冬矢くんとの別れ 本当の気持ち (愛梨 二十歳~現在)
「本当に…… ごめんなさい、別れて下さい……」
東京に戻った私は、冬矢くんに連絡をして会う約束をした。
シュウと再会して本当の気持ちを知った私は、冬矢くんとの交際を終えるという決断をした。
本当にわがままで、最低な女だと罵られても仕方ない…… 冬矢くんの事は好きだったけど…… それを遥かに上回るくらい、私の中にはシュウがずっと居て好きだと気付いたから。
こんな事にならないと気付かないなんて…… 冬矢くんにも、シュウにも申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「分かった、理由は聞かないでおくよ…… あははっ…… やっぱり僕じゃ駄目だったか…… エリの心を癒すのは……」
「っ…… 本当にごめんなさい……」
「謝らないでよ…… 僕もずっと気付いてたのに気付かないふりをしてたんだから、でも、ありがとう…… 幸せにね…… エリ」
「ありがとう…… 冬矢くん、幸せ…… だったよ……」
ボロボロだった私の心を癒してくれた、最後まで優しかった冬矢くんに感謝して、私達は握手をしてお別れした。
その日は一日中、下宿先の部屋で泣いて…… 泣いて……
そして次の日から私は下宿先を引き払う準備を始めた。
契約自体は卒業までしているが、ここに長く居るべきではないと思ったから。
学校に連絡をして、内定していた就職先にもお断りの連絡もしてもらった。
映像製作の会社だったが、私はもう間違えないと決意したから後悔はない。
もう間違えない、絶対離れない……
お母さんには電話で話をして納得してもらった。
せっかく私のためにお金がかかっても夢を応援してくれたお母さんにも申し訳ない事をした、これから少しずつでも返していかないと。
それでもお母さんは
『愛梨の幸せがお母さんの一番の幸せだから』
と言ってくれて、改めてお母さんの深い愛情に感謝をした。
そしてシュウと再会して三週間、東京での生活の後始末をした私は…… シュウが一人暮らしをしている部屋に転がり込んだ。
最初は二、三日泊めてもらう予定だったが…… やっぱりシュウの隣に居るのが心地よくて、一日、また一日と滞在して…… 専門学校を卒業する頃にはほぼ同棲状態になっていた。
一度卒業のために東京に帰ったが、冬矢くんと再会する事はなく、再びとんぼ返りして地元に戻り、シュウとの生活を続けて……
幸せだった。
ただ話をしているだけでも無言の時ですら幸せで、隣を歩いているだけでも『これだ』と思う事ばかり。
歩くペース、距離感、肌を重ねた時の安心感と満たされる気持ち、すべてしっくりくることばかり。
高校時代は当たり前だったことが、当たり前ではなく凄いことだったんだと、諦めて遠回りをした、バカな私はやっと知ることができた。
……冬矢くん、本当にごめんなさい、こんな私を好きになってくれてありがとう。
冬矢くんと過ごした約一年があったおかげで今の幸せがある。
冬矢くんに感謝をしながら、シュウとの新たな生活を続けていき……
思い出の公園でシュウからプロポーズされた……
結局冬矢くんとのことは伝えられなかったが、小葉紅さんやヤエちゃんには『聞かれないならわざわざ言う必要ないんじゃない?』と言われていたこともあり、シュウとの今の関係を壊したくないと思っていた私は、結局結婚しても冬矢くんの事は心に秘めたままでいた。
そしてシュウとの結婚生活……
本当に幸せで、大変なこともあるけどシュウとなら夫婦としてお互いに支え合いながら何でも乗り越えていけると思っていた。
でも……
結婚して三年、シュウは工務店の社長として頑張っていて、そんなシュウの支えになるようにと私も専門学校で得た知識を使い、動画制作のお手伝いをする仕事を在宅でしていた。
主な仕事は歌い手さんと呼ばれる人達の、動画サイトに投稿するミュージックビデオ用の動画編集など。
稀に以前仕事をした関係者から私に直接動画制作を頼まれることがあった。
お手伝いよりも収入は多くなるし、頼まれるのは歌い手や動画配信者として新人さんの人が多く、まだあまり有名ではない分、次の仕事がそこまで入ってくることはなかったし、私の一番はシュウとの夫婦生活だから、今の仕事量が私には丁度良かった。
でも、ある日有名な歌い手さんの動画を私がメインで作ってもらえないかと依頼があり、今まで貰ったことのないような金額を提示されて……
そろそろシュウとの子作りも考えていた私は、その話を受けることにした。
シュウにその話をしたら喜んでくれて、私も将来のために張り切っていたのだが……
「……えっ? な、なんで……」
動画制作の打ち合わせと言われ指定された場所に行くと、そこに居たのは
「久しぶり、やっぱりあの動画の映像デザイナーはエリだったんだね」
「と、冬矢くん……」
四年ぶりに会う、冬矢くんだった。
すっかり大人になり、素敵な男性になったと思った。
ただ、優しそうな笑顔は変わらなかったのだが、少しだけ目が怖いと思ってしまった。
「『エルフ』って名前で活動してるんだね、『古江』だから? ……ああ、でも今は結婚して『黒田』だったよね」
「う、うん……」
結婚したことを誰から聞いたんだろう…… 結局専門学校時代の友達だった人達とは地元と東京では遠いのと、冬矢くんとの事があって疎遠になっていたから言ってないはずなんだけど……
「あははっ、仕事の関係者から聞いただけだから、そんなに不審に思わないでよ」
笑顔だが、何を考えているんだろう…… 優しい冬矢くんに限ってそんな事はないよね…… そう思おうとしてもグサリと心を刺されるような痛みを感じてしまった。
私のわがままで冬矢くんを振って、幸せになっていることを責められているような気がして……
その後は普通に仕事の打ち合わせをしていたけど、私は集中出来なかった。
話している途中に時々私の左手の薬指に付けている指輪をチラリと見る冬矢くん。
その目が冷たく感じ、その度に何故か罪悪感が大きくなってきて……
「じゃあこんな感じでお願いするよ…… あっ! 後は後任の担当者と打ち合わせをしてもらうよ、僕は事情があって退社することになっているから、引き継ぎも兼ねて今日は直接挨拶に来ただけなんだ」
「そ、そうなんだ……」
冬矢くんと会うのは今日で最後ってこと…… なの?
少し…… ほんの少し安心した私に気付いたのか、冬矢くんは……
「実はね…… 難しい病気で、余命宣告されたんだ、僕」
えっ……
「それで…… そう言われた時に、どうしてももう一度だけでもエリに会いたくなっちゃってね」
私にそう話してくれた時の冬矢くんの目は……
あの頃、ずっとシュウの事を忘れられなかった私の目とそっくりだった。
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