愛梨の旅行 3
帰宅するにも少し頭を冷やそうと、自宅付近のコンビニの駐車場に停車した。
どちらにしても愛梨とは顔を合わせなければいけない。
何も知らないふりをしてこのまま生活を続けていくとしても、離婚するとしても。
何か理由があって不倫したとしても、愛梨が俺を愛してくれているという自信があったから、話し合えば何とかなると甘い考えを持っていた…… あの動画を見るまでは。
そもそも俺は愛されていたのか? その前提が崩れていたなら、見て見ぬふりをしようとしていた俺って…… ははっ、愛されていたら不倫なんかされないか。
理由を知りたいと思っていた。
俺に愛想を尽かしたのか、やむを得なくなのか、魔が差したのか…… でも、心が折れてしまった俺には理由を聞くことすら怖い。
あの動画で怒りをぶつけることも出来ないくらいポッキリと折れてしまった。
こんな事になるなら気付いた時に問い正せば良かった。
だけど後悔してももう遅い。
どんな顔をして帰ればいいんだ、でも帰らなければならない…… 逃げても現実は変わらないか……
そして車を動かし、ゆっくりとしたスピードで自宅に向けて発進した。
はぁ…… 鍵を開けるだけでも手が震えるなんて、こんな事でこの後どうするつもりだ?
そう自分を奮い立たせ深呼吸した後、玄関のドアを開ける。
「た、だいま…… 愛梨?」
靴がない…… まだ帰ってないのか?
スマホを確認してみると、最後に愛梨から来た以外に新しいメッセージはなかった。
おかしい…… 帰宅する覚悟が決まらずもう昼は過ぎてしまっているのに。
そう考えながら玄関から続く短い廊下の正面にあるリビングのドアを開く、すると……
「えっ? ……な、何で」
俺の部屋にある机の引き出しに入っているはずの、前回興信所から受け取った愛梨の浮気調査結果が入った封筒が、何故かリビングのテーブルの上に置いてあった。
まさか…… 愛梨、見たのか? ……あっ!
そういえば昨日はショックと混乱で逃げるように家を飛び出した。
だから…… パソコンの電源は入ったままのはず。
慌てて自分の部屋に行ってみると…… やっぱり…… パソコンの電源は入ってなかった。
そしてパソコンを立ち上げてみると、例のメールは削除されていた。
愛梨が帰ってきて発見したのか…… 削除したっていう事は、少なくとも愛梨が俺を傷付けるために他人になりすまして送ったわけではなさそうだ。
じゃあ愛梨は一回帰ってきて、また家を出たって事か? どこに行ったんだ……
一番可能性がありそうなのは、不倫相手の元カレの所。
不倫がバレて慌てて話に行ったのかもしれない。
メールを削除して証拠隠滅したつもりだったが、調査結果の資料を見つけて…… 顔を合わせられなくて家を出たのかもしれない。
口裏合わせでもしているのか、ただ逃げ出しただけか、どちらにしても愛梨が帰って来ないことにはどうしようもない。
心配…… だけど顔を合わせるのが怖い。
この二つの気持ちが頭の中を掻き回し、結局探しに行くという選択も出来ずにソファーに座ったままジッと愛梨の帰りを待っていた。
でも、その日はいくら待っていても愛梨は帰って来なかった。
◇
連日、睡眠不足で頭と身体が重たく感じるが、仕事に向かうために支度する。
いつもなら愛梨が仕事へ行く俺のために手作りの弁当を持たせてくれるのだが…… その愛梨はまだ帰ってきていない。
最後に『帰る』とメッセージが届いてから二日、未だに愛梨は帰らず連絡もない。
俺から何度も電話やメッセージを送ろうと思った。
でも、もし元カレの所に居たらと思うと、あの動画の映像が頭をよぎり、今頃またあの映像の中のように二人で……
そう考えると胸が締め付けられ、息苦しくなってきて手が動かせなくなり、どうしても連絡出来なかった。
極力愛梨のことを考えないようにし、悩み、苦しい思いをしているのに仕事には行かなければならないと思うなんて…… おかしいよな。
でも俺は個人でやっている工務店で、今日も見積りを依頼し待っているお客さんがいるから、休んではいられないと朝早くから支度をしている。
ふと鏡に映る自分の顔を見てみると、顔色も悪く、目の下には隈ができていた。
こんな顔じゃお客さんに心配されてしまうな。
そして俺は気合いを入れるために両手で自分の頬を軽く叩き、鏡に向かって無理矢理笑顔を作ってから家を出た。
「あー、これは
車を走らせ、朝一に見積りの約束をしていた一件目のお客さんの家に到着し、現場を調査している。
『屋根から水がポタポタと漏れてくる』という話だったが、状況を確認するため六尺の脚立に登り、そしてお客さんに言われた箇所をよく見てみると雨樋の故障が原因だったのが分かった。
「これなら連結部分を新しい部品に取り替えれば直りそうなので、安く仕上がると思いますよ」
「そうなの? 雨漏りしてるかと思って高くつくかと心配してたのよー、黒田さんに頼んで良かったわぁ」
家の修理や工事費用は高くなりがちだから、お客さんの希望に合わせた修理方法を選ぶ。
このお客さんはなるべく安く済ませたいという希望だったのでこの方法を選んだが、思ったよりも安く済みそうなのが分かり、笑顔で喜んでいる。
あとは部分の手配と修理工事をしてくれる専門の作業員を手配して…… あっ!! 倒れ……
「…………きゃあぁぁっ!! く、黒田さん!? 黒田さん!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます