするよ』
シュウが調子悪そうにしている時に来たメール。
そう言われ私は悩みに悩んだ末、罪を償うために、新たな罪を犯しに行くことに決めた……
言い訳をさせてもらえるのなら…… この時の私は限界だった。
冬矢くんへの恩返しという名の償いと、シュウを裏切り続けているという罪悪感でいっぱいいっぱいだった。
だからシュウは仕事で疲れているはずなのに、結構な頻度で私から求めてしまって申し訳なかった。
深く繋がってシュウへの愛を確認していないと頭と心がおかしくなってしまいそうで……
シュウに愛されて一時的に癒された心で何とか保っていたと思う。
やっぱり私にはシュウしかいないって。
旅行が決まってからは特に酷かったよね? 必要以上に甘えて…… バレバレだったよね? ……ごめんなさい。
でもシュウに触れているだけで良かったの…… 冬矢くんの望みを叶えればまた元の生活に戻れる、またこうしてシュウと触れ合える…… そんな保証なんてなかったのに、やっぱり私はバカだね……
それと…… 旅行の前に、産婦人科に行って…… ピルも処方してもらった。
旅行中はあの頃のように、夫婦のようにって言われていたから…… 万が一があったら大変だと思って、シュウに知られないならと…… 身体を求められてもいいように準備を…… していました。
これで終わりだと何度も自分に言い聞かせて、シュウに癒してもらって……
私は冬矢くんとの旅行に行くために家を出た。
今思えばシュウの様子もおかしかったよね?
普段ならすぐ気付くのに、私が余裕なくて…… あの時引き返していれば……
ううん…… そうしたら冬矢くんをまた傷付けてしまってたかな。
あははっ、もう分からなくなってたんだね、私……
何が良くて、何がダメなのか……
そして……
「それじゃあ行こうか、エリ」
「うん、よろしくね、冬矢くん」
その四日間だけ、私は『冬矢くんの妻』になっていた。
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