別れ 2

「東京ってやっぱり人が多くて大変! 電車とか地下鉄も複雑だし迷子になっちゃうよ、あっ! あと、下宿先のアパートを見に行って来たんだけど、新築で綺麗だし、女性専用だから安心、うふふっ」


 進学先の専門学校を下見するために、母親と二人で東京に行った事を嬉しそうに語る愛梨。


「へぇー! 通うのだけじゃなくて、生活するも慣れるまで大変そうだな」


 俺は笑顔で愛梨の話を聞いているが、内心は複雑だ。


 愛梨と離れ離れになってしまうのが寂しいのもある、だけど一番は……


 もしかして俺は愛梨の邪魔になるんじゃないか? という事。


 愛梨は専門学校に行き、卒業した後はどうするのか。

 きっと今の愛梨の考えは地元に帰って来るつもりでいるのだろう。


 でも、果たしてそれは愛梨のためになるのか? そのまま映像製作会社に勤めるって選択肢もあるはず。


 その選択肢を取らないと分かるのは…… 地元に俺が待っていると思っているから。

 愛梨が俺に『二年だから』という言葉を繰り返し言っているので俺の考えは当たっていると思う。


 だけど……


「学校も綺麗でね? 設備も新しくしたばかりなんだって! 使ったことないものばっかりで説明されてもイマイチ分かんなかったけど、うふふっ」


 もし俺がいなかったら…… 愛梨は気にせず自分の道を進めるんじゃないか?

 そんな考えが卒業が近くなるにつれ、自分の中でどんどん膨らんでいった。


「……シュウ、聞いてる?」


 ただ、大好きな愛梨と別れるなんて 

 

「あははっ、ちゃんと聞いてるよ」


 俺には……



 ◇



 冬休みは愛梨との思い出を作るために毎日のように会い、あちこち出かけたりもした。


 愛梨の親も俺の親も、愛梨が東京に行くので、俺達がしばらく会えなくなるのを知っているから特別に許されて、クリスマスと正月は二人きりで過ごす事も出来た。


 クリスマスは俺の両親が気を利かせてくれたのか、二人で外出し家を留守にしてくれたおかげで、愛梨と夜遅くまで家で二人きりのクリスマスパーティーをしプレゼント交換も出来た。

 正月には振袖を着た愛梨と初詣に行き、一緒にお願い事をしたりと、思い出に残る冬休みとなった。


 ただ、卒業までには…… と、頭の中のでずっと考えていた。


 クラスメイトやお互いの両親に応援される愛梨を見て、俺の中で小さな傷になっていた劣等感がどんどん広がっていると感じるようになり、そしてやっぱり愛梨にとって俺は『邪魔な存在』だという気持ちも大きくなってしまった。


 本当にあの時の俺はガキだった。

 今振り返れば、結局自分の事だけしか考えてなかったんだと改めて思う。

 でもあの頃のガキだった俺には耐えられなかったんだ。


 何度か別れを告げるタイミングはあったはず。

 だけど、そういう時に限って愛梨は話題を変えたり、用事が出来たと帰ったりと上手く俺からその話題が出るのを避けていた。


 何となく俺が何かを言おうとしているのを感じていたのか、愛梨からは絶対に言わせない、という焦りに近いものを俺も感じていて、お互いに少しギクシャクしてしまっていた。


 そしてその頃から愛梨は俺にかなり甘えるようになった。

 何かを言わせないために抱き着いたりキスをしたりして誤魔化し、都合が悪くなれば……


「ふふっ、ねぇ…… またお願い……」


 俺を誘い、積極的に身体を重ねて……

 まるで俺の中に愛梨という存在を擦り付け忘れさせないよう、俺が愛梨を離せなくなるよう繋ぎ止めるためにしているんじゃないかと思うくらいに……


 結局、ズルズルと愛梨が進学先に向かう数日前まで何も言えず、だけど今言わなければ伝えられないと思い、連絡をせずに愛梨の家に行き、家から出ないと嫌がる愛梨を半ば無理矢理外に連れ出した。


「うぅっ…… やだぁ…… やだよぉ……」


「…………」


「ぐすっ、東京、行かない…… っ、もう行かないからぁ…… だから……」


「……愛梨」


 最低だ…… 自分の劣等感に押し潰されるのが嫌で、愛梨のせいにして逃げようとしている俺。

 今なら自分で自分をぶん殴ってやりたいが、その時の俺は『愛梨のためだ』と思い込んで、最善の道を選んだ気でいたんだ……


「……シュウぅぅっ、うぅっ、ごめんなさい、だからぁ、言わないでぇ……」


「愛梨ならきっと有名な映像クリエイターになれるよ、だってあんな凄い映像を作れるんだから」


「わたし、っ、なんてぇ…… うぅっ、わたしは、ただ……」


「東京でも上手くやっていける」


「うぅっ、わたしはぁっ! ぐすっ、わたしはぁ…… シュウっ、が……」


「だから俺の事は忘れて…… 愛梨の好きなように将来を決めた方が、きっと愛梨のためになる……」


「やだぁっ! シュウが居なかったら、わたし……」


「愛梨、今までありがとう…… 元気でな」


 さよなら…… 愛梨……


「あぁぁぁっ、まって、うぅっ、しゅうぅぅ……」


 曖昧な別れの言葉を告げ、愛梨に背を向けた。

 泣いている愛梨に直接的な言葉が言えなかったのか、いや、俺が別れの言葉をはっきりと言いたくなかったから『さよなら』を言えなかったんだ。


 そして俺は泣いているのがバレないように振り返ることなく走り出した…… 


 いや、俺は…… 愛梨から逃げ出した……

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